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Go one way!  作者: ミッチ
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第二話 受け止めるべき思い

「俺の後輩の事だ!俺に指図するな」


机に腕を叩きつけて、男は大声を出した。

その会話の相手、霧島漣は黙って首を横に振った。


「ダメだ、その一年生に仕返しに行くことは認めない」


椅子に座った漣は、机を挟んで立っている黒髪をオールバックをした男を見上げながら言った。毅然とした表情で漣は言葉を続ける。


「お前の後輩がその一年生より弱かっただけだ」


「だが!このままでは」


「下のやつになめられるって?」


漣は男の発言を先読みしたように割り込んだ。図星を突かれたらしく、面白くなそうに口元をゆがめた。


「年功序列の時代は、とっくに終わってるんだよ、お前もそれに賛同したから、今ここにいるんだろ」


「このまま黙って見ていろというのか!」


「ああ、そうだ」


漣は突然立ち上がった。椅子の足についたローラーが床を滑り、後ろの壁にぶつかって停止した。


「それでも行くというのなら」


手を伸ばし、男の腕についている赤い腕章を強く掴んだ。


「これを外してから行け」


「くっ!」


歯を噛み締め、とらえられた腕を振り払うと踵を返して部屋を飛び出していった。


「はあ……」


小さく嘆息を漏らす。漣は後ろに下がった椅子を戻し、再び深く腰掛けた。

昔から変わらないオールバックの黒髪に、Tシャツの上に短ラン、ボンタンという時代錯誤の恰好のあの男。

その後ろ姿を見届けた後、漣は部屋の長いソファーに座っている牛尾の名を呼んだ。


「このまま放っておいていいと思うか?」


牛尾は紙の束を整理する作業をしながら答えた。


「ああ見えて、桐生は状況をよくわかっている奴だ」


「そうだな、それでお前はどう思う?」


「俺が口出しする問題ではない」


いつもこうだ、彼は一歩引いた意見しか言わない。


漣は次に、牛尾から机を挟んで置かれているソファーに深く腰掛ける男子生徒へ視線を移した。


「虎門、お前はどうだ?」


虎門は目にかかる栗色の前髪を、軽く首を振って払った。


「桐生先輩のことですか?」


「いや、桐生の言っていた一年生のことだよ」


虎門はわずかに幼さの残る顔に、不敵な笑みが浮かんだのを漣は見逃さなかった。


「ん~……特には何とも」


「そうか」


聞いた後、漣は虎門を睨みつけるようにしながら言った。


「ところでお前、桐生の後輩たちと仲がいいそうだな」


「……」


虎門は口ごもる。


「お前も、好き放題やりたいのなら……」


「何もしませんよ、いつもそうでしょ?」


虎門は大げさに肩をすくめて見せた。

漣は決して核心をついてこないが、虎門の行動の全てを見透かしていることを知らせるのには十分だったらしい。虎門は立ち上がり、会話を放棄したように背を見せて部屋を出て行った。


「あいつも変わった」


誰に言うでもない漣の小さな呟きは、すぐに静かな生徒会室の空気に溶けていった。


恐らく、虎門は漣の言うことなど聞きはしないだろう。それは漣自身十分わかっていたし、むしろ他人を出し抜こうと裏で画策するのが虎門という人間であることをわかって傍に置いていた。


それなのに、最近では漣に逆らおうとする素振りを一切見せなくなった。隙あらば漣の寝首を掻こうとしていた、以前の彼の姿はもうない。


それとは正反対に、桐生の方は昔の面影を存分に残していた。

後輩思いで曲がったことが嫌いな彼は、どうしようもない不良たちをいい方向へ導いている。

だがその反面、漣とはかみ合わない考え方にも変化がない。そのせいで今までにも漣と衝突する場面は実に多かった。


うまくかみ合わない現実を、漣は退屈に感じていた。



生徒会長、霧島漣。

容姿端麗で成績優秀、魔術師として天才的な才能を持ち、性格もよく出来ている。非の打ちどころのない完璧な彼を、生徒たちは良きリーダーとして認め、何も言わず彼について行くのだ。


虎門にとっては一番嫌いなタイプだったが、のしあがるのにこれほどいい踏み台はなかった。そう思って近づいた。だが、彼には敵わないとすぐ思い知った。


それでも何の問題もなかった。勝てないのなら戦わなければいいだけの話だ。陰に隠れて、じっといなくなるのを待っていれば自分の敵はいなくなる。臆病だの何だの、どうとでもいうがいい。


虎門満明という人間に、一切のプライドなど無い。それ故にどんなことでもしてきた。

そうして、虎門は霧島漣が去った後、その空席を奪い取ることのできる状況を作り上げたのだ。長い時間をかけて。


だが、またその邪魔になりそうな者が現れた。やられたのは平凡な実力を持つ生徒だったが、二年生ということで校内ではそれなりに話題に上がっている。


まだ到底自分の邪魔になるのには程遠い存在ではあるが、そういった者に過敏になっている彼には十分すぎるほど目障りだった。

たとえ芽が出ていなくとも、種が植えられてさえいれば容赦なく掘り返す。それが彼のやり方。


生徒会室を飛び出した虎門は、本館の階段を上る。やがて、たどり着いたのは照明のついていない暗い踊り場に出た。どこにあったのは重そうな鉄の扉。虎門はその扉を押した。


押さえつけられているように重い扉を開くと、冷たい風が吹き抜けてきた。外に出ると、太陽が傾いて暗くなりかけている空が飛びこんで来る。そして、屋上の一角に、五人の生徒が集まっていた。


