「テーマ」と「構成」のこと
それでは、ひとつの物語を書き始めることといたしましょう。
タイトルは、こちらです。
『とあるパン屋の異世界奮闘記(仮)』
あらすじとしては、現代日本でパン屋を営む主人公が剣と魔法のファンタジー世界に突如トリップ、そして向こうの世界でパン屋を開業する物語です。笑いあり、ときどき涙あり、といったほのぼの展開になるといいですね。ちょっとありがち過ぎるような気もしますが、ただのサンプルですので別に構わないでしょう。
ああ、私のネーミングセンスですか。確かに、この読み物のタイトルからもお察しのとおり、かなり平凡ですね。なんのひねりもありません。あるいは、タイトルから簡単に内容が想像できてしまう、ということでしょうか。最近、こういったタイトルの作品が、ライトノベル業界で見受けられるようになりましたので、ちょっとくらい流行を意識しようかな、と考えてみました。いざ自分でやってみると、やっぱりなかなか難しいものです。
それとも、「英雄」の要素はいったいどこへいったのか、ということでしょうか。ご安心ください。追加で説明させていただきますと、主人公のパン屋には戦闘能力は一切ございません。ヒロインも登場させる予定ではありますが、ただの街娘という範囲を決して超えないような「キャラクター」にするつもりです。まあ、仮にもヒロインですから、美少女設定は必要でしょうけれど。
どうしてこんなストーリーになってしまったのかというと、「テーマ」の存在がバレないようにするためです。
小説の「テーマ」は【テーマの解決】の瞬間まで「謎」のままであり続けなければなりません。「謎」による呪縛が解かれてしまえば、その時点で、読者を小説の世界へと惹きつけておくための吸引力が失われてしまいます。冒頭の部分でやりたいことをやりつくしてしまい、「謎」を消費しきってしまうと、この先どうなるんだろう、と読者に思わせるのは難しいです。
では、どうすれば「テーマ」に秘めた「謎」を守れるのでしょうか。やり方は大きく分けて2つあります。「テーマ」そのものを隠してしまう方法と、「テーマ」の構造を複雑化させる方法です。これら2つは同時に使うこともできますので、迷ったら両方使う、というくらいの心構えで大丈夫です。
今回、私が採用したのは前者の「テーマ」を隠す方法です。Q&Aの答え(A)の部分だけでなく、問い(Q)そのものを読者から見えないようにすることで、読者がこの小説の本質にたどり着くまでの時間稼ぎをしようとしたのです。「英雄」というキーワードから出来るだけ離れたものを【テーマの提起】にしようとして、いろいろ考えた結果が、パン屋の主人公でした。
もう一方の、複数の「テーマ」を組み合わせて複雑化する方法については、後ほどあらためて説明します。「テーマ」を複雑にすると、話がどんどん壮大になりますので、ちょっとサンプルを作ってみましょう、というスケールでは済まなくなってしまうのです。まずは、単純で簡素な物語を題材に、基本的な部分から解説させてください。
前述の小説の「構成」を表した図を見てみましょう。
【プロローグ】
【テーマの提起】
【テーマの解決】
【エピローグ】
【プロローグ】と【エピローグ】は簡単です。それぞれ『日常』と『後日譚』という単語が入ります。
【プロローグ】
・日常
【テーマの提起】
【テーマの解決】
【エピローグ】
・後日譚
【テーマの提起】と【テーマの解決】には、その小説の「テーマ」となる問いかけと解答を入れてください。その際には、「テーマ」のQ&Aの末尾にそれぞれ、
「~、という問いかけを呼び起こす【何か】が起こる」
「~、という結論が示される」
という文言を付け加えるようにしてください。
この小説の「テーマ」は
Q:「英雄」とはどんな存在か
A:他者のために困難に立ち向かう存在が「英雄」である
ですから「構成」は以下のとおりになります。
【プロローグ】
・日常
【テーマの提起】
・「英雄」とはどんな存在か、という問いかけを呼び起こす【何か】が起こる
【テーマの解決】
・他者のために困難に立ち向かう存在が「英雄」である、という結論が示される
【エピローグ】
・後日談
ここまできたら、次はいよいよ【テーマの提起】に含まれる【何か】を決定します。どんなものにするのかは、小説のジャンルと作家の発想力次第です。今回のサンプルでは【パン屋の店主が異世界に飛ばされてパン屋を始める】となりました。
余談ですが、ファンタジー異世界トリップもの、というジャンルの利点はここにあります。【テーマの提起】における【何か】は、異世界に突然トリップする、というイベントで十分すぎるほどだからです。最近、とあるサイトでこのジャンルの小説が大量に供給されたことによってか、ついつい感覚がマヒしてしまいがちですが、実際に異世界に飛ばされる主人公にとってみれば、人生がガラッと変わってしまう一大事であることは間違いありません。
というわけで、パン屋の店主には【テーマの提起】のために犠牲になっていただきました。本人の意思とは全く関係の無い、問答無用の異世界トリップです。主人公さん、ごめんなさい。可愛いヒロインとくっつけてあげますから、どうかそれで勘弁してください。
さて、現時点までのストーリーをまとめると、下の図のようになります。
【プロローグ】
・日常
【テーマの提起】
・パン屋の店主が異世界に飛ばされてパン屋を始める
【テーマの解決】
・他者のために困難に立ち向かう存在が「英雄」である、という結論が示される
【エピローグ】
・後日談
では、最後は残った【テーマの解決】です。【テーマの解決】シーンは、一般的には、クライマックスと呼ばれております。物語が最も盛り上がる、印象的なシーンです。それまでずっと「謎」のままであった「テーマ」がいよいよ氷解するわけですから、それはもう、ここで盛り上げなければ一体どこで盛り上げるのか、と言ってしまって良いでしょう。
しかし、今回のケースのように、「テーマ」を隠すために【テーマの提起】をあえてわかりにくいものにすると、【テーマの提起】と【テーマの解決】との間にはギャップが生じます。放っておいたら、いつまでたっても【テーマの解決】にたどり着かない、そんなこともあるかもしれません。
このギャップを埋めるのが小説の「キャラクター」たちです。思う存分、「キャラクター」たちに働いてもらいましょう。そして最終的には「キャラクター」の寿命を全部使いつくしてしまいましょう。
主要「キャラクター」の寿命が全て消費されたとき、物語はクライマックスを迎えます。「キャラクター」はクライマックスで死ぬべきだ、と言っているわけではありません。ここでの寿命とは、あくまでも、「キャラクター」生命の話です。スポーツ選手における、選手生命のようなものでございます。
次回は、【テーマの解決】を導くための「キャラクター」づくりについて、書かせていただきたいと存じます。