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00:召喚2秒で敵認定

2014.9.2

誤字まわりを少し修正しました。

2014.12.21

微妙に、修正しました。

2015.07.04

改稿しました。

 まばたきする間もなかった。


 いきなり目の前が石造りの部屋に変わったのだ。

 正面には妙な格好の中年男性。髪や瞳の色、顔立ちからするに恐らく外国人だ。その左右にも数人の姿。他にも結構な人数が居るだろう気配を背後から感じる。前後の人数比がいきなり逆転していた。


 ……ここは、一体?


 そんな疑問が一瞬、頭をよぎる。

 だが、それどころじゃなかった。


 振り下ろし始めた重量物を止めるなんて、簡単なことではないのだ。


「へぶぅっ!?」


 ……これは事故だ。


 その瞬間、川嶋葵が思ったことはそれだった。

 筋力があるとはあまり言えない自分がこの重量物を振り下ろすには、いつも全力で振り上げる必要がある。

 そのための最後の踏み込み。そこから飛び込むように振り下ろすのが常だった。 ところがだ。いつものように全力で踏み込んだそれは、景色が変わった瞬間、いつもとは違う、自分でも予想しなかった力でもって身体を前方へ弾き飛ばしたのだ。

 結果、バランスを崩しつつも振り下ろされることとなった重量物は、見事としか言いようがないほどの美しい弧を描きながら、正面に立つ妙な格好をした外国人中年男性の頭へと吸い込まれていった。どうにか止めようとしたが止め切れなかった。

 何かがパキリと音を立てた後、男性の頭でごふぅういぃんと鳴る重量物。

 とっさに手首を捻って角度を変えることが出来たのは、もしかすると不幸中の幸いだったのかも知れない。少なくとも角でズドンよりは面でズガンの方がまだマシだとは思うのだ。ズドンとズガンの違いを聞かれると困るが。うん、点よりは面の方が。少しは。

 嫌な汗が背中に浮くのを感じながら、葵は言い逃れじみたことを考えるが、


 ……いや、まあ、どちらにせよ事態は最悪だよねこれ。


 崩れ落ちる中年男性。

 振り抜かれた重量物が床に叩きつけられ、ごめきしゃぶいぃんと鳴りながら途中で折れる。

 余韻が過ぎて訪れる無音タイム。 誰も、一言も発しない。


 ……とにかく事故だ。うん。多分。というかこの人、大丈夫?


 自分へ必死に言い聞かせると同時に、目の前で白目を剥くこの男性が無事かどうかを確認しなければと思う。

 だが、それを行動に移すよりも早く、まるで遮るかのようなタイミングで鈍器の一部から最後の一声とばかりにびいぃんという音が鳴った。

 その音を合図に、止まっていた時間が一気に動き始める。

 もちろん、良くない方向へ。


「「へ、陛下ぁっ!?」」


 ……陛下?


 どうやらものすごく偉い人間だったらしい。結構な広さのある部屋らしきこの場所の、様々なところから異口同音に声が上がった。

 中年男性の側に居た、男性と同年代らしき美人と、その娘だろう、女性とよく似た白銀の髪を持つおしとやかそうな美少女が弾けるように「あなた!」「お父様!」と駆け寄る。彼女たちを通すように数歩下がった。両脇に並んで居た男たちもまた、三人を庇うために駆け寄ってくる。謝ろうと口を開くも、こちらを睨む彼らの目に怯んで、何も言えずにさらに数歩下がってしまった。

 そこへ、背後でにわかに高まった騒がしさが覆い被さる。


「貴様! 陛下に何を!」

「ぎ、儀式は? 儀式は失敗したのか!?」

「あんな奴が勇者であるはずがなかろう!」

「とにかくはまず、この者を捕らえろ!」

「魔術師団は各自、捕縛術式の詠唱を開始!」

「騎士団は総員抜剣の上、盾を構え前に!」


 立て続けに叫ばれる声に振り返る。中に妙な言葉を聞いた気がするが、それをゆっくり考えている暇など無いことをその振り返りで即座に理解した。

 振り返った真正面に立っていたのは、白い法衣を着た女性。

 顔の上半分を覆うベールで目は見えないが、口元からするに呆然としているみたいだ。全体的に白い中、その唇に引かれた紅がやけに目に付く。だが、こちらの顔を認識した途端、彼女は呆然としていた表情を、今度はベール越しでもわかるくらいに驚愕の色へと染めた。

 彼女の両脇には、揃いのローブを着込んだ男女が十数人並んでいる。それぞれが何かを呟いている。嫌な予感。

 その間から、これまた揃いの甲冑を着て剣と盾を持った、いかにも騎士団員な人間が前に出て盾を構えた。それぞれローブの留め具と甲冑の右肩部分に同じ意匠の紋章が彫られている。

 全員が振り返ったこちらを見て何故か驚愕していた。


「くそっ! その姿、魔人か!」

「や、やはり儀式は失敗したというのか!?」

「そんな……巫女様が……」

「ええい! そのことは後だ! 今は魔人の討伐に集中しろ!」

「ここから生きて帰すな!」


 ……いや、本当に何これ?