桐生が目をかけている後輩たちだ。一概に不良という呼ばれ方をしている。その中には響希たちと戦った金髪の男子もいた。


虎門は慣れた調子で声をかける。


「皆さん、どうもおそろいで」


五人は虎門を睨みつける。だが、虎門にも悪びれる様子はない。お互いに良い信頼関係を築けてはいないようだ。


金髪の男子が口を開いた。


「桐生先輩は何て言ってた?」


「君らの仇を討ちたいってさ、霧島会長が認めなかったけどね」


金髪は唇を噛み締めた。


「当然、桐生さんは動けないよね。君らのためにもさ?」


「ああ……」


「ま、そんなのは置いといて」


虎門は愉快そうに口角をつり上げた。


「クラスは一年B組、そこに明日葉響希ってのがいるらしいよ」


「そうか」


「僕にはこいつが何なのか知らないけどねぇ」


虎門は抑えきれない笑みを隠すように、体を反転させた。

それも無理はない。今回の状況は彼にとって都合が良すぎたからだ。

響希が殴りつけたのはよりによって桐生の後輩、となれば余計な手回しをしなくても、桐生の名を出せば彼らが黙らせてくれる。

ただひたすらに愉快だった。


「じゃ、僕は何も言ってないってことで」


それだけ言うと、虎門は出入口に向かった。


彼は何でもする。自分の作ってきたものを守るためなら何でも。


※※※


繋があの騒動のことを周囲に言いふらしたせいで、響希は数日ほど同級生から噂されることもあった。

持て囃されたり、疑われたり、話の内容に尾ひれがついたり忙しかったが、数週間たった今では穏やかな日々を過ごしている。


昼休み、響希と繋はフードコートに来ていた。繋は早々に食べ終え、響希のノートとまっさらな自分のノートをならべ、授業の内容を書き写していた。


響希は昼食をとりながら、それを目の前から眺めていた。自分のノートを見て、なんと理解し難い文章が書き連ねてあるのだろうと、響希は感じていた。


魔族の専門分野、特に『魔学』という教科は、科学とは相いれない学問だ。

科学が不確定要素を全て排除し、何度繰り返しても変わらない確実な結果を、データの根拠とするのに対し、魔学は常に揺れ動く不確定な情報を考慮してデータを作る。


つまり、昨日と今日でいくらでも結果が入れ替わってしまう危険性を孕んでいるのだ。

科学の世界で育ってきた響希には、魔学を学問と呼ぶのも憚られた。


響希が食事を終えるころ、繋はノートを片付け始めた。


「うし、次体育だし早めに行くか!」


「もうちょい落ち着けよ……」


トレイを持ち、繋が急かす。響希もそれに合わせて立ち上がった。

その時、


「ん……?」


視線を感じ、ふと後ろを振り返った。

そこにいたのは、艶のある黒髪

をそのまま垂らした女子生徒だ。

凛々しい顔立ちで静かに佇んでいるが、その服装はスカートを踝あたりまでめいっぱい伸ばし、セーラー服を腕まくりしたもので、今の様子に反して大人しそうには見えなかった。


最近不意に視線を感じて、そちらを見るとよく目にする気がする。だが、目立つ格好なので、つい注目してしまうだけだろうと、この時も響希は思って特に気にしていなかった。


繋の後を追い、響希は教室に向かった。



教室へ戻れば、体操着に着替えて演習場へ。程なく昼休みは終わり、今日も模擬戦が始まる。


模擬戦をこなすうちに、響希はマナの『変換』が苦手なことがわかった。


『変換』については、魔学の授業でも出てきていた。


―「魔族は体内のマナを、自らがイメージしたエネルギーに変換できる」


そして、それは物体の運動エネルギーなどの目に見えないものでも、繊細なイメージ力があれば変換可能らしい。


魔学の担当教師、佐倉はその様子をこう例えた。


―「魔術のメカニズムは車のようなものだ。

ガソリンがマナで、その入れ物の車体は魔族の体、そしてイメージというエンジンをかけることで走ることができる。

つまり魔術が発動するわけだ」


魔術は『変換』が大きな割合をしめる。ではそれができない響希はどうすればよいか。その答えはマナの操作にあった。


「よし、では始め!」


響希は相手の男子に一直線に走り寄る。相手は火球を投げつけてきた。

響希は右の拳に力を込める。すると、銀色の光を発する粒子が溢れ出した。


頭に描くのは、拳を軸に螺旋状に流動する粒子のイメージ。それの通り、銀の粒子は高速で動き始めた。


火球が響希に肉薄する。響希が腕を振るって粒子の流動に巻き込むと、瞬く間に火球は空に消えていった。


響希はそのまま走る。


次の攻撃が来るより早く、響希は相手に到達した。粒子が渦巻く拳を振りかざしながら、残った片手で相手の肩を捕えて前に強く押し込んだ。


「ぐっ!」


相手は押されまいと踏ん張る。それを見越して響希は相手の足元を蹴りで払った。


「おわっ!」


相手は背中から地に落ちた。その上に響希は素早く馬乗りになり、


「おらあっ!」


拳を突きたてた。だが、それは相手に当たることはなく、拳を包んで渦を巻く粒子は、ドリルのように顔のすぐ横の地面を抉った。


これが響希の戦い方、攻撃を当てるようなことはせず、決定的な場面で相手に降参を促す。このような決着ができないような場合はすぐに響希から降参を宣言していた。


ほどなくして、間宮がホイッスルを鳴らして言った。


「勝者、明日葉!」


変換ができるということは、その先の『操作』ももちろん可能。通常、魔術のバリエーションは変換によって増やすものだが、響希は粒子を螺旋状に回転させて拳を包む操作を行うことでそれを行っていた。


