白い部屋
右手に強い衝撃を受けて、私は目を覚ました。身体は仰向けで、白い光が眩しかった。私は横になったまま、意識が徐々に回復するのを待った。そして、まだぼんやりとした意識の中で、既にある違和感を覚えていた。
寝ていた場所が、やけに硬いのだ。
ベッドの上でないのは当然だが、カーペットや板張りの上でもない。コンクリートのように硬く、冷たい床の上だった。
――ここはどこだろう。
考えようにも、記憶が薄皮に包まれたように曖昧だった。
私がゆっくりと身体を起こすと、すぐ側にそれは落ちていた。
拳銃――それも、今まさに硝煙をその銃口から吐き出しており、ついさっき引き金が引かれたことがわかる代物だった。私はその拳銃を手に取った。重量感のある、本物の銃だった。弾倉を取り出してみたが、中に弾は入っていなかった。私は弾倉を銃の中に戻すと辺りを見回した。
どこまでも真っ白な壁、その中で何かの影が視界に入ってきた。
――人間だ。
二十メートルほど先で、壁に寄り掛かるようにして座っている。
「おーい」と声をかけてみたが、反応は無かった。
私は立ち上がり、彼に近づいていった。
それに気づくのは容易だった。
――死んでいる。
頭に黒いビニール袋が被せてあり、首から肩、胸にかけて血で染まっていた。袋の横の部分に穴が開いており、そこから誰かに銃で撃たれたようだった。穴の周囲も血で汚れていた。
私は持っていた拳銃の先で、恐る恐る死体の手を払ってみた。やはり反応は無かった。ただの重くて大きな肉の塊だった。
恐怖が、内臓の奥底から吹き出してきた。
私は臆病な鼠のように周囲を忙しなく見回した。そして、部屋の中央へ行き、現状を認識しようと努めた。
少し広めの立方体の部屋。壁、床、天井の全てが真っ白で、照明は無く、六面がそれぞれぼんやりと光っているようだった。出入り口のようなものは一切見当たらなかった。それならば私達は、どうやってこの部屋へ入ってきたのだろうか。そして、壁際にある死体。誰が彼を殺したのだろうか――。
「私が殺したのか?」
誰に言うでもなく、そうつぶやいた。
目覚める直前、手に走った衝撃が、私が彼を銃で撃ったときのものだとしたら。
しかしなぜだ。なぜ私は、彼を殺したのだ。
私は考えを巡らせた。しかし、それもすぐに行き詰ってしまった。現状を精査しようにも、この部屋には材料が少なすぎるのだ。私がいて、拳銃があって、あと他に調べられるのは――死体だ。このような状況であっても、やはり死体を調べるなどということは、できるだけ避けたいと思っていた。しかし、そうも言っていられない。残る手掛かりは、彼だけなのだ。
私は、覚悟を決めた。
役に立たない拳銃を強く握り締め、私は死体のある所へと歩いた。
やがて、死体と向き合うと、私は息を呑んだ。死体は死への入り口のような気がして、気味が悪かった。
死体をまじまじと観察すると、妙な感覚を覚えた。私にはそれが、見覚えのあるものに思えたのだ。雲の切れ間から光がちらつくように、記憶の奥で光るものがあった。
――まさか、そんな。
戸惑いながらも、私は焦る気持ちを抑えられず、頭に被さった袋を一気に取り去った。
――私だ。
見覚えのある私の顔がそこにはあった。
そして、私は暗闇のトンネルから抜け出たように、全てを思い出した。
私はあの日、自殺したのだ。
こめかみに銃口を当て、引き金を引き、肉体を破壊した。ビニール袋を被ったのは、恐怖を和らげるためだった。
つまりここは、死後の世界ということだろうか。死んだ彼が私の肉体で、今なお生きている私は、私の魂ということか。私の肉体は、輪廻転生を遮り、私を――魂をここへ閉じ込めたのだ。自分でも変な考えだと思ったが、やけに納得できた。
私は部屋の中央へ行き、大の字に寝転がり、そして目を瞑った。いつまでもそうしていたが、眠気が来ることは無かった。