6-1
すみません遅くなりました。なんだか長くなりましたので割りました。
とあるデス/ブラックメタルバンドの話だ。
そのバンドは中心人物が筋トレに嵌った結果、遂にはボディビルダーの宣材にしか見えない迷PVを制作するに至ってしまう。
「音楽を聴かせたいのか、筋肉を見せたいのか」という、ショップのコメントが秀逸だったことを覚えている。
そのせいでマッチョ=そのバンドという刷り込みが自分の中にあるのだが……。
……ジーニャさんに連れられて一階へ下りたところ、スキンヘッドにマッスルで髭の中年男が入り口脇にある姿見の前でポーズをとっていた。それはもう、思わずそのデス/ブラックメタルバンドのことを連想してしまったのも仕方がないほどのポージングだった。
「……」
個人的にはスルーしたくて仕方なかった。だが、残念な……いや、残酷なことに、髭筋肉禿がタイミング悪くこちらを向くポーズへ移行してしまい、敢え無く発見されてしまった。
「お、嬢ちゃん! ようやく目が覚めたか!」
「「……」」
「おいおいどうした?」
無言となって回れ右をしたこちらに、髭マッスルがスキンヘッドの頭を傾げる。
(ほらやっぱり! 絶対にスカートのせいですよ!)
(は? あんた何言ってんのよ。スカート履いてるだけで性別間違われるワケないでしょ!)
(じゃあこの髪が……)
(いやいや、もっと他にあるでしょうが……!)
小声でこそこそとやりとりを始めたこちらに「なんだ、もうそんなに仲良くなったのか!」と、筋肉髭が豪快に笑った。どうやら耳まで筋肉になってしまっているようだ。
「ザンドさん、耳まで筋肉詰まっちゃったの?」
禿マッスル髭に部屋の鍵を渡しながら、ジーニャさんが思っていたのと同じことを言った。あれ? なんだろこの不本意感……というか従業員だったのかこの髭ビルダー。
だが、鍵を戻すためにカウンター内へ入った髭筋肉はその言葉に気を悪くするようなこともなく、逆に申し訳なさそうな顔を見せた。
「いや、これがなかなか筋肉付かねえんだよな、耳。すまんな」
「……え? 何で謝られてんの?」
「そりゃお前、ご期待に添えなかったわけだからな」
「してねえよ!?」
「「え?」」
ついつい、ジーニャさんを差し置いて自分がツッコんでしまった。ふたりが驚いたような顔をしてこちらを見る。が、マッスル髭禿の方はすぐにニヤリと頬筋をつり上げた。
「何だ嬢ちゃん、初対面の相手だってのに随分な言いようじゃないか」
「あ、いや」
しまったと一瞬思うも、マッチョイズムに髭を添えては気にしたふうもなく笑みを大らかなものに変える。
「まあ、よく知らない相手に期待しろってのも無理な話だよな?」
「は? はあ、まあ……」
その曖昧な返事を肯定と取ったのか、輝かしい頭のマッスル髭は頷きながらもその笑みを再びニヤリとしたものに変質させた。
「ならば知ってもらおうか! この! 筋肉を!!」
言うなり脱ぎ出すスキンヘッドマッスルfeat.髭。
そして、さあ筋肉劇場の始まりだと言わんばかりにポージングを決める。
……特等席にも程がある……!
だが次の瞬間、ズンッという鈍い音と共にその巨漢が崩れ落ちた。
「ジーニャちゃんもそこのあなたも、ごめんなさいねぇ」
崩れ落ちた筋肉の向こうから現れたのは、エプロンを着けたひとりの女性だった。
肩口で揃えられたブラウン系の明るい髪や、少し垂れ気味の目、そしてほんのりとやわらかな線を描くフェイスラインが何というかこう、おっとりとした雰囲気を感じさせてくれる人だ。
「ほら、もう行っちゃっていいわよ。時間をとらせちゃってごめんなさいね~」
呆然とするこちらを尻目に、おっとりとした女性はジーニャさんにそう話しかけ、ジーニャさんも特に気にしたふうもなく「ありがとうございます」なんて返している。
……崩れ落ち、完全に沈黙する髭付き筋肉がちょっと哀れに思えてきた。
「じゃあ行こっか」
「え?」
「いいからいいから」
そのまま、ジーニャさんに背中を押されるようにして宿を後にする。
本当に大丈夫なのか?