そうして響希は、徐々に魔族としての自分をコントロールしていく。

そんなある日の放課後だった。


「君に用がある」


校門の前で響希は声をかけられた。初めて聞く声だったが、彼女を見たのは初めてじゃない。


「君は……」


最近よく見るようになったスケバン風の女子だ。一見すると涼しげな美人に声をかけられるという、響希にとって願ってもないシチュエーションのはずだった。


「着いてきてほしい」


校門を出た二人は、学生寮とは反対の方向へ歩き出す。山を下り、しばらく歩くと、河川敷が見えてきた。

そこを下りると、彼女を振り向いた。


「こんな場所まで歩かせて済まない」


凛々しい相貌がまっすぐ自分を見据える。それに対し、響希は思わず目を逸らした。


「ああ……まあ確かに遠かったけど」


「どうしてもここまで来てもらえないと行けなかった。人に見られるとまずいんだ」


「ええっ!?」


響希の頬が熱を持った。


「え~と、それはどういう意味かな……?」


照れくさそうに首の後ろを撫でた。


「さあ、準備しろ」


間抜けな顔を浮かべる響希を余所に、彼女は構えを取った。


足を腰を落とし、指を伸ばしてそろえた手を構えている様は、何かの武術のようだった。


「ちょっと!待てよ!」


それを見て、明らかに言葉の足らない彼女に、響希は焦りを顕わにする。


「どういうこと!?」


彼女は平然と答えた。


「学校の近くで戦えば、見つかったとき面倒になる。だからここまで来てもらった」


そんな話があって堪るか。

響希はその思いを言葉にする。


「戦うにしてもルールがあるだろ!」


その通りだ。央陵高校には戦うことに関して厳正なルールがある。

演習場以外での戦闘行為は一切禁止となっているし、手続きをして演習場を使うにしても見張りがついていると徹底されている。


これは強い力を持った生徒たちが暴徒と化さないように、との目的で決められている合理的な決まりだ。響希もこれを聞いて実に納得したものである。


「見張られながら戦うのは大嫌いでね」


その響希の主張を、彼女ははっきりと否定した。


「大嫌いって、好き嫌いで決めていい問題じゃないだろ!?」


響希も引き下がらない。


「私の覚悟は、そんな決まりに縛られるほど弱いものじゃない」


「だからそういうことじゃ……っ!」


彼女は聞く耳を持たなかった。地面を蹴りつけて一瞬で近づく。


長いスカートに包まれた足を、響希の頭に向かって振り上げてくる。


「くっ!」


苦しげに声を上げて、響希は横から迫る蹴りを防御する姿勢を取る。

だが、それより先に彼女の蹴りは響希の横顔を振りぬいた。


「ぶふっ!」


顔に引っ張られ、体は蹴られた方向に飛んだ。体勢を保つことができず、地面に崩れ落ちた。

それでもすぐに上体を起こし、蹴りを見舞った相手を見据える。


彼女は再び先ほどと同じ構えを取っていた。


「ちょっとタイム!」


響希は呼びかける。


「問答無用っ!」


彼女は大股で近づいてきた。

響希はすぐさま横に転がり、豪快に振り上げられた蹴りを回避する。


「待てよ!」


鋭く構えなおす彼女。響希は立ち上がって後退し、距離を取った。動物をなだめるように開いた手を前に出す。


「俺にお前と戦う理由なんかねえって!」


それに返すことなく、彼女は一歩踏み込んで威嚇した。


「だが、私にはある」


「そうじゃなくて!」


響希は苦い顔をした。


「俺に戦う気はないの!」


しばらく、彼女は響希を睨みつける。


「はあ……」


がっかりしたようにため息を吐いた後、ようやく意思が伝わったのか構えを解いた。

それを見て響希は胸を撫で下ろす。


「全く……」


響希は頬を押さえた。強烈な蹴りを喰らって視界が揺れている気がする。


「何で戦わなきゃいけないんだよ……?」


響希の問いに、彼女は胸を張って答えて見せた。


「無論、私の夢のためさ」


「は?」


「私の夢は、将来『リヴァリエール』に入ることだ」


聞き覚えのない単語の登場に響希は困惑する。


「え?リヴァ……なんだって?」


響希は聞き返した。


「君、魔族の事を知らないというのは本当だったんだな」


彼女は拍子抜けしたように肩を落とした。

腕を組むと、話を続けた。


「世界最大のギルドの名だ、私はそこに所属するんだ。さらに大きな戦場に身を置くためにな」


「戦場……?そこでまた戦うのか?」


響希の呟きに、彼女はさも当然のように答えた。


「そうだ。私は魔術の使えるただの素人で終わる気はないからな」


「戦うことだけが、魔族の生きる道だっていうのか?」


彼女は眉を寄せた。


「君はおかしなことを聞くな。じゃあなんで君は毎日模擬戦をこなしているんだ?」


「なんでって……」


やらなきゃいけないから、その都度こなしているだけだ。


そう言おうとして慌てて飲み込んだ。自分が戦う理由として用意していたのは、毎回その時の戦いを乗り切るためだけの使い切りのようなものに思えて。


とても自分の将来を引き合いに出してくる彼女に語るには及ばないものだと感じたからだ。


それじゃあ自分は何のために戦っているんだ?


