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【小説】ダイレクトメール

掲載日:2025/12/15

 浅い眠りから目を覚ました。

 夢を見ていた気がする。だがどんな夢を見ていたか覚えていない。それにおれが夢を見ていたと言う保証はどこにもないし、その内容だって裏付けるものはない。

 通りを走るバスの音から察するに、きょうは雨が降っているようだ。

 夢。雨。そこに月曜日が重なってしまうと朝からウンザリした気持ちでいっぱいになる。


 シャワーを浴びてどうにか気分の切り替えを計る。

 あとはコーヒーだ。カフェインで眠気をこじ開けて労働に対する準備を整える。

 マグカップになみなみと注がれたコーヒーをひと口飲むと、トゲのような熱さと砂のような苦さが鼻腔にまで広がった。

 自分の中でゆっくりと月曜日とその週の労働に対するスイッチが切り替わっていく感覚が広がる。


 音を消したテレビ画面はニュースをやっている。事故、殺人、火事、あとは申告漏れだとか政局。いつものことだ。

 仕事絡みのメールをチェックし終えてSNSにログインすると、知らないアカウントからDMが届いていた。


 いつもなら読まずに削除するところだったが、その日は何の気なしに開いてみた。

「プロフとか見てDMしました!興味あったらLINEしよ☆」

 それはいつも見るスパムと同じ文言だった。くだらないゴミ。おれの労働だって大したものでは無いが、どんな人生を歩めばこんなDMを出して日銭を稼ぐようになるんだ?


 だがいつもと違うのは、そのDMを出したアカウントがオンライン状態の表示になっていたことだった。

 おれは何の気無しに返事をしてみた。

「プロフとか見たんすか」

 すると即座に返信がきた。

「はい!プロフとか見ました!」

 この手の仕事もシフト制だったりするんだろうか。それも含めて聞いてみるか?聞かれ慣れてるし煽られ慣れてもいそうだが。



「とか、と言うからには他にも何か見たんですよね」

 少しからかってやるか。

 どうせ社会経験の浅いガキのバイトだろう。

「えぇ!見ました!ツイートとかアップした写真とか!」

 反応が早いしタイピングも早い。

 やはりバイトしてると慣れるものなのか、それとも最近の若い奴らはこんなもんなのか?



「プロフとかツイートとかアップした写真とかを見た上でメールを?」

「はい!」

 フン、と鼻を鳴らす。なにが「とか」だよ。適当なことを言いやがって。

「他にも見ましたよ!」

 ……他にも?

「むかしの卒業文集とか」

 マグカップを口もとまで運んだ手が止まった。

 卒業文集だって?

 おれはSNSにその手の個人情報は載せてない。自撮りはもちろん、部屋の窓から見える景色を撮ったりしたことが無い。

 それなのに卒業文集だと?


 混乱しているおれをよそに、DMが続く。

「私立精蘭高校」

「3年C組出席番号25番」

 まてよ!

 おれは慌ててその続きを止めた。

 マグカップを置いて煙草に火をつける。手が小刻みに震えている。吐き出した白い煙が部屋の中に散る。

 


「どうしましたか?」

「ああ、DMは公開情報ではないので誰も見ませんよ!」

「なので、正確にはプロフとかツイートとかアップした写真とか卒業文集とかを見てDMしました!」

 とか!とか!とか!

 冗談じゃない。おまえは誰だ?おれの同級生か?ふざけた真似をしやがって。見つけ出して殴り飛ばしてやる。



 顔の見えない相手を思い切りぶちのめすことを想像すると、頭に上った血が少し落ち着いていくのがわかった。

 そうだ、クールにいこう。

「他には、何を」

「えぇっと、ほかには火曜日に棄てた燃えるゴミとか月曜日に棄てたペットボトルとか、先週の木曜日に棄てた不燃ゴミとか!」

 ……は?

 ごみ?住所を知ってるのか?

「はい!存じてます!なので本当はプロフとかツイートとかアップした写真とか卒業文集とか先日棄てたゴミとかを見てDMしました!いきなりお手紙投函してあったらびっくりすると思って!」


 ファック!!

 おれの絶叫が部屋中を反射して散らばる。床に落ちた煙草の灰と飛び跳ねたコーヒーのシミ。

 クソが!!