そう思い首だけで振り向いて見ると、先ほどのおっとりとした女性が気づいて手を振ってくれた。それに続いて女性の隣り、カウンターの下からサムズアップした右手も出てきたので、まあ大丈夫なんだろう。というか哀れに思った自分が少し馬鹿に思えるほどのサムズアップぶりだった。
少しイラっとしたので髭にガムが絡み付けばいいのにと願ってみたが、多分この世界にガムは無いんだろうな……じゃあ、何かガム的なもので。
できるだけ筋肉を視界から排除しながら女性の方へ手を振り返す。そして改めて前を向き、しばらくはジーニャさんに押されるままその歩を進めることにした。
「……で、何だったんですか、あれ」
歩き始め、何となくひと息ついた空気になったところで、辺りを見回しつつジーニャさんへ質問を投げかけた。
……そういえば、ここの町並みをちゃんと見るのは初めてだな。
「あれって、何が?」
「筋肉髭劇場とゆるふわおっとり美人」
答えながら、この町の建物は木造ばかりだな、と感想を得る。
街道の両脇に店が出来ていったのが広がって、それを塀で囲って出来たのだろうか? それとも最初から計画を立てて作られたのだろうか?
王都からの距離を考えると、後者の可能性が高い気もするが……。
「髭? どちらかというとハゲじゃない? まあいいけど。あの筋肉ハゲはザンドさん。あの宿のオーナーよ」
おそらく、ここがこの町のメインストリートなのだろう。明らかに冒険者らしき、武装した人たちで結構賑わっている。ただ、全身鎧のような重武装姿の冒険者を見かけないのが、少し気になるところか。
……。
……。
……うん?
今、変なことを聞いたような……。
「……オーナー?」
「そうよ」
「髭が?」
「ハゲが」
「え?」
「ん?」
「オーナー?」
「え? 何で2回聞いたの?」
……従業員なのはわかっていたが……オーナー?
にわかには信じがたかった。
……だって結構な高級宿だぞ? 似合わなすぎるだろう、あの筋肉奇髭じゃ。
これを偏見と言うかも知れない。だが、あの言動から経営者としての機微を感じろという方が無理だろう。どう見ても脳筋だ。というか脳筋としての言動しか目耳にしていない。
だが、もしかすると経営者としてしっかりとした一面も……。
「まあでもその疑問もわからなくはないわ。だって脳筋だもの」
……脳筋じゃねえか。
「脳筋」という言葉がこの世界にもあることにほんの少し驚きつつも、ジーニャさんの言い方に脱力感を得てしまう。
「でもそういう経営的な部分はライラさん……あんたの言うおっとり美人ね。彼女が切り盛りしてるから大丈夫よ」
ああ、ならばと納得するが、筋肉ダルマにフロント任せてる時点でどうかと思った。
「ちなみに夫婦ね」
「どうしてそうなった!?」
つい言ってしまった。言った瞬間、ドラムがそんなことをよく言っていたことを思い出し、かなり毒されていたことに気づいてヘコむ。
しかも困ったことに、ジーニャさんはその一言をそのまま受け止めたらしい。別に聞きたくもない筋肉ダルマ髭のことを教える気になってしまったようだった。
「ザンドさんは元々冒険者だったのよ。しかもランク7よ、ランク7」
ああ、そう言えば冒険者は実績によるランク制度だって説明されたな。1から上がっていって一応の最高が10だったか。
だとすると、あの特盛り筋肉髭少々はかなりの実力者だったってことになるが……。
「あの筋肉と身体強化の術式で、引退まで一度も鎧を着ずに上半身裸で最前線パーティーの壁役をやり遂げたことで有名なの」
「いや服は着ろよ」
あ、やっぱ馬鹿だなという感想しか抱けなかった。いや、内容的には凄いとは思う。強力な怪物と渡り合うのが必至であろう高位パーティーの、守りの要を鎧無しで担っていたというのだから。確かに凄いことなのだと頭ではわかっているのだが……それを補って余りあるほど、筋肉が全てを台無しにしているのだ。
足しても「凄い脳筋」にしかならなかった。
「付いた二つ名が“筋肉鎧”」
「そのまんまじゃねえか」
言って、最初は少し丁寧だったジーニャさんへの言葉遣いが、かなりぞんざいになってきていることに気づいた。それこそ、姉以外のバンドメンバーへ対するそれに近いくらいに。
弟の性分(個人的な資質や姉の意向も多分にあると思うが)で、年上の女性にはどうしても一歩引いて丁寧に接してしまうところが自分にはあるのだが……。
もしかすると、それだけジーニャさんと馴染むのが早かったのかも知れな……いや、単に面倒くさくなって雑になっているだけだな、うん。
ただ、ジーニャさんの方も特に気にする様子も無いので、その辺りはいいかと内心で結論づけた。言う必要も無いし、言ったら言ったで面倒なリアクションが返ってきそうだしで。
「そんなザンドさんが鎧を買わないことで浮いたお金を貯めて始めたのが、あの宿屋・鎧亭なのよ」