口ごもる響希に対して、退屈そうに彼女は言い放った。


「実力を試したかったんだが……今の君と戦っても手応えがまるでない」


それだけ言い、響希を置き去りにして河川敷を上がっていく。


「私はD組の砂原直。気が変わったら言ってくれ」


後に残ったのは、今だ頬に強く刻まれた痛みと、これからまた悩むべき問題が発生したことによる落胆だった。


響希は投げ捨てた鞄を拾い上げ、汚れを払うと学生寮へ向けて歩き出した。

その道中、頭の中では一つの疑惑が膨れ上がり始めていた。


―「魔術の使える素人で終わる気はないからな」


その言葉が耳に残っていた。

砂原の言う、「魔族として生きる」ことは戦うということなのか。さらに大きな戦場で戦うために、彼女は今戦っているというのか。


それでは世界が狭すぎる。戦うことでしか、魔族として生きたことにはならないなんて。


戦った後など、ただ虚しいだけ。響希には戦った先に何もない、そうなれば当然戦うことなど出来そうになかった。


学校の校門をまた通り過ぎ、そのまま直進する。帰り道をうわの空で歩いていた響希の意識を引き戻したのは、誰かに後ろから肩を掴まれた時だった。


「探したぜ、明日葉」


聞き覚えのある声だった。それもそのはずだ、先日響希が殴りつけた金髪の男だった。

振り向くと、制服を崩して着ている男子生徒がざっと五人。


「ちょっと来いよ」


穏やかではない雰囲気を感じ取り、響希は一歩下がるが、その後ろにも一人が回り込んできた。


背中を押され、腕を引っ張られ、半ば引きずられるように歩く。道から外れ、人気のない通りに着くと、引っ張ってきた響希を突き飛ばした。


前のめりになり、バランスを崩して地面に膝をついた。その周りを不良たちが取り囲む。


金髪は響希の胸倉に掴みかかると、脱力した響希を立ち上がらせる。


「この前はよくもやってくれたなあ」


金髪に凄まれても、響希の態度は変化しなかった。戸惑うように瞼が震えているものの、どこか哀れみとも見れるような表情で金髪の顔を見つめている。


「殴るならそれでいい」


響希は蚊の鳴くような小さな声で、顔を近づけて睨みを利かせてくる金髪に言った。


「でも教えてくれ。俺を殴って、その後お前らはどうするんだ?」


「あ?」


意図が理解できないのか、金髪は眉をピクリと動かして不快さを示した。


「俺を殴って、それで何になるんだ?」


変わらぬ調子で響希は尋ねる。だが、金髪は答えない。そのやり取りに痺れを切らしたのか、後ろで見ていた内の一人が間に割り込んできた。


「埒があかねえ」


そして握り拳を響希の頬に叩き込む。

響希を殴ったその男は勝ち誇ったように言った。


「ムカつく奴を殴るとスッキリすんだよ、それ以外何がある」


「それで?」


響希は相変わらず気怠そうにしている。質問はぶつけてくるものの、心ここに在らずという風だった。


「それは殴った時だけだろ?その先には何があるんだ?」


「ああっ!?」


悔しそうに地面を蹴って、舌打ちをかました。


「こんな殴り甲斐の無いやつ初めてだよクソッ!!」


「確かにな」


金髪は頷いた後、


「おい、お前」


再び響希の顔をぐいと近づけた。


「今回はこれくらいで許してやる。だがな、また調子に乗って……なんだ!?」


激しく肩を叩かれ、金髪の言葉は途切れた。鬱陶しそうに肩におかれた手を払うと、聞き返した。


「なんだよ!?」


「あれあれ!」


返って来た答えは狼狽しきってあてにならない。

金髪は示された方向を見た。


「あれってお前な……」


金髪は間抜けに開いた口が開かない。そしてそこにいる全員がある一点を見つめて動かなくなっていた。


響希も首を動かし、金髪の肩越しにそこを見ると、一人の男子生徒が立っていた。


制服の学ランを着用していないワイシャツ姿のその男は、手足がスラっと長く、それでいて顔立ちも美形と言って差し支えないほど整っている。

彼は不良たち全員を一瞥すると、口を開いた。


「お前たち、それは何をしているんだ?」


響希以外の全員が言葉を失っている。誰も答える者がいない中、彼はそれを待たずして言った。


「虎門にでもそそのかされたか?」


「……」


「はあ……」


否定も肯定もできない不良たちに、彼は額を押さえてため息をついた。


「もう行け、桐生には黙っててやる」


その一言を皮切りに、不良たちは互いに顔を見合わせる。

そして小さく頷くと、響希を置いて彼の横を次々すり抜けていった。


響希は相変わらず糸が切れた人形のようにぐったりしている。彼は響希に歩み寄り、手を差し出した。


「立てるか?見たところあまり傷はひどくないようだけど」


それを見上げる響希の目は、どことなく虚ろだった。その手を握り返し、体を起こす。


