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聖女降臨

「聖女様が降臨された!」


興奮した様子で目を輝かせながら告げる婚約者を見て脳内に一気に記憶が呼び戻された。


前世女子大生していた自分、それからその自分が読んでいた『君が世界と僕のただ1人の星』という世界の悪役令嬢ルクレツィアに転生しているという事実。


全ての記憶が怒涛の様に頭を駆け巡った最初の感想は「ろくでもないな」だった。


『君が世界と僕のただ1人の星』はティーン向け携帯小説だった。

現実世界でいじめに遭い自尊心を失いかけていた女子高生が異世界に転移して聖女として敬われ王子との恋を通して自信と自分らしさを取り戻していくお話だ。


これだけ聞いたら良いお話っぽいが、この王子初期は婚約者が居る事を隠し、君が世界と僕のただ1人だとか囁いちゃって、聖女と両想いになったら婚約者が居るが政略で婚約者は自分の地位が目当てなんだと被害者ヅラし、2人で力を合わせて「地位に固執した悪役である婚約者」を排除しようと聖女を巻き込んで「悪役」を断罪して排除し、聖女とハッピーエンドを迎えるのだ。


はっきり言ってこいつクズでは?こちとら王命で断れずに第一王子の補佐にと婚約者やっとんじゃ。

心の中での言葉が荒くなってしまうのは前世の記憶が戻った弊害とクズ王子への怒りなので大目に見て欲しい。

王子教育もまともに修められずにこっちに近隣国の言語習得やら何やら苦手分野押し付けて来ているくせに、物語の中では「君の世界の言葉で君に想いを告げたい」とか言っちゃって聖女に言葉を教えて貰うフリで「好き」とか「愛してる」とか言わせたり言ったりするのだ。

物語内でイイ風に見えていた全エピソードが裏を知るといちいち全部王子のクズさを際立たせている。


そんな事を考えている間、目の前の王子様は降臨された聖女様への美辞麗句を語っていたらしいが全く聞いて居なかったので笑って流す。


「素晴らしい事ですわね」


「というわけだから、これからしばらく僕は聖女様につく。突然知らない土地にやって来て心細いだろうからね」


良い笑顔でおっしゃっているが、聖女に一目惚れして落とす気満々だからだろうが。

一目惚れのシーンだってばっちり読んでいて知ってるぞ。

なんだったか?どんよりとした雲の切れ間から夜の色を纏った天使が星のきらめきと共に下りて来ただったか?

そんなクズの一目惚れ描写は置いておいて、私が目指すべきは断罪回避でも程よく断罪されてこのクズから逃げる事でも無い。

自分の幸せの為に物語でもいい子な聖女をこのクズに与えて逃げられない。それこそ悪役令嬢の様だと思うから。

だとすれば道はひとつ。



「分かりました。わたくしも聖女様にご挨拶をさせていただきたいわ」


「必要無い。何を吹き込む気だ。」


一瞬前の笑顔など吹き飛んで途端に仇敵を見る様な目で睨みつけられる。

曲がりなりにも王族として自分の胸の内を相手に悟られない教育を散々されているにも関わらずあまりにも敵対心を隠す気が無さ過ぎて、怖さや悲しみ、怒りよりも呆れしか無い。


「ご挨拶を、と希望しただけでそんな言い方をされて、睨まれてしまうなんて…殿下はそんなにわたくしの事を疎んでいらっしゃるのですね…これ以上殿下の視界に入ってご機嫌を損ね続けるわけにもいきません。陛下にご相談して婚約者を辞退させていただく事にいたしますわ」


殊更に悲しそうな表情を作って肩を震わせ扇を口元にあてながら答えると、慌てて待て!と声を上げ部屋に控える侍女や護衛騎士に視線を向けてからこちらを向く。

咄嗟に気にするのさえ、周囲の目でこちらでは無いとは、とことん婚約者を下に見ているのがありありと分かる。


「いや!君を疎んでいるわけでは無い。聖女様を守らねばという想いが強く過剰反応してしまった様だ。父上に草上する程の事では無い」


一応、自分の好き嫌いでこの婚約が流れるとまずい事は分かっている様だ。

まぁどうせ父上に怒られる、ぐらいの認識なのだろうがもし流れたら継承権を失う事は確実だし理由如何によってはお前廃嫡だろうけどな、と鼻白む思いを内に閉じ込めスンと涙を堪えるフリを織り交ぜつつ王子を見る。

何が過剰反応だ。周りの目を気にして言い換えてもこっちが聖女に危害を加えると思った事は否定しないとは。


「では、ご挨拶だけ、させていただけるのですか?」


「あぁーまぁ…挨拶だけなら。ただ、私の婚約者を名乗る必要は無い。聖女を委縮させてしまうからね」


取り繕って笑顔を浮かべているつもりだろうが、口の端はひきつっているし視線はこちらを直視せずに少しずらしている。

それにしてもこの穴だらけの隠しっぷりで物語ではよく聖女様を騙せたものだ。

どうせ聖女様を自分達以外には一切会わせなかったのだろうな。

一言ですから、とそのまま王子と共に聖女様の元へと向かう。

どうやら今日はこの後聖女様と王子とその側近によるお茶会の予定だったらしい。

王子、お前は今日の仕事を一切していないがそれはどうした、などと口にする事さえもうする気も無い。

完全に見限っていて1ミリも期待していないのだから。






「マナミ。君に挨拶をしたいという者がいてね、お茶会の前に一言だけ挨拶をさせて欲しい」


聖女様の部屋へと直接向かいノックに「はぁ~い」という可愛らしい返事の声が聞こえると、扉が開かれるやいなややたらと「一言だけ」を強調して王子が告げる。


「いらっしゃい。カミール。わぁ!良かった!女の子!男の人ばっかりだったから心細くって!」


…あぁ、そういえばこの王子カミールって名前だったわね、などと今更思いつつ斜め後ろに控えたまま待つと私の姿が視界に入ったのか、言葉と共に部屋から前世で見慣れたブレザー系の制服の女の子が飛び出して来て目の前に立つ。