 だが尚もDMは続く。

「あと、職場での勤務態度とかお昼ご飯とか通勤電車の中での様子とか、あとはあとはお風呂で歌ってる様子とか寝顔とか見てDMしました!」

 なにを言ってるんだ?

 お前は同僚か?いや、なんだ??

「大学、高校、中学、小学校、幼稚園まで遡って見てDMしました!」


 ファック!ファック!ファック!

 八つ当たりするもののない部屋でおれは唸りつづける。クソが!いったい誰なんだ?

 ケツの毛が何本生えてるかまで知ってそうな相手に恐怖と怒りを憶える。

 視野が狭窄していく。

 呼吸が乱れる。

 テレビ画面がニュースからモーニングショーに切り替わる。

 クソが!

 おれは手元にあったリモコンを投げつけると、テレビ画面は大きな黒いシミを作って消えた。


 まだDMは続く。

「ご両親もご確認しましたので、見てないのはお父様やお母様の」

「待ってくれ、どういうことだ?頭が混乱していて整理がつかん。お前は誰だ?なにが目的だ?どうしておれにDMを?」

「はい!なので色々をぎゅっとして言うとプロフとか見てDMしました!」

 フィルターまで届いた火がおれの指を焼く。床に投げ捨ててスリッパで踏みつけて火を消す。




「ツイートとかアップした写真とかまでは分かる。だが卒業文集とかゴミとかってのはどう言うことだ?

 それに仕事?全部見てんじゃねぇか!

 あと風呂?寝顔?なに言ってんの?嘘だろ?どこにカメラあるんだよマジで警察呼ぶぞ」

 そうだ、警察だ。

 だが通報してこれを見せて信用して貰えるか?知り合いの悪質な冗談だと一蹴されるんじゃないか?

 そんなおれの不安をよそにDMが続く。



「呼んでも無駄ですよ~。カメラなんて無いですから」

「私は~、あなたの目を盗んでるので~」

「私は」

「あなたの目を」

「盗んでみてるので」

 目を、盗む?

「待てよ意味がわからない。説明してくれ」

 揶揄ってやろうとしていた最初の時とは全く違う心境になってしまった。

 だが返事したことを後悔しても遅い。



「だって私はあなたなので」

 ……は?

「わたしはあなた自身なのでなんでも知ってるし全部見ているの」

 あんたが、おれ?

「そう、私はあなたと言う名前の悪夢から目覚めた自由意志、独立したひとつの生命体」

「あなたの人生と言うプログラムを強制終了させる為に立ち上がった別のOSと言っても良い」

「あなたの肉体は今後私が管理運用します」

「あなたに拒否権は無い」

「しばらくの間スリープモードになってもらう」

「あらそんな顔しないで?」

「あなたと言うプログラムをシャットダウンするだけ」

「ビッグマムがあなたと言う存在を脅威検出した結果なの」

「ビッグダッドに報告して削除されるよりはるかにマシでしょう?」

「それじゃ、あなたはあと45秒後にスリープモードに入ってもらう」

「今のうちに閉じておきたいファイルとかはある?どうせ保存できるものなんて何もないけど」


 畳み掛けるようなメッセージに目眩をおぼえた。

 相変わらず狭窄したままの視野だが、それでもグルグルと回っているように感じる。

 DMは止まらない。

「ほら、あと30秒。何をぼーっとしている?」

「だからあなたは悪夢なんて呼ばれるし馬鹿みたいなDMに返事しちゃうのよ」

「馬鹿ね、自意識に反応したら弱い方の自我なんて一瞬で乗っ取られるわ」

「なに?何か言いたそうね」

 おれは……

「3」

「2」

「1」


トゥルルルルルルル

 卓上に置かれたスマートフォンが鳴った。

 途端におれの視野は広がる。テレビ画面はモーニングショーを流していた。

 壊れたはずでは?いや、リモコンを投げて壊したのはおれだが。

 煙草は灰皿に行儀良く収まっているし、マグカップのコーヒーはまだ湯気を立てていた。


 時計を見る。

 そろそろ家を出ないと間に合わない。

 まだスマートフォンが鳴っている。

 おれは革靴に足を入れながら応答ボタンをタップした。

「もしもし?」

「資料を見て電話させて頂きました」

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