Chapter 2 episode: Observers
「会長」
「あら、甲一くん」
図書室の鍵を開けようとしていた雛子に声をかけてきたのは、まだどこか眠たげな顔をしている東賀 甲一だった。
「相変わらず朝は苦手そうだね」
「すいません、どうしてもぼんやりしてしまって……」
「でも、ちゃんと遅刻せずに来れてるんだからいいじゃない」
「本当はもっと早く来たかったんですが」
「自分に厳しいんだね。そんな甲一くん、好きだよ」
「か、からかわないでください」
ふふ、本音なんだけどな、と妖しく笑いながら、雛子は扉を開けて中に入った。
こうして校内の施設を逐一チェックするのも生徒会の役割だった。面倒ではあるが、学校のあちらこちらを見て回るのはけっして嫌いではなかった。
雛子は、ふと横合いからの視線に気づいた。
「なあに、甲一くん。私のことじっと見つめて」
「見つめてはいませんが、聞きたいことがあって。昨日の夜のことですが」
「女の子に夜のこと聞くの?」
「いや、そうじゃなくて! もう、はぐらかさないでくださいよ。会長もわかってるでしょう?」
「ごめんごめん」
本当に反省しているのか疑わしいいたずらっぽい笑みを浮かべながら、手近な机に腰かけた。
「派手にやったみたいだね」
「派手も何も、改装中だった教会をめちゃくちゃにしてしまって、教会関係者からすごいクレームですよ。どうせまた生徒がやったんだろうと」
「まあ、事実だし」
「本当にあの男、放っておいていいんですか。初日からこれでは、先が思いやられます」
「甲一くん」
雛子の声色がわずかに変わった。
「〝彼〟は、今のところ間違ったことはしてない。それどころか、昼も夜もうちの生徒を救ってくれた」
「…………」
「でも、私たちは眷属が犠牲者を出してることにさえ気づかなかった。ううん、〔気づけなかった〕」
雛子が甲一のほうを見た。その瞳は、厳しくもどこか優しかった。
「むしろ、対処してくれたことに感謝しないと。すべてを疑いの目で見たら、本質を見れなくなっちゃう」
「――はい」
と返事をした甲一であったが、しかし引き下がれないところもあった。
「ですが、今後も注意する必要があります。この件に関しては、僕が独自に動かせてもらいます」
「昨日も、ずっと見張っていたんでしょう? 寝不足にならないように気をつけなきゃ駄目だよ」
「……全部お見通しですか」
苦笑しながら、ため息をついた。
「でも、それなら話が早いです」
「何?」
「実は昨日、いくつか気になるところがあって」
「美柚ちゃんも来てたこと?」
「ええ、すごい殺気を発して――って、それもあるんですが、実は」
一部始終を聞いた雛子の表情が、徐々に徐々に曇っていく。
「――そう」
「どうしましょう? どういうことなのか、僕もわからなくて」
「蓮くんより、そっちのほうを注意する必要があるみたいだね」
「はい」
窓の外は晴れ渡っているものの、今日は少し風が強いようだった。