「はじめましてマナミ様。ルクレツィアと申します。『アナタは二フォンジンデスネ?』」


「はいっ!真奈美です!嬉しい!ルクレツィアさん!仲良くしてください!」


後半わざと日本語で問いかけるが、こちらで生まれてこの方日本語を口にした事が無かったせいか、なんだか外国人が頑張って日本語を話している風になってしまった。

けれど彼女には伝わったらしく目を輝かせて手を握ってくれる。

真奈美の歓待ぶりに良い気がしないのは王子である。


「挨拶は終わっただろう。マナミはこの後お茶会なんだ」


真奈美の前では爽やか好青年でいたいのか笑顔で私と真奈美の間に立つが彼女が私の手を離す事は無かった。


「えー!カミール達とのお茶会は毎日してるじゃないですか!今日はルクレツィアさんと女の子同士お話したいです!」


可愛い。ぷんぷんしている真奈美は文句無しに可愛い。

しかしその隣で目に呪力でもあったら射殺せるだろう形相でこちらを睨む王子は心の底から可愛く無い。

この王子…愚かさに磨きがかかり過ぎでは?

恋は人を愚かにするとはいえ、元々が悪いとここまでいってしまうものなの?


「マナミ様。わたくし殿下とマナミ様の元からのお約束を邪魔してしまうのは心苦しいですわ」


残念な表情作りと溜息をセットでお断りすると、王子がコロッと満足そうな表情へと変わる。

本当に…教師陣の皆様とご親族の皆様の苦労が偲ばれる。

義務教育の敗北ならぬ王子教育の敗北か。

前世の記憶が戻ったら、ツッコミのレパートリーが増えてなんだか楽しいわ。


などと思っている間にも真奈美が私の手を離しうーんと考える様に腕を組んでいる。

そうして、痺れを切らした王子がマナミ?と声をかけた途端にそうだ!と、大きな声と共に再び私の手を取った。


「そしたら!今日お茶会と夕食は決まってるんですけど!その後私の部屋に来ませんか!?そんでそのままお泊まり!パジャマパーティーしましょ!?」


満面の笑み付きの発言に私より先に反応したのは王子だった。


「マナミ!それは!」


「殿下昨日、私の部屋だから私の自由にいつ誰を招いても良いんだって言ってましたよね?」


夜、自分を招かせたかったのか。この欲望丸出し王子め。

という心は奥に閉まって、必殺王子妃教育スマイルで受け流したが、なんだ!そんな目で僕を見るな!と1人慌てている王子が約1名。

真奈美の前での爽やか好青年モードどうしたんですか王子。


「確かに言ったが…この女にも予定が…」


「この女?」


王子の失言にすかさず真奈美が首を傾げると、王子は慌ててあ…いや…と言葉に詰まりながらこちらに助けを求める様に視線を向ける。

助けるわけが無い。そして、彼女とはきっと気が合う気がする。

万が一、物語の記憶があって他人がどうなろうと自分が王子と結婚したいタイプの方だったらクズを差し上げても差し支えなかったが、そうでは無い様だ。


「そんな酷い事を言う人とはお茶会もしたくないです」


私の腕を取り、王子に避難の目を向ける真奈美に王子はさらに焦った様子だ。


「いや、言い間違いなんだ!誤解しないでくれマナミ!他の女性にこの女なんて言った事は…!」


「え?ルクレツィアさんにだけこの女なの?ルクレツィアさん可哀想!」


余計墓穴を掘る王子に、可哀想にと私に抱きつく真奈美。

このコントそろそろオチかしら?


「これには訳があるんだ真奈美!」


「カミール殿下!おられますか!?至急の案件が!」


「そんなものこの女にさせろ!婚約者の地位をくれてやっているのだそれ位して当然だ!」



「・・・・・・・・・・」



これが漫画だったら1カメ2カメ3カメと回したいところである。

よっぽど緊急だったのか無礼にもノックもせず駆け込んで来た殿下の部下に対して条件反射で叫び返してしまった殿下にその場が凍った。

沈黙は一瞬だったのかも知れないがこういう間は異様に長く感じるもの。


「ご指名ですので、承りますわ。こちらは聖女様のお部屋ですので執務室に参りましょう」


自分で突撃して来ておいて真奈美の部屋に私が居た事に驚いているのか怒鳴られた事で固まっているのか動かなかった部下の方も慌てて部屋を出るべく向きを変える。

それを確認してから殿下の方へと向き直りカーテシーをして、辞する事を告げる。


「それでは、殿下、御前失礼致します。マナミ様後程お伺いします。」


いまだ復活しなさそうな殿下が止めないのを良い事に後ほど部屋に来る事も告げてから真奈美の部屋を後にした。

残されて気まずいだろう真奈美には悪いが、後で部屋に伺う時にでも手土産でも持って行こう。




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