「そんな名前だったのかあの宿……」
「『俺にとって最初で唯一、そして最期の鎧がこいつなのさ』ですって」
「……なんでジーニャさんがドヤ顔になるんですか……」
知りたくもない情報をドヤ顔で聞かされ、再び脱力感に襲われる。もうなんだ、脳筋は確定だがその脳も少々やられてるという感じだ。
まあでも、それで納得した。
脳筋だがランク7の冒険者。稼ぎも結構良かったはずだ。加えて、防具でも一番値が張るだろう鎧を買う必要が無かったと言うのだ。馬鹿みたいな散財でもしない限り、嫌でもお金が貯まったに違いない。
ならばあれだけの宿を構えることも出来るというものだ。
「言わば筋肉で手に入れた宿ねっ」
背中を押すのを止め、隣りに並んだジーニャさんがいいこと言った感満載の顔をする。
いや、全然よくねえよ。むしろ全部台無しにされた気分だ……。
もう、あの宿の何もかもが筋肉にしか見えなくなりそうだった。
「ザンドさんに憧れる冒険者が集まって来るから、何だかんだ言って結構繁盛してるのよ」
「……」
客すらも筋肉だった。
こうなるともう、軽装の冒険者が多かったことまでそれが原因に思えてしまう。いや、そうに違いない。きっとこの宿場町は筋肉に侵されているのだ。
「あ……」
「ん? なに?」
「いえ……」
「?」
そんなザンドさんの宿に拠点を構えるジーニャさんも要するに……と思ったが、尋ねたら取り返しがつかないことになりそうな予感がしてすぐに口を噤む。
彼女の着ているチュニックの、その下にある腹筋が割れている気しかしないのは、おそらく気のせいだ。その七分丈の袖からチラッと見える腕がどう見ても細マッチョなのは、目の錯覚に違いない。
そんな内心を知る由もないジーニャさんは首を少し傾げるが、特に気にした風もなく話を続ける。
「で、ライラさんはね、元はザンドさんと同じパーティーだったのよ」
「え?」
その言葉に一瞬、耳を疑う。
「えっと……じゃあ、あんなおっとりした人がランク7の冒険者という……」
「ん、そうよ?」
何でもないことのように返されてしまった。
正直な話、想像がつかない。あ、でも、もしかしてと思うところを口にする。
「回復とか魔法攻撃とかそういう……」
だが、それを遮って言い渡される事実は無情だった。
「ライラさんは法国ラクス出身の元武僧で、パーティーの最大火力だったの」
「……武僧?」
「そう、武僧」
「……最大火力?」
「ええ。すっごいのよラクスの武僧って!」
ジーニャさんが勢い込んでそんなことを言うが、何がどう凄いのか知るわけがない。
何より、そんな事実を認めたくなかった。そりゃ、ザンドさんを沈めた時点で予測はしていたけれど、予測はしていたけれど世の中にはそれでも認めたくない事実というものがあるのだ。
そうしてこちらが無反応でいると、何故かリアクション待ちをしていたジーニャさんはまたもや「なんでそれも知らないのか!」といった顔をして、次いではあと大きく溜め息を吐いた。
そして「いい?」と、その長い人差し指を立てて揺らす。わざわざ説明してくれるみたいだ。
……結局、いい人というか世話好きというか。それがジーニャさんの性分なんだろうな。
「法国ラクスってのはね、神聖ルクレオスに接した半島にある小国で、そのルクレオス傘下になるんだけど……その辺りはまあいっか。
その土地柄から甲殻系怪物が多いんだけど、その甲殻ってすっごく硬い防具の素材になるのよ」
ちなみにこれがそう、とジーニャさんが手甲と胸当てを示す。
革の上に、何かの破片らしきものが隙間無く貼り付けられている。
破片はジーニャさんの髪より深い緑色で、色味の近い何かの樹脂でそれぞれを接いで一枚にしている。そのおかげで、ともすればただのひび割れに見えてしまいそうなものを、そういうデザインなのだと見ることが出来るようになっていた。
「まあこれは破片集めたやつで強度は数段落ちるんだけどね」
これでもかなり値は張るし、魔法に対する抵抗も結構あるんだと言うジーニャさんを後目に、ノックする要領でその防具を叩いてみる。
返ってきた硬質な音、その響きに何となくかなりの硬さを感じた。
「……何でいま胸触った?」
「え? 胸?」
見るとジーニャさんが腕で胸を隠すようにしてこちらを睨んでいた。その胸当て部分を見て、はてと思う。
……胸?
確かに胸当てには女性らしいカーブが付けられているが……。
「いや、その中、空洞でしたし……」
「よしその喧嘩買った!」
一気に殺気立つジーニャさんに追われ、街中を逃げ回る羽目になった。
ちなみに冒頭で言ってるバンドはSol Evilですね。スキンヘッドと筋肉。
続き、なるべく早くお目にかけられますようがんばります。また、同時に違和感のあった5の改稿も行っております。こちらもなるはやでがんばります……。