Chapter 2 episode: Morning Star
春とはいえ朝の空気はまだ冷たく、それが心身を引き締めてくれる。
しかし、そんなこととは無関係にけたたましく相争う二人が路上にいた。
「ちょっと待ちなさいよ!」
「待たない。待つ必要がない。待つ相手もいない」
「ここにいるでしょ」
「いない、まったくいない」
あくまで強情な蓮にひと蹴り入れてから、美柚は相手が逃げないように腕を掴んだ。
「だいたい、なんでそんな急ぐの。ゆっくり行けばいいじゃん」
「離せ、女。俺は遅刻などというみっともない真似はしたくない」
「まだ余裕あるって。珍しく早起きしたんだから」
「威張って言うな」
くんずほぐれつ、それでも進む二人は器用だった。
しかし、そんなばかばかしいことをしながらも、美柚は気になっていることがあった。
「――一緒に住んでること、みんなに言わないでよ」
「誰が言うか。俺にとっても恥だ」
「何ィ?」
掴んだ腕を締め上げる。変な音がしたが気にしない。
「……昨日の夜」
「あれは事故だっ!」
「わかってる。そうじゃなくて」
どう説明したものだろうか。こっそり追いかけていたことは知られたくない。しかし、いろいろと聞いてみたいこと、問い詰めたいことがあった。
「あの〈女〉――」
「うん?」
「……なんでもない」
嫉妬していると思われたくない。女としてのプライドが、行動の邪魔をしていた。
「おい、女」
「女言うな。何?」
「例の女のクラス、知ってるか」
「例の女?」
「昨日、食堂前でぶつかっておきながら一言も謝らなかった奴だ」
「ああ、佐々木さん」
あの勝ち気な顔をすぐに思い出したが、すぐにむっとなった。
「何よ、彼女がどうしたの? まさかまだ根に持ってるの?」
「違う。――まあいい。今すぐにどうこうということもあるまい」
――何よ。
意味深な物言いに疑念がいや増した。
まさか、さっそく興味を持ったとでもいうのか。すぐそばにもっといい女がいるというのに。
ブツブツとつぶやくように文句を言いはじめた美柚に気づかぬままに、蓮はひとり思案した。
――あのわずかな霊力。
眷属の女から感じたあれは錯覚だったのか。
どうにも気になるが、まだ引っかかっていることはあった。
「おい、女」
「女言うなっつーの」
「うちの学校に金髪の女子生徒が――」
「何!? 今度はブロンド美人に興味持ったの!? 節操のない……」
「は?」
しかし、男はそれくらいの甲斐性がないと、などとまたブツブツ言いはじめた美柚であったが、すぐに思い出した。
「ああ、そういえば昨日の夜」
「おい、いい加減離せ」
「!? 離すと逃げるでしょうが!」
「当たり前だ! いつまでも凶暴女に捕まっていてたまるか」
「また失礼なことを!」
「痛っ。何をする、野獣!」
「や、野獣!? 言うに事欠いて……私はまだナニもしてないんだからね!」
「すでにしてるだろうが!」
再びもみ合いになった二人は、もはやレスリングの駆け引きのように手を取ったり外したりをくり返しながら、それでも歩を止めることはなかった。
それは、住宅地の十字路に差し掛かったときのことだった。
向かって左側の路地から、見知った影が現れた。
美柚の親友、幸徳井 翔子。
その視線の先には、激しくからみ合う男と女。
「……あんたら、そんな仲だったの?」
「ち、違っ……!」
全力で否定しようとする蓮を恥じらう美柚が押さえつけた。
電線の上でカラスが鳴いている。




