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Go one way!  作者: ミッチ
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プロローグ

突如放たれた火球を、体を右に転げることでなんとか回避した。火球は地面にぶつかり、爆発音をあげると、その場を焼く。

大分派手に体を土に打ち付けたものの、痛みは感じなかった。感じる余裕さえあったかわからないが。


再び顔を上げたときにはもう、二度目の火球は放たれた後だった。

膝をついた体勢から後ろに飛ぶ、今度は情けなく尻餅をついてしまった。


考えるより先に動くしかなかった。

頭ではよく状況を把握できていない。しかし、胸の奥からは言い知れぬ感情が沸き上がってくる。

抑えきれずに、言葉を吐き出した。


「なっ……なんなんだよ!」


感じるままに怒号をあげる。


「意味がわからない!授業で殺し合いさせるなんて!」


鼓動が高鳴る。呼吸するのに胸が激しく上下していた。

気付けば攻撃の手は止んでいた。そして静まり返った辺りを見回した。


必死の訴えに対して返ってきたのは、こちらを理解出来ないとでも言いたげに見つめる視線だけだった。


※※※


四日前。少年は電車に揺られていた。


電車を幾度か乗り継ぎ、その度に景色も様変わりしていった。背の高い建物が見えなくなった後は、のどかな田園風景が広がる。


窓の縁に肘をつき、流れていく景色をぼうっとながめていた。旅行感覚で来るのならいいが、いざ暮らすとなるとこんな何も無さそうな場所はごめん被る。というのが最初の感想だった。

そんな状態がしばらく続き、ふと男の声のアナウンスが耳に入ってくる。


「次はー夢ヶ崎ー」


それを聞いて、落ちかかっていた瞼を持ち上げる。立ち上がり背を反らせた。体がほぐれていく感覚が心地いい。

これから三年間、この何もない場所で暮らすことになるのだ。そう考えると嫌になる。



「お忘れもののないよう、ご注意ください」


アナウンスが告げる。振り返って自分が座っていた座席を確認したが、何もない。少年はスーツケースを転がして寂しげな無人駅を後にした。

そしてすぐに目に飛び込んできたのは駅前のバス停にポツンと止まるバスだ。のんびりはしていられない。少年は走った、スーツケースのローラーがアスファルトを滑る音がいやに耳障りだった。

降車する客が金を払って降りていく。それを見て違和感を感じつつ、少年はスーツケースを持ち上げてバスに乗り込んだ。


行き先は「央綾高校前」。座席に着くと再び窓の外を目をやった。



途中、小さな住宅街を抜け、寂れた商店街を通り過ぎる。やがて、目的地へ到着すると、少年は運賃を払いバスを降りた。


バス停には「央綾高校前」の文字。読んで字のごとく、その前には明後日入学式を迎える央綾高校がある。

校門は黒い光沢のある大理石で作られていてかなり立派なものだ。その奥に見えるグラウンドも、かなり大きい。以前通っていた中学校のそれを何週すれば、これの一週に追い付けるのだろうか。そしてそれを三つの五階建ての校がコノ字に取り囲んでいる。中学では三階建てで一つだった。


中学校も兼ねているうえに、一学年のクラスも多いらしいと聞いていたのでこの程度の規模は当然か。しかも校門からは見えないが、さらに奥に広がっている。これでは土地が安くなければやっていられないだろう。ニホンの奥の奥に作られているのも頷ける。


たが、この門をくぐるには早い。少年はバスが来た道を引き返し、それとは違う道へ進んだ。


※※※


はるばるやって来たのは、央綾高校の学生寮だった。まるでマンションのような外装だ。そしてこれまた建物の数は多い。多い上に高かった。


彼が入るべきは第二男子寮という名前の建物だ。ローラーをガタガタと鳴らしながらスーツケースを引っ張る。荷物を送るよう両親に勧められたのを面倒だと聞かなかったのを今更悔いた。


ガラスの扉を押し中へ入るとすぐエレベーターが見えた。少年は嫌がらせのように最上階の十階で居座るエレベーターを一階へ呼び出した。エレベーターの現在位置を知らせるランプが動く。


到着したエレベーターに、自分と荷物を滑り込ませる。目的地の7階のボタンを押し、彼は扉と向かい合っている鏡を見た。映ったのはもちろん自分。すこし暗いクリーム色の七分丈のシャツの上に、薄い黒い上着を羽織っている。彼の中でこの上なく無難な組み合わせだ。