 いきなり知らない場所に変わったと思ったら一言も発する間もなく取り囲まれ、ほぼ全員から敵意を向けられているこの状況。原因に自分の行為があるとは言え、何ひとつ事情を説明されないまま、こちらには一言も弁解させないままで事態が悪化の一途をたどっていくのは、一体どういうことなんだろうか。

 とりあえず両手を上げて、こちらに敵意が無いことを伝えてみる……が、どうやら逆効果だったらしい。


「何かするつもりだぞ!」

「その前に拘束するんだ!」


 その言葉へ呼応するように、右側で増大する嫌な予感。視線を向けると、ローブ姿のひとりが何やら呟きながらその杖に光をまとわりつかせているのが目に入った。

 何かがくる。

 そう思った次の瞬間、ローブの男は光を鞭のような紫の電へと変化させ、その先端をこちらへと飛ばしてきた。電の眩しさと、バチバチと音を鳴らしながら迫り来るその威圧感に、反射的に上げていた手で顔を庇おうとした。が、


「……!?」

「なっ……!?」


 双方絶句。タイミングよく下ろした右手に当たった紫電。感電死を覚悟したそれはしかし、ぱしっという冗談みたいに軽い擬音と共に呆気なく弾かれていった。弾かれた先にいたひとりの騎士が紫電に巻きつかれて拘束された上、電撃による麻痺によって膝をつく。

 絶句した状態から立ち直ったローブ姿……魔導師たちが、新たな魔法の詠唱を開始する。甲冑……流れからするに、本物の騎士なんだろう……もまたその大きな盾で取り囲まんと前進し始め、その間から剣を突きつけてくる。おかげで今起こったことをゆっくり考える暇も無い。

 とりあえずは、どうやら全てにおいて身体能力が上がっているらしいことと、右手が物理攻撃にも対抗できるらしいことで、迫りくる剣の数々をいなすことが出来ているが、あまりにもわからないことが多すぎる。合間を縫って魔導師の方を確認する。まだ詠唱は続いているようだが、その長さからするに、おそらくはさっきのものより強力な拘束魔法か殺傷能力の高い魔法がくるのだろう。

 どんな魔法があるのかさえもわからない今、このままではどんどん状況は不利になっていく。


 ……逃げるしかない、よね。


 そう判断し、周囲を見回すと強く床を蹴った。一瞬にして部屋を一望出来るほどの高さまで身体が飛び上がっていく。魔導師、騎士が一瞬の見失いの後、こちらを見上げる。白い法衣の女性もこちらを見上げているのが見えた。中年男性はまだ気を失っているようだ。女性ふたりと、おそらくは治療関係の魔導師がこちらを見ることもなく付き添っている。護衛はこちらを見上げているが、三人を守ることを優先しているのか、こちらへあえて何かするつもりはないようだ。

 そして、最初に自分が居ただろう場所。そこにあるものに、やっぱりそうかという理解を得る。

 そのまま、目をつけていた高い位置にある窓へと降り立つ。ガラスは嵌っていないようだ。


 ……よし、とにかくここから外へ……。


 だが、見えない壁のようなものに押し返しを受ける。戸惑いの一瞬、その隙を突いて飛んできた魔法を弾き返すと、ものは試しとそのまま右手を見えない壁に突き入れてみた。パキパキという音と共に薄氷のようなものが可視化されながら割れ落ち、右手が入っていく。


「そんな!? 何故!?」


 初めて聴く澄んだ、けれど慌てるような声に振り向くと、今まで立ち位置を離れることの無かった法衣の女性が、こちらへ駆け寄り、その杖を構えているところだった。


「逃がしません!」


 白い中にやたらと目立つ紅が何事かを呟き、その手に持つ杖が光を帯びる。すると、割り開いていた見えない壁……結界? が逆再生されるようにその口を閉じ始めた。

 だが、それだけだ。それだけでしかなかった。

 右手で大きく円を描くように結界を割り、穴が閉じきってしまわぬようひとまずの大きさを確保する。次に、小さく割り取った薄氷のようなその破片を法衣の女性へ、できる限りの小さな力で投げつけた。


「ッ……!」


 思わず騎士より前へと飛び出してしまっていた法衣女性の迂闊さと、呆然と成り行きを見守ってしまっていた騎士たちの油断。その隙をついた一投を、法衣の女性は杖で防ぐしかなかった。中断させられた結界魔法。その隙に身体が通るだけの広さへと、さらに結界を割り広げる。


「クッ……! 待ちなさい!」


 法衣の女性が叫ぶが、当然のことながら待つつもりなんて無かった。今は待ってもいいことがあるとは思えない。


 ……でも、まあ、いつかは。


 時間が経って互いが……というよりも主に向こうが少し冷静になれば。もしかすると。

 そう考え、とりあえず今は、と法衣に向かって肩越しに軽く手を振る。紅が一瞬だけ停止した後、悔しそうに歪み、頬も紅へと変化していくのが見えた。もちろん、悪い方の意味で。またもや逆効果だったようだ。


 ……うん、とっとと逃げよう。


 改めてそう決定し、最後に、中年男性の近くに落ちている折れた重量物を見やる。何度も直して使ってきた相棒のような存在だった。今ここに至ってはもう、持っていくことは出来ないだろう。あれを抱えて、ノイズだらけの轟音をかき鳴らすことももう、無いのだろう。


 ネックの折れた一本のエレキギター。

 そのネックも、それ以外の部分も、何度も交換され、ボディ以外にオリジナルな部分のもう無い、ツヤのない黒のギター。


 ありがとう、と今までの感謝を心の中で告げる。

 そして今度こそ、窓の外へと身体を躍らせた。そこには見覚えのあるものが何一つ無い風景が広がっている。


「待てこのッ! ば、馬鹿あッ!」


 激怒はしているが、明らかに罵倒慣れはしていないというその言葉に、もう振り返りはしなかった。


 さあ、どこへ逃げよう。

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