愛 故 に
「小百合、雪が降っていますよ」
空は寒々しく白くにごり、綿のようなミルク色の粉雪を次々に生み出す。夏の間は青々と茂っていた野原は、それを受け止めて色を変えていった。
そんな外の様子を窓から見ながら、私は小百合に話しかけた。彼女の顔も、また真っ白で、まるでガラスのように透き通っている。見ているだけで寒くなるくらいだ。
ベッドに静かに横たわっている彼女が、微かに笑ったような気がした。
「……もう、起きられてはいかがです?」
少し不機嫌な声を出してみた。もう彼女が目を閉じてから、だいぶ時間が経ったはずだ。なのに、彼女に起き上がる気配はない。
彼女の額に、そっと唇を落とす。ひんやりとした感触が、唇から体のいろいろな部位に伝わっていく。
目に。
腕に。
喉に。
次の瞬間、私の目から大量の塩辛い液体が流れた。腕は彼女を抱き起こして硬く抱きしめ、喉は声を振り絞った。
「どうしてあなたが……こんな事に……」
彼女が悲しく顔をゆがませた気がした。
次の日、私は彼女を純白の車椅子に乗せて、野原を散歩した。
彼女がまた笑ったような気がしたが、私はあまり気にしない。彼女は、昨日からずっと眠ったままだ。
彼女の目蓋に小さな粉雪が当たり、崩れるように溶けてツウと伝った。私には、それが彼女が流した涙のように思えた。
「小百合、私と一緒にいるのですよ? 幸せでしょう」
私が問うたとしても、彼女は目を開けない。
私は今日もまた、昨日と同じことを思い、塩辛い液体を味わう事になった。
次の日、私は彼女に手料理を振舞った。
熱々のホワイトシチューにフランスパン、サラダを添えて、彼女の前に置く。
まだ彼女は眠っていた。
「小百合、美味しいですよ。私が作ったんですからね」
私が微笑んでも、彼女は目を開けない。
私は、今日もまた一昨日と同じことを思い、塩辛い液体を味わう事になった。
次の日、突然家の戸がコンコン、と叩かれる。
玄関に出て行くと、黒服に身を包んだ人間が二人、ジッとこちらを睨んでいた。
「だれですか? 何のようです?」
「まぁまぁ、そう慌てずに。私どもは警察といいます。えーと、戸田小百合さんはおられますか?」
黒服の警察と名乗った人間は、唐突に私の小百合の名を呼んだ。私は動揺する。この者たちは、私の小百合に一体なんの用があるというのだろうか。
「いますが」
私は短く答えた。
「では、あなたは戸田雄二さんでよろしいですか?」
「ええ」
「ふむ……では、少しだけ署に来ていただいてもよろしいでしょうか?」
何故だ? 私が何をしたというのだ? 私はただ、小百合と毎日を幸せに暮らしていただけだというのに。
「何故ですか?」
「そちらの方は、署で」
警察と名乗る人間たちは、私の腕を強く掴んで無理やり外に引きづりだした。私は反射的にその腕を振り払おうとする。
「あなたを、署へ連行いたします」
人間たちは私を睨みつけ、私が振り払おうとした手にさらに力を込めた。鋭い痛みが私の腕を走り抜ける。
「待ってくれ、じゃあ小百合に、小百合に行ってきますと言わなくては……」
私は必死に訴えたが、人間たちは私を引きづりだして、家の戸をバタンと閉めてしまった。
ああ、私の小百合……少しの間、待っていてくれ。すぐに帰ってくる……。
「ひどいよなぁ……この事件、知ってるか? 夫のあまりにも酷い執着に気味悪さを感じた妻が家を出て行こうとしたら、夫が突然叫んで妻を殺したんだとさ」
「へえ? それで?」
「それでってお前なぁ……。ま、いいや。それでその夫てのがかなりの曲者でな、死んだ妻をずっと家のベッドに寝かせて一緒に暮らしていたらしいんだ。気持ち悪いよなぁ……」
「逮捕されたのか?」
「ああ。家からは半分腐った妻の遺体が発見されたらしいぜ。……まぁ、余程愛してなければそんなことやらねぇよな」
「まあ……『愛故に』ってことだろうな」
あれから三年経ったのに、私は家に帰れない。
小百合、私は約束を破ってしまった。すまない。
愛しているよ。
2作目ですーなんか気力を使い果たしたようなw