長く伸ばした黒い前髪が目を隠していたので外側に軽く払う。伸ばした分しっかり整えるのが彼の主義なようだ。


よし、と言いたげに口だけが動く。最後に一度振り返り、彼はエレベーターを出た。部屋は左右に広がって作られている。彼は左へ進んだ。部屋を二つ通り過ぎた703号室、部屋のドアには彼の名前である「明日葉響希」のネームプレートが貼ってあった。その下に「芦屋繋」とある、ルームメイトの名だ。

響希はノブに手をかけ、出前に引く。


そこから一目見ただけでは人の姿は見当たらなかったが、部屋の奥に並ぶ二つの机のうち、一つには本が並んでいたのですでにもう一人はいるのだろう。

だが、探す間もなく彼は姿を現した。


「おいっす!」


「おお、おいっす……」


机が置かれているのとは逆の方から首だけ玄関にひょっこりと顔をだし、軽い調子で挨拶をしてきた。拍子抜けしたがどこか安心したのか、響希もすぐ同じ反応を返した。

眉の辺りまで前髪の伸びた、茶色っぽい明るい頭髪。襟足も首もとまで伸ばした響希とは違い、短く切り揃えられている。そんな繋は、人懐っこく見える笑顔を浮かべながら、響希を手招きした。


「まあ入っちゃってよ!なんもないとこだけどさぁー」


「ああ、じゃあお邪魔します」


―ここで生活するのにお邪魔しますは変か?


響希は僅かな違和感を持ちつつもそう口にして、部屋へ入っていった。


部屋には洋服タンス、勉強机が二つずつ。そして二段ベッドとシンプルなものだ。


繋はベッドの下の段に腰かけると話始めた。


「聞いてると思うけどトイレと風呂は共同な、そんで新入りってことでベッドは下の段で頼むわ」


「ああ、別にいいけど」


響希も空いている机から椅子を引いて座る。繋の机を見れば、そこに並んでいる教科書は中学生が使うものだ。処分するタイミングを逃しでもしたのだろうか。

響希はそれを見て


「中学からいたんだ?」


「そうそう、てか高校から入ったのお前くらいなんじゃん?てか中学どっち行ってたの?」


「普通の方だったよ」


そう言ってから彼と自分の「普通」が食い違っていることに気付き、一言付け足した。


「普通ってかこういうとこじゃ無い方ね」


「ふーん、珍しいねぇ」


繋は再び人懐っこく笑った。


「てかいい奴そうでよかったわ、せっかくの一人部屋だったのにって思ってたけど」


「そう見えるか?」


「おう、変にクセが無さそうでとっつきやすいぜ。この学校なんていうか我が儘なのが多いからさ」


「そうなのか」


「まあそんな奴じゃなきゃここに来ないかもな」


―繋は「普通」だ。きっと。


愉快そうに笑う繋を見て、心の中で呟いた。

今自分と話しているのは、言葉はもちろん背丈も、肌も髪の色も、自分とそれほど変わらない。自分が知る世界となんら変わりはしない。生活する場所が変わるだけ、大丈夫。


―ここで過ごしてみるのも悪くはない。


少なくともこの時まではそう考えることができたはずだ。


「よろしくな、アシタバ」


※※※


緊張感も何もあったものじゃない。

響希はパイプ椅子に座る自分の膝に、前傾姿勢で肘を乗せて、上を向いた掌にさらに顎を乗せる。面白くなさそうに溜め息をつきながら。


入学式なのに周りは信じられないほどに騒がしい。この式に誰もが興味を持っていないのだ。

それもそのはず、中学からここにいる生徒にとっては、ただ通う校舎が変わるだけなのだから。彼らにとってこれは退屈以外の何物でもない。


やがて準備が整ったのか、体育館のスピーカーから男の声が発せられる。


「それでは、入学式を始めたいと思います」


それを聞くやいなや、ざわつきは一気に小さくなっていく。

何やら不思議な雰囲気があった。響希は舞台の隅、マイクを持っている人物に目を向ける。自分と同じ黒の詰め襟の制服姿、違うのは左腕に赤い腕章がつけられていること。


その生徒の進行により、式は着々と進んでいく。響希も周りにつられて脱力しきってほとんど聞き流していたが、理事長と名乗る人物が強い語調で行ったスピーチだけはそれが出来なかった。


