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昨日の続き

作者: やしろ

 今日は昨日の続きじゃない。

 矛盾しているようで、これってすごく当たってる。

 私がテレビをつけて最初に思ったことは、こんなどこか的外れなことだった。

 「こんな大規模な地震は世界でも非常にまれなもので」

 「ごらんください、画面の左端、はい、あの白い車の上です、人が乗っています」

 「あ、ただいま速報が入りました。震度3の地震が観測されました」

 ぐしゃ。

 やわらかいものを握りつぶす、嫌な感覚を感じて自分の右手に視線を移す。

 コンビニで買ったシュークリームだった。

 「あ・・・」

 テレビをつけてから、初めて出た声だった。

 昨日買った、シュークリーム。

 バイト代が入ったから、たまには贅沢してもいいよね。そう思って買ったものだった。すぐには食べないで、バイトが終わったら、こたつに入って、テレビでも見ながら味わって食べよう。

 はみ出したクリーム。むわっと押し寄せる、甘いだけのにおい。

 「つぶれちゃった」

 自分しかいないアパートの一室で、聞く相手のいない私の声がとても無機質にこぼれた。

 「被害は未だに把握できていない状況で」

 「首都圏にも多大なダメージを与え」

 「震源地は」

 さえぎる音なんてないのに、テレビから出る音は、なぜかとぎれとぎれにしか私の耳に残らない。

 押し寄せる波。がれきとなった町。

 携帯に手を伸ばして、すぐにでも安否確認をしなくちゃならない人たちがたくさんいる。そのはずなのに、私は握りしめたままのシュークリームをまだ手放せないでいた。

 波にのまれたあの町のなかに、シュークリームを楽しみに冷蔵庫にしまっておいた人って、いったいどれくらいいたんだろう。

 学校が、あるいは仕事が、あるいは面倒な用事を終えたあとのささやかな楽しみを、家のなかに大事にしまいこんでいた人は、いったい、どれくらいいたんだろう。

 そして、それを取り戻せる人は、いったい、何人いるんだろう。

 「つぶれちゃった」

 原形を留めなくなったシュークリームを見下ろして、また独り言が漏れた。

 今日は昨日の続きじゃない。

 だって、これを買った昨日が想像した、これを食べる私はこんなことになるなんて考えもしなかった。

 ただ、ささやかな幸せだけが、そこにはあったはずなのに。

 つぶれちゃった。のこったものはひしゃげて、面影をわずかに残すだけ。

 つぶれてしまったささやかな幸せ、切り取られた昨日の続き、あったはずの今日。

 どこにいっちゃったんだろう。

 残されたのは、もはや吐き気を誘うだけの甘いにおいと、救いのない現状をなるべく正確に伝えようとするキャスターの声だけだった。


思ったことを正直に書きました。不快に思われなければ幸いです。

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