6-2
遅くなってしまいました。
◆
「……どこまで話したっけ?」
「……」
ジーニャさんが笑顔で尋ねてくるが、ネックハンギングツリーされてる真っ最中なので答えることが出来ない。
「ああそうそう、甲殻系怪物ね。そうだったわね」
「……」
ジーニャさんが笑顔で確認してくるが、ネックハンギングツリーされてる真っ最中なので答えることが出来ない。
あと普通、笑顔からそんな禍々しいオーラは出ない。
こちらはずっとタップしているのだが一向に離してもらえない。もしかしたら、こちらではタップがギブアップの意味にならないのか……?
それでも必死にタップし続けること数分。もうダメだと意識を手放しかける寸前になって、ようやくジーニャさんもこのタップが降参の意味だと気づき、ギリギリで解放してもらうことが出来た。
本当にギリギリだった。空気がこんなに有り難いものだったなんて……。
そして、やはりジーニャさんも紛うことなくあの宿の客だということも判明してしまった。腕だけで人一人持ち上げるなんて普通の女性には至難の業だ。しかも、あんなに軽々と。
「あんたのせいで遠回りになっちゃったじゃない」
「え? それこっちの……」
「あ゛?」
「……せいでした。ごめんなさい」
一文字疑問形の威圧とか、ガラの悪い人の専売特許にも程がある。エルフのイメージも音を立てて……もう崩れてたな。だが、さらにその破片を細かく砕かれる勢いだ。しかもすりこぎでだ。もう粉だった。
「……話を戻すとね、普通こういう甲殻系怪物の攻略って言ったら、ハンマー系で割るか関節狙うか魔法で焼くかなのよ。
でも割るって言っても相当の力が要るし、割ったら割ったで欠片は価値が下がって二束三文になっちゃうしで割に合わないのよね。それ使った防具類は結構な値段するのにさ。で、関節狙いなんて要求される精度がシャレになんないし、外して変に当てちゃうと武器をダメにしちゃうからもっと割に合わない。焼くのは楽っちゃあ楽なんだけど、一回火が入っちゃうと甲殻が変質しちゃって加工が大変になるとかで買取価格がガクンと落ちるのよね。あれ? これ何だか苦労に見合って無さすぎない?」
どうやら、話すうちに気づいてはいけない真実にたどり着いてしまったらしい。というか気づくのが遅すぎるんじゃないだろうか? 話を一度聞いただけの自分でも気づいたし。
「まあ、ラクスに行く予定も無いから関係ないか。
で、そんな割りに合わなさすぎる甲殻系怪物なんだけど、ラクスの武僧は浸透勁っていうスキルを持っててね、これが甲殻無視で内部にダメージを与えるって凄い技なのよ」
「はあ」
ジーニャさんがそんなことを言いながらこちらを見てくるが、こちらとしては「はあ」としか言いようが無い。
「何その興味の無さ」
不満そうに言われるがどうしろと。
「いやだって興味無いし。頑張ってひねり出しても、わざわざ長々とご説明ありがとうございますとしか」
「嫌みか!」
睨まれるが、さっきに比べたら全然殺気が込められていないため、何も怖くは無い。むしろさっきの殺気が異常だったと言えるレベルだった。
……駄洒落になっていることに気づいて人知れぬ恥ずかしさとの戦いが押し寄せてくるが無視だ。
「……まあいいわ。要するに、ライラさんは元々そのラクスの、しかも上級武僧で、浸透勁の達人だったのよ。で、同じパーティーになったばかりの頃にザンドさんと揉めた際、筋肉鎧無視の内臓フルボッコにしたら惚れられたんだって」
「あ、あー……」
興味が無いなりに聞いていたら、結局脳筋によくある「俺より強い奴に惚れる」話だったという。
……これ、聞く意味あったのかなあ……?
「これ、聞く意味あった?」
思ったことがつい口を吐いてしまうのも無理は無かった。
「何言ってんの。この宿場町で揉め事起こすと、どんな防具も意味が無いオシオキが待っていると理解してもらう程度には有用な話よ?」
「そもそもがこの話の入口、そこじゃなかった気がするんだけど……?」
話がズレていくのは、やはりジーニャさんもまた脳筋だからなんだろうか。脳筋エルフ。
……何だよ脳筋エルフって。
隣りを歩くエルフがもう、耳が尖っているだけのソルジャーにしか見えなかった。
「あ、ちなみにライラさん料理好きなんだけど」
「ほう」
その言葉に俄然興味がわいてきた。よくよく考えてみると、この世界に来てまだ一度もちゃんとした「料理」を食べていない。認識すると、途端に空腹を感じるようになるのが不思議だった。
……これは、夕飯が楽しみになってきたな!
期待が高まる。
だが次の瞬間、それは粉微塵にされてしまった。
「ある意味浸透勁より酷い方向で内臓フルボッコにされるから気をつけて」
「え?」
「ほぼ確実に、今夜アオイの歓迎会でお見舞いされることになると思うから」
「……そっちの方が重要事項でしょ……!」
薬屋は何処だと辺りを見回す。だが悲しいかな、それらしきものは見当たらなかった。くそっと思い走り出そうとするも、すぐに自分が無一文であることに気づいて流れるように項垂れた。
そんな一連の行動が持つ内心が手に取るようにわかったのだろう。ジーニャさんは噴き出すと、笑いながらこちらの肩に手を置き立たせてくれる。
「大丈夫よ。鎧亭に泊まるってなったら、無料で支給されるから。対ライラ兵器用胃腸薬」
兵器扱いだった。
「薬屋のアールフさんとザンドさんとが協力して、文字通り命をすり減らしながら開発した秘薬なの。味覚も消すからファーストインパクトへの対策もバッチリよ」
「……要するに味も兵器並みってことか……」
「未だに当時のことを聞くと、ふたりとも『あれは、酷い闘いだった……』と呟いたきり遠い目をして黙り込むほどよ」
「それもう激戦地から帰還した兵士のそれだよね?」
「それを乗り越えた結果、ザンドさんとアールフさんは無二の戦友になったの」
「……今、親友って聞こえたのに戦友って言葉が頭に浮かんだのは気のせいか?」
「神経質そうな痩身の、いかにも薬師な外見だったアールフさんも、今では立派なマッチョに」
「いや、そうなるともう筋肉の浸食率の方が怖えよ」
「今でも料理のことを思い出して手が震える町の人は少なくないわ」
「ちくしょう、結局帰還兵の話にしか聞こえない……!」
「ちなみに、ライラさんの手料理を悪く言うとザンドさんがキレるわ」
「理不尽過ぎるだろ……!」
何でそれで宿屋を始めようと思ったのかと戦慄する。いや、脳筋どもは憧れのザンドさんが通った試練だからと喜んで口にしそうな気もするが。
そんなこちらをよそに、まあ私は薬が開発されてからこの町に来たから幸運だったんだけどねと軽く、もう他人事感ハンパない軽さで話を締めると、ジーニャさんはある建物の前で足を止めてくるりと振り返った。
「……というわけで、とりあえず今夜必要になるだろうあんたの薬を貰うことも含め、これから多々お世話になるのがここよ」
その建物は鎧亭よりも大きく頑強な造りで、多くの筋肉……もとい冒険者が出入りしていた。
建物を背にしたジーニャさんが、おどけるように少し芝居じみた仕草で両手を広げる。
「ようこそ、冒険者ギルドへ」
幕間を除く本編の強化改稿を予定していますので、申し訳ありませんが次話までお時間をいただくこととなります。
2015.07.04
プロローグを改稿しました。
改稿後はサブタイトルが付きます。