「まずは皆、入学おめでとう」


「理事長の鮫島だ」


「君たちも知っての通り、ここは将来有望な魔術師を育成するための学校だ」


「魔術師の世界で飛び交う魔術。その魔術において最も大きく影響を与えるのは何か」


「それは強い意思に他ならない」


「大きな目標を持ち、それに進む強い意思を見せる者には、マナは平等に味方する」


「我々魔族の世界では、常に向上心を持って努力する者だけが生き残れる」


「そして大勢の魔族が一ヶ所に集まるこの場所はまさに、魔族の世界の縮図といっていいだろう」


「君たちはこの世界の中で、誰に守られるでもなく、自らの意思で」


「自らの手で」


「未来を切り開いてくれたまえ」


「強く望みさえすれば」


「手に入るはずだ」


「どうかこの三年間、大きな目標を持ち

、それに向かって突き進む姿勢を身に付けてもらいたい」


「私の話は以上だ」


一礼して後ろに下がっていく。心なしか拍手も大きい気がした。


その後、明日から始まる授業を行う教室に移動、この日はすぐに解散となった。


「おいアシタバ、なんか疲れた感じするけど大丈夫か」


「え?そう?」


教室でクラスメート達が下校していく中、後ろの席の繋が声をかけてきた。響希はそれを聞いて自分の頬を軽く叩く。


「緊張してんのかよー」


「わかんない……いやしてんのかな?」


「ふーん、まあそんなんいいから飯だ飯!」


繋が言うに、学生寮の食堂の他に、学校の中にもフードコートがあるらしい。今日の昼食はそこで済まそうというのだ。

一昨日から、繋は響希に何かと学校施設を案内したがる。どうやら高校から入学してきた響希に先輩面をしたいのだろう。


二人は鞄を手にし、教室を出る。すると、クラスメートが繋に声をかけてきた。


「芦屋ー、また同じクラスじゃんか」


「お、ってことは四年連続?」


繋達は廊下で足を止めて談笑する。それを見た響希は、急にソワソワとした感覚に陥った。

この時までは気が回らなかったが、考えてみれば自分以外の生徒は三年間という月日をここで過ごしているのだ。果たしてその中に入っていけるのだろうか。

周りが自分と変わらない年相応の学生だということを知り、安堵したのも束の間。今度は体験したことのない疎外感に響希は焦る。


「わりぃ待たせちゃって、行こうぜ」


「ああ」


今は繋だけが頼りだった。


※※※


央陵高校、そのメインとなる建物には高校生達の教室のある本館、中学生の教室がある別館、各部の部室などがある部室棟がある。

視点はその中の部室棟に移る。先ほど行われた入学式で進行を務めた、赤い腕章を着けた男子生徒は部室棟の階段を上っていた。最上階、五階のある一室の前で足を止める。

『生徒会室』と書かれていた。扉を開く。


「おお、戻ったか」


彼を出迎えたのは、端正な顔立ちの男子生徒だった。座り心地のよさそうな背もたれの高い椅子に身を預けている。開け放した窓から入る風が、彼の整った黒髪を揺らていた。


「毎度悪いな、牛尾。どうも人前にでるのは苦手で……」


「問題ない」


部屋にいた生徒に、牛尾は短く切り替えす。


「生徒会長の指示に従っただけだ」


「……そうか」


牛尾が淡々と告げた言葉に、彼は寂しげな表情を浮かべて頷いた。

牛尾は机に書類を散乱させた彼を見ると言った。


「何か手伝うか」


「いや、いい。すぐ片付けられる」


「そうか」


穏やかな会話の最中、騒がしい足音が廊下に響く。


「レーン!いるー!」


聞き慣れたよく通る高い声が聞こえる。


「漣、お昼食べいこうよ、約束したでしょ。ああ牛尾もいたんだ」


明るい色の髪をショートカットの女子生徒が顔を見せた。ぱっちりと目の開いた、自然なメイクがよく似合う美少女だ。スタイルもよく、漣と呼んだ男子生徒と同様容姿に関しては文句の付け所がない。


「あー、わかった」


思い出したように言い、書類をかき集め出した。


「すぐ追い付くから、牛尾と先歩いててくれ」


「うん!」


「わかった」


両者とも短く返すと、部屋を後にする。漣は書類を適当に纏めると、窓を閉めようと席を立つ。

ふと、窓にかけた手を止めた。眼下には去年と同じく、見事な桜が花を散らしていた。


―これだけは変わらない。


心の中で、ポツリと呟いた。

数秒、その景色に目をやった後、漣は止めた手を再び動かす。部屋を出るのにやり残した事がないのを確認すると、二人の後を追った。



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