「どうも」


短く礼を言った。


「ああ、とりあえずそろそろ飯の時間だし、早いとこ帰るか」


彼は腕時計を確認して言った。


「はい」


それに賛同し、並んで歩き出す。もう日は完全に沈み切ろうとしていた。


寮への帰り道を、しばらくは無言で歩く二人だったが、沈黙は彼によって破られた。


「そういえばお前、なんで抵抗しなかったんだ?」


響希はそっけなく返す。


「抵抗して、どうにかなりましたか?」


「まあ、確かにそうかもな」


彼は頭を掻いた。


「でも、一方的にやられて悔しくならないか?」


「別に……戦ったって、何にも残りませんから」


それを聞いて、彼は「ん~」と唸りながら響希の言うことを理解しようとしている。

つまらないと一蹴されることは多かったが、わからないなりにも考えてくれたのは彼が初めてだったかもしれない。


響希もそれが嬉しかったのか、自分の考えを話し始める。


「俺、戦う意味みたいなのがわからないんです」


「戦う意味……つまりどういうことだ?」


響希も言葉を探しているようだった。しばらく考え、話し出す。


「俺には戦ってもその先に何も無いんです。いつもその場しのぎで……」


「うんうん」


彼も吟味するように深く頷く。


「戦っても意味がないように思えるというか」


「うん……」


「勝ったとしても、残るものが無いから虚しいだけっていうか」


「う~ん……」


彼は響希の話が進むたびに唸る。彼も完全に意見がまとまっているわけではないようだが、言いたいことは理解できたようだ。


「ん~ん……そうだなあ」


彼は少し早歩きで前に回ると体を反転させ、響希と向き合う形で後ろ歩きをした。


「今のお前には、芯てもんが通ってないんじゃないか?」


彼は自分の胸を叩いて見せた。


「ぶつかってもぐにゃぐにゃでさ、手応えがなさそうだ」


芯が通ってて、本気の奴ほどな。

彼は付け足した。


『手応えがない』


―「今の君と戦っても手応えがまるでない」


―「こんな殴り甲斐の無いやつ初めてだよ、クソッ!!」


それを聞き、響希の記憶から先ほどの場面が呼び起された。自分では、彼らの覚悟とやらを受け止めることなどできなかったようだ。


でも、それをどうすればいいかなどという考えには至らなかった。


自分の邪魔になるものを押しのける覚悟より、それをせずに済む方法を探す覚悟の方がよっぽどいいはずなのに。


「お~い!」


響希ははっと我に帰る。

どうやら黙り込んで考えていたらしい。


「やっぱり、俺には何かのためだとしても、戦うことに積極的になんてなれそうもないです」


「そっか……」


彼は進行方向に向き直る。横並びになった二人は、お互いの顔を見ることはなかった。


「でもな」


それでも、彼の声色から彼が真剣に話をしようとしているのはしっかりと伝わってくる。


「戦いってのは、お前が言うような野蛮なものじゃないと、俺は思ってるよ」


「どういうことですか?」


「『戦う』ってのは喧嘩とは違うってことさ」


「違う……ですか?」


納得のいかないようで、響希はどうにも歯切れが悪い。


「目標を持ったもの同士がぶつかる真剣勝負……これほど美しいものなんてないさ」


そう、と彼は一拍置いて続けた。


「言うなれば儀式さ。戦いとは本来美しいものなんだぜ?」


力強く話すその言葉には、思わず呑まれてしまいそうな妖しい魅力があったが、そんなもので揺らぐほど響希の疑惑は小さいものではなかった。


「よくわからないです」


表情は曇ったままの響希。


「そうかい」


それに返す彼も、どこかすっきりしない様子だった。


そうこうしている内に、二人は学生寮へ到着する。春の空はもうすっかり暗くなってしまっている。


食堂へ向かおうと歩く響希は、横にいた彼が立ち止ったのを察し、振り返った。


「俺は先に自室に用があるから、それじゃあな」


「あっ」


背を見せる彼に、何か言おうとして喉が詰まった。言いたいことが多すぎる。


「あの……レンさん!」


彼は立ち止まり、こちらを見た。整った顔が不思議そうな表情を作る。


「なんで俺の名前……って、これか」


左腕の手首を見せる、「R」「E」「N」と刻まれたシルバーのキューブが紐に通されたアクセサリーだ。

響希は頷いた。


「あの、また会ったら相談乗ってもらってもいいですか?」


やや上擦った声が出た。前にいたところでは、初対面の相手にこんなこと言うような気になったことなどなかったせいか、自分でも心なしか言葉を必死に選んでいる気がした。


レンは微笑んで言った。


「それは構わないが、お前の名前は?」


「あっ、響希って言います!」


