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転生したら霧の精霊でした〜最弱体なのに吸収進化で気づけば世界最強〜  作者: 妙原奇天


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第七話 霧の村、国家の偵察を受ける

 レイガルを封印から解き放ってから、数日。


 俺は再び、霧となって森を抜けていた。


 木々の間を流れる風の向き。土の湿り気。獣の足跡に残る体温。そういったものが、全部「色」と「音」として頭の中に流れ込んでくる。


 その先にあるのは――もう、見慣れ始めた小さな集落だ。


 崩れかけた柵。傾きかけた家。けれど今は、その全部が、前より少しだけ「生きている」ように感じられた。


(ちゃんと、守れてたらいいけどな)


 少しだけ緊張しながら、俺は村の上空で霧を集め、仮体を作った。


 半透明の青年の姿となり、井戸のある中央広場へ降り立つ。


「……お」


 思わず、声が漏れた。


 井戸の周りには、たくさんの人だかりができていた。水を汲む女たちが笑い合い、子どもたちは桶の水で顔を洗ってはしゃいでいる。


 畑の方へ目を向ければ、しおれかけていた苗たちが、しっかりと葉を広げていた。まだ豊作というほどではないが、少なくとも「枯れるだけ」といった空気ではない。


 そんな景色の中で、一人の少女がこちらを振り向いた。


「……ユウト?」


 金色の髪をひとつに結んだミネルが、ぱっと目を見開く。


 次の瞬間、彼女の顔にぱあっと笑顔が咲いた。


「ユウト! おかえりなさい!」


「ただいま、ミネル」


 その笑顔に、胸のどこかがふっと軽くなるのを感じた。


 駆け寄ってくるミネルの後ろで、他の村人たちも気づき始める。


「あれは……」


「精霊様だ!」


「霧の守護者様が戻ってこられた!」


 口々にそう叫びながら、村人たちが集まってきた。


 老人たちは深々と頭を下げ、子どもたちはきらきらした目で俺を見上げる。


「ユウト殿が村を出てからも、霧の結界はずっと働いておりました」


 村長――ミネルの祖父が、杖をつきながら近づいてきた。


「魔物も、ほとんど姿を見せておりません。水も絶えぬ。畑も、ほれ、この通りじゃ」


「本当に、精霊様のおかげで……」


「やはりあの方なしでは、この村は守れない」


「あの霧の方がいなかったら、今ごろどうなっていたか……」


 周囲から、そんな囁きが聞こえてくる。


 嬉しい。素直にそう思う。


 けど同時に、胸の奥が重くなる感覚もあった。


(“あの方なしでは守れない”か……)


 それはつまり、俺がいなくなった瞬間に、この村が再び簡単に壊れてしまい得る、ということでもある。


 責任が、前よりずっと重くなっている。


「ユウト様?」


 ミネルが、不安そうに俺の顔を覗き込む。


「ううん、何でもない」


 俺は笑って首を振った。


「ちゃんと水も出てるし、結界も安定してる。みんな、よくやってくれたなって思ってさ」


「当たり前です。ユウトが守ってくれた村ですから、私たちも守らないと」


 ミネルは胸を張る。


 そんな彼女の姿を見ていると、「俺一人で守っているわけじゃない」と、少しだけ気持ちが楽になった。


 だが――その平穏は、長くは続かなかった。


     ◆


 数日後の昼過ぎ。


 村の子どもたちが井戸のそばで遊んでいる中、俺は半分霧となって、いつものように村の周囲を巡回していた。


 結界の薄い部分はないか。魔物の気配はないか。森の魔素の流れは安定しているか。


 そんなことを確認しながら、霧を森の縁へ伸ばす。


 その時だった。


(……ん?)


 風の流れとは違う、規則正しい振動が足元から伝わってきた。


 重い靴の音。土を踏みしめる揃った足音。金属の鎧同士が触れ合う、硬い音。


 ただの旅人や商人とは違う。


(これは……)


 ユウトは霧を低くして、草むらの影から様子を窺った。


 森の中の道を、数人の兵士が進んできていた。


 それぞれ胸と肩に金属製のプレートアーマーを着込み、鋭く研がれた槍や剣を携えている。歩き方に無駄がなく、視線の動きにも訓練の跡が見えた。


 そのうちの一人は、腰に小さな魔道具らしきものを下げている。薄く魔力が漏れているのが、霧越しでも分かった。


(領主の……偵察部隊、ってところか)