そうか、言ってレンは頷く。


「それじゃあヒビキ、次に会ったときにな」


レンは手を振り、去っていった。


一体、どこの誰なんだろうか。

何もわからないし、この広い学校の中で次にいつ会えるのかはわからない。それでもこのやりとりで、レンと響希には小さいながらもつながりが出来たのは確かだ。


共に悩んでくれたレンに、響希はこのときから憧れを抱いていた。


※※※


「ギルドというのは、現代では魔族の職業斡旋場として機能していますが……」


魔族世界史の授業。教室には中園の柔らかな声の反響を子守唄代わりに、寝息を立てている生徒が目立つ。

それでも特に気に留める様子もなく、中園は授業を続ける。


「その言葉の意味は当初、行商人たちによる職業組合だったんですね。

それが今のような使われ方をするようになったのは、革命家アーサーが……」


魔族の世界では時の流れと共に多くの概念が変化していく。それは歴史にも表れていた。


だが、そんなことはどこへやら。響希はしっかり起きていたが、どうにも授業に集中しているようではなかった。その証拠に、教科書のページをどんどん進めていく。


ある一点で手が止まる。

そこには『リヴァリエール』と記されていた。


―「私の夢は、将来『リヴァリエール』に入ることだ」


砂原の言っていたものだ。響希はページの記述に目を通す。


リヴァリエールとは、世界最大のギルドでありながら、全ての国民が魔族である一つの国家でもある。


世界中から魔族として名を上げようとするものたちが集まる魔族たちの聖地。


「ギルドでは、通常の人間では解決できない事象を、魔族側からのアプローチによって解決していくのが仕事です」


物は言いようだな。

響希は内心毒を吐いた。


魔族が起こした問題は、魔族でしか解決できない。それは彼らの生態のせいだ。


魔族は戦闘態勢に入ると、自分の体内のマナで、不可視のバリアを作る。そしてこれは他の魔族のマナでなければ破れない。


つまり、人間だけで解決できない問題というのは、その大部分がその力を振るって暴れている魔族によるものだ。


それを解決するために、魔族は人間に雇われている。


さらに、世界中の紛争地帯では雇われた魔族が戦争を行っているそうだ。

バリアは通常兵器では破ることができない。どれほど弾丸を降らせたとしても、傷一つつけることができないのだから、考えてみれば実に合理的だ。


人間では魔族に太刀打ちできない。それをいいことに、魔族は歴史の中でも好き放題やっているのだ。


人間からしてみれば、魔族は癌そのものだ。いなくなればどれほどいいか。


―「そうだ。私は魔術の使えるただの素人で終わる気はないからな」


砂原の言う通りかもしれない。

結局、魔族として生きるということは戦うこと以外ないのだ。


最悪だ、と半ば自嘲気味に響希は思考を巡らせていた。


時間は進む。


この日、最後の授業は魔学だった。


「マナは、魔族の体に取り込まれて、個体ごとの特性を持つマナへ変換されるというのは知っての通りだ」


マナとは魔術の素となるエネルギー。それをイメージによって別のエネルギーに変換し、自然によって起こり得る事象を発生させるのが魔術。


繊細なイメージ力を持っていれば、魔術の可能性はどこまでも広がっていく。


そして、それと同時に重要なのが『意志の強さ』に他ならない。


何かを成そうと強く思えれば思えるほど、魔術の質は高くなっていく。


だが、問題なのはその行き先が戦いにしか向かっていないことが何より残念だ。


大きな力を持っていながら、戦うことしかできないなんて。


「マナを体内に貯蔵する量には限界がある」


響希はここまで考えて、授業を続ける佐倉の声で、現実に引き戻された。


「マナは空気中に含まれるエネルギーで、つまり気体の状態で存在しているわけだ。


だが体内に入ったらどうなるのか。結論から言うと、マナはどの状態で体内に貯蔵されているかは分かっていない」


魔族の世界では、魔術のイメージを司る思考、その質を高める感情、そしてそれらを内包する肉体。人体を構成するのはこの三つだけだと本気で考えられていた。


具体的な人体の仕組みを彼らが理解することになるのは、人間たちと本格的に関係を持つようになった近代からである。


感情論を学説の根拠としてしまう彼らでは人体の解明など出来ないのだ。かといってマナという科学の理論を受け付けないエネルギーを人間が解明できるわけもない。


そんなわけで、両者ともマナについての細かい追及を放棄してしまっている状態だ。

魔術を発動する際、体内から体外へ放出するわけだから、気体に違いないだとか、エネルギーの総量からその質量を考えた場合、液体の状態で水分として存在しているだとか、一応の仮説はいくつか立ててはいるが。


そう説明しながら、佐倉は板書を書き出した。

終えると生徒たちに向き直り、話し始める。


「マナが体内から無くなったとしても、問題はない。魔族ではない通常の生物と同じ状態になるだけだ。


だが、その逆。体内がマナで満たされた状態をずっと維持していると危険だ」


響希の手が不意に止まった。


「だから君たちもやっているように、定期的にマナを発散するわけだな」


―そうだ……。


響希の頭の中で渦巻いていた多くの物が、全てつながっていくような気がした。


魔族が戦う最低限の理由、それはマナの発散。わかっていたはずだった。

そして、その方法は今のところ戦うこと以外にない。だから自分は目標もないのに戦わなければいけないんだ。


砂原も戦わなければいけないとしたら。覚悟を強く決めて目標に進むのに、戦うことでどうしても必要だとしたら。


だとしたら、むやみに戦いを避けることは本当に正解なのか。

自分はどうしたらいい。


わからなかった。


最後の最後で答えに詰まる。決定打となるものが欠けていた。


もう授業など頭に入ってこなかった。ついに授業は終わり、放課後になろうとしている。


神妙な面持ちで机に座り込んで頭を抱える響希に、後ろの席で荷物をまとめ終わった繋が話しかけてきた。


「授業終わったぞ~響希~?」


「……」


「お~い?」


「……」


返事は無かった。繋は響希の顔を覗き込むと、


「わっ!」


机を揺らして脅かして見せた。

響希はすぐさま顔を上げ、目を丸くした。


「何だよ」


露骨に不機嫌そうな響希に、繋も不信感を示した。


「何だよって何だよ!折角話しかけてんのにさ」


「え……?」


響希はきょとんと繋を見上げていた。先ほどから様子のおかしい響希に、繋もついに困惑し始める。


「大丈夫か?何か変な」


「今お前、どう思った!?」


急に椅子から立ち上がり、繋の肩をひしと掴んだ。


「え……?は?」


さらに困惑する繋に、響希は追いうちをかけた。


「ムカついたかって聞いてんの!」


「ま……まあそりゃ……」


繋の表情には困惑の色がさらに増していた。


「で、どうなんだ!?」


「え!?だから何が!?」


その問答がかなり白熱していたのにも二人は気付かなかった。クラスメートが横目でその光景を見ている中、響希は言った。


「具体的に教えてくれ!?」


「わかったよ!言うから離せ!」


繋は強く身を引き、肩を掴んでいた響希の手をはがした。


「ったく……」


繋は鬱陶しそうに息を吐いた。


「こっちがお前のこと心配して話しかけてやってんのに無視されてよ、話し甲斐がないっていうか……?」


「話し甲斐?」


「なんつーか、拍子抜け?うまく言えねーけどさ」


言葉を探す繋を尻目に、響希はまた考え込んでいた。そしてすぐこう口にする。


「答えがでた、ありがとうな!」


すぐさま鞄を抱えると、走り出した。


「えっ!?おい!」


繋もそれを追うが、混雑した廊下をうまくすり抜けていく響希をすぐに見失ってしまう。


響希は走った。自分のいたB組を出て、隣のC組の横を駆け抜け、D組の教室を覗き込んだ。


数秒見たたでわかる、もうここにはいない。また走った。

階段をひたすら駆け降りる。そして、昇降口に着いたとき、やたらと目立つ女子生徒が目に入った。


踝まで伸ばしたスカートに、腕まくりしたセーラー服、艶のある長い黒髪。探していた人物だ。


「砂原!」


響希はその名を呼んだ。靴を見下ろしていた視線がこちらに向く。


「君か、何の用だ?」


呼吸を整えながら、響希は歩み寄る。砂原の凛々しい相貌を、しっかりと見据えながら、響希は強く言い放った。


「戦いに来た!」


※※※


「一つ聞こう」


先日と同じ場所。鞄を置き去りにして向かい合っていると、砂原は響希に問いかけてきた。


「昨日と今日の間の、君の心境の変化が聞きたい」


「……そうか」


響希はゆっくり話し出す。


「簡単だよ、お前の覚悟が本気なら、それを受け止めるのが礼儀だと思っただけだ」


「もっと詳しく教えてほしいね」


響希は眉をひそめた。


「詳しくって……」


「君は中々面白いからな、是非知りたい」


響希は後頭部を掻いた後、記憶を辿っていく。


「俺には戦う目的なんてないし、戦うのが嫌いだよ。だからお前の言うことが全然理解できなかった」


「ほう」


砂原は話の節々で相槌を打ちながら聞いていた。


「でも思ったんだ、お前が真剣に目標に向かっているだとしたら……って」


「そうか」


「そうだとしたら、ただ戦いを避けてるのは正解じゃないかもしれないって思った」


自分自身、マナを消費するためとはいえ、戦うことを強いられている。


「真剣に目標に進んでいる奴の道に、もし俺が立っているんだとすれば……」



響希は教室を飛び出す前の繋との会話を思い出していた。

繋は、話しかけても無視されて腹が立ったという。響希が求めていた最後のカギはそれだったのだ。


真剣な時ほど、蔑ろにされたならば腹が立つもの。


「俺はそれに応えるべきだって思ったんだ」


真剣な相手には真剣な姿勢で向き合うのが礼儀、これが響希の出した答えだった。


「俺には目標はないけど、目標のある奴の覚悟を受け止めることは出来るはずだ」


響希は手を開いて腕を伸ばした。自分の視界の中で砂原の体を手で覆うと、


「そして……その相手を全力で!」


手を力強く握った。


「捻じ伏せる!!」


それを腕を組んで聞いていた砂原は、口角を上げて微笑んだ。


「やはり君は面白い奴だ」


腕を解き、砂利を踏みしめながら足を広げて腰を落とし、指先を伸ばしてそろえて構えを取った。


「さあ、始めようじゃないか」


砂原の言葉に、響希は半身を引き、腕を胸まで持ち上げて構えることで答えた。


「行くぞ!!」


そしてすぐさま飛び出した。振り上げた腕からは銀の粒子が舞い上がり、渦巻き、拳を覆った。


直線的で、迷いのない動きは砂原から見れば素人そのもの。拳は空振り、響希の体は砂原の横を通り過ぎた。


「これは……」


砂原は小さく呟いた。

響希の拳から流星のように尾を引く粒子が頬を打ち、弾け、痛みが走ったのを感じての一言だった。