 予想していたことではある。


 水が湧き、魔物が寄りつかなくなり、痩せた村が急に持ち直し始めたら――普通、上に立つ者は「何が起きているか」を確かめに来る。


 問題は、その「普通」の感覚が、村にとって必ずしも優しくない、ということだ。


「隊長、間違いなくこの辺りです」


 一番若そうな兵士が、手にした簡易地図を見ながら言った。


「先日の税の取り立ての際には、畑はほとんど枯れかけていたはず。それが、この短期間で持ち直したと報告がありました」


「魔物の被害も減っているそうです。村人たちは“霧の守護者”だのなんだのと言っているとか」


 別の兵士が鼻で笑う。


「辺境にはよくある迷信だ。だが、事実として作物が増え、魔物が近づいていないとなれば、無視はできん」


 隊長格の男が低く言った。


 彼の鎧には、他の兵士にはない装飾が施されている。頬には古い傷跡。目は鋭く、状況を冷静に観察しているのが分かる。


 彼らは森の陰から村を見下ろした。


「……たしかに、妙だな」


 隊長が呟く。


「この辺り一帯は、魔獣の通り道になっているはずだ。だが、村の周辺には、ほとんど魔獣の痕跡がない」


「結界でも張っているのでしょうか」


「結界を張れるほどの魔術師が、こんな辺境にいるのなら、とっくにどこかの貴族に招かれているだろう」


 隊長は顎に手を当てる。


「領主様は仰っていた。“この村を特別扱いするか、税を増やすかは、実際に見てから決める”とな」


「特別扱い、ですか」


「強力な加護があるなら、軍の拠点にすることも視野に入れておられるのだろう。だが――」


 隊長は目を細めた。


「まずは、その“加護”の正体を探らねばな」


(……予想より早いな)


 霧越しに会話を聞きながら、俺は苦い顔をした。


 村人たちが、井戸の水や結界に慣れてきて、「平和」が当たり前のものになりかけていたこのタイミングで。


 やっぱり、そう簡単にはいかないらしい。


 村の外れで見張りをしていた少年が、兵士たちに気づいて青ざめる。


 慌てて村に駆け戻り、村長の家へ飛び込んだ。


「じいさま、大変! 兵隊さんが……!」


 ほどなくして、村の中にもざわめきが走る。


「領主様の兵か?」


「税を増やされるのか……?」


「最悪、土地を取り上げられて追い出されるかもしれん……」


 不安と恐怖が、あっという間に広がっていく。


 ミネルが、心配そうに俺の方を見る。


「ユウト……」


「大丈夫。とりあえず、落ち着いて」


 俺はミネルの肩に霧の手をそっと置いた。


「様子を見てから判断するよ」


 そう言いつつも、頭の中ではすでにいくつかの選択肢が浮かんでいた。


 一つは、このまま霧を薄くして存在を隠し、村を「ただの運が良いだけの村」に見せること。


 もう一つは――。


(“管理しきれない存在”として認識させて、下手に触れない方がいい、と思わせること)


 どちらにも、リスクがある。


 隠し通せればいいが、どこかでボロが出れば、その瞬間に裏切りとみなされる。逆に、力を見せつけすぎれば、今度は本気で討伐対象として狙われるかもしれない。


 ユウトは、村の中央で足を止めた。


「……レイガル」


 心の中で名を呼ぶ。


 霧の盟約を通して、遠く空を舞う古代竜との意識が繋がった。


『どうした、ユウト』


 低く響く声が返ってくる。


『少し、相談があってさ』


 ユウトは状況を簡潔に説明した。偵察部隊が来たこと。村の変化に目をつけられていること。今後、領主がどう出るか読めないこと。


 レイガルはしばし沈黙した後、短く答えた。


『中途半端に隠せば、いずれ牙をむかれるぞ』


『……やっぱり、そう思う?』


『力ある存在は、弱さを見せれば食いものにされるだけだ。この世界は、そうやって長く回ってきた』


 レイガルの声には、長い年月を見てきた者の冷徹さが滲む。


『だが、怖がらせすぎても、敵を増やすだけだろ』


『ならば、見せ方を間違えるな』


 レイガルは続けた。


『お前は、あの村の“守護者”だ。ならば、人間どもにもそう認識させろ。“村に住む者たちは、霧の庇護下にある”とな。手を出せば面倒なことになる、と分からせるのだ』


『竜みたいに一掃はしないけど、噛みつけるぞ、ってことか』


『そういうことだ』


 ユウトは小さく息を吐いた。


 怖がらせすぎるわけにはいかない。けれど、舐められるわけにもいかない。


 その中間を探るしかない。


『ありがとな、レイガル』


『礼には及ばぬ。我の居場所にも繋がる話だ』


 そこまで会話を交わし、ユウトは意識を村へ戻した。


     ◆


 偵察部隊が村の外れに姿を現したのは、それから間もなくのことだった。


 村人たちは、畑や家の陰から不安げに彼らを見つめている。


 ユウトは一歩前に出て、村と兵士の間に立った。


 といっても、姿を見せるのはまだ早い。


(まずは、俺が“どこにでもいる”ってことを、分からせておこうか)


 ユウトは霧を濃くし、地面を這うようにして兵士たちの足元へ広げていく。


 土と草の上に、薄く白い靄がかかる。


「ん……?」


 先頭を歩いていた兵士が足を止めた。


「急に霧が……?」


「天気は悪くなかったはずですが」


 隊長が周囲を見回す。


 霧は、村の周囲にだけ濃くなっていた。森や空は澄んでいるのに、村の周りだけがぼんやりと白く霞んでいる。


「これは……」


 隊長の目が細くなる。


「魔術か?」


「結界の一種かもしれません」


 兵士たちの警戒が一気に高まる。


 そのタイミングで、ユウトは霧の中に半透明の仮体を立ち上げた。


 白い霧の中から、ゆっくりと人影が