恐らくこの粒子は響希のマナを圧縮したもの。他人の性質のマナに触れた途端破裂し、相手を傷つける。今のように周りに舞い散るため、見た目以上に攻撃範囲は広そうだ。


砂原は一瞬でそう分析すると、足を振り上げた。足裏を響希の背に向けると、彼女の足は空中で一気に加速し、突き刺さった。


「おわっ!」


女性とは思えないほどの威力の蹴りが、響希を襲った。前のめりになり、前方へ転倒して響希は両手を地についた。


砂利を踏む足音を聞いて、響希は前にしゃがんだ態勢から足を揃えて跳ね上げた。

その蹴りは砂原の腹部を捕えた。


「ぐっ!」


砂原は苦しげな声を上げて後ずさりした。響希はその隙に立ち上がって態勢を立て直した。


よし、と響希は手応えのある動きができたことを内心喜んでいた。


以前、砂原は倒れた響希に追い打ちを仕掛けてきた。今回もそうしてくるだろうと推測しての判断だった。


そして響希の推測はもう一つ、砂原の急に加速する蹴りと、その威力の高さについてだ。


おそらくはそれも魔術によるもの、目に見えないのでわからないが、放った蹴りの運動エネルギーをマナで増強していると考えれば合点がいく。

響希の苦手な分野なので想像がし辛いが、砂原はそれを繊細なイメージ力で可能にしているようだ。


砂原はとにかくマナの『変換』に長けているようだ。そして戦いに向かう強い意識がその質を高めている。


だがわかったところで阻止する術はない。響希にできることは、強烈な一撃をもらう前に決着をつけるだけだった。


「ああああああっ!」


再び走った。粒子を纏う拳を構えて、砂原に肉薄した。


「はあっ!」


まっすぐ進む拳に対して、砂原は膝を曲げることでそれを回避し、同時に響希の懐へもぐりこんだ。


攻撃を潜って視界の下へ消えた砂原を追う前に、響希の腹をハンマーで叩いたような衝撃が襲った。


「っ……!!」


砂原は平手を響希の鳩尾へ打ち込んでいた。声にならない苦しげな呻きを上げ、響希の上体はだらんと落ちた。


砂原は力の入らない響希を投げ捨てるように地面に転がした。


「うっ……ううっ……」


先ほどの威勢はどこへやら。呻き続ける響希は立ち上がることもできず、うつ伏せでしゃがみこんでいた。


顔色は青白くなっていく。しばらく口を押えていたが、ついに限界がきた。


「おぉえええ……」


逆流した胃液が喉から漏れ出し、地面に散らばった。

もう響希に立ち向かってくるような気配はない。


それを砂原はしばらく眺めていたが、もう決着はついたと判断したようだ。背を向け、置き去りにした鞄へ歩いていく。


明日葉響希というのは実に面白い奴だった、戦うことに対する考え方も、彼の使う魔術も。

あっさりと終わった勝負を、砂原はそう回想していた。実力は乏しいが、真っ直ぐな彼と戦えたことは実にいい経験だったに違いない。


これでまた一歩進んだ。

満足そうな、清々しい笑みを浮かべながら鞄を拾い上げたその時、


「あああああっ!!」


大きな怒号とともに、砂原の左肩が強い力で掴まれた。


心臓が縮むようだった。振り返ってももう手遅れ、体を突き飛ばされて背中から地面に崩れた。仰向けで倒れる砂原の上に、響希はマウントポジションを取る。


「はあっ!」


拳を掲げる響希を見たのが最後、砂原は目を閉じたが、痛みはなかった。


拳が刺さったのは、彼女の顔面ではなく、そのすぐ横の地面だったからだ。目を開けると、苦しげに息を荒げる響希が告げた。


「終わりだっ!もうっ!」


「……ふっ」


一瞬ぽかんとした砂原だったが、


「はははははっ!」


すぐに大笑いして見せた。


「君、それで情けをかけたつもりか?」


愉快そうな砂原に対して、響希の方には余裕がない。


「そっちこそ」


「いや、違うよ」


響希は立ち上がり、砂原に手を差し出して起き上がらせた。


「私は油断しただけだ、今回は君の勝ち」


「それでいいのか?」


しゃべるたびに喉が痛い。胃液を吐き出した喉が痛んでいるらしい。響希は喉をさすりながら、納得のいかないように眉をハの字に曲げた。


「ああ、本来戦いに情けは無用だった。君も私もな」


「だったらなおさら……」


「だが、私は完全に君を侮っていた。だから君の勝ちだよ」


陽が傾いて夕焼けに染まった空の下で、砂原はいつまでも楽しそうに笑っていた。


※※※


鮮やかな赤に染まったワインを口に運んだ鮫島は、モニターをじっと見つめていた。


暗い夜道、二人の男子生徒が歩いている。


「面白い、実に面白いよ……」


心底そう感じているのだろう感慨深げな口調がそれを感じさせた。


「生徒会長の霧島漣、そして人間として育った明日葉響希……」


鮫島はカウンターテーブルから離れ、モニターへ近づいた。


「ところで、『ギルド』という言葉が何故、現在で使われるようになったか……君は知っているかい?」


脈絡のない鮫島の話に、カウンターの奥でグラスを磨いていた女は返した。


「いいえ」


その声の調子からして、さして話に興味を持っているようではないが、鮫島は語り始める。


「中世の時代からリヴァリエールは、魔族国家という側面を持っていたが、今とは大きく違う様相を成していたのだ。


魔族の力を振りかざし、手当たり次第に侵略行為を続けていたのだ。


それを危惧した当時の行商人、アーサーが中心となった革命軍が、当時のリヴァリエールの王と戦い、打ち勝ったことが今のギルドの起源だという……」


口元には笑みが見れる。持ち上げた指は、モニター上の背の低い方の男子生徒の背を指した。


「革命家のアーサーは捨て子であり、人間の両親に育てられたそうだよ……」


鮫島は大きく息を吸い込んだ。


「実に面白いっ!」


立て続けに言葉を発する。


「戦いを崇高なものとして考える者!」


「そして人間的な価値観を持つ一人の魔族!」


「まさにっ!」


「現代によみがえった王と革命家そのものだっ!」


「この二人が出会ったのはっ!」


鮫島は再び息を吸い込み、今度はゆっくりと吐き出した。


「とても興味深い展開だよ」


鮫島は残ったワインを、喉を鳴らして一気に飲み干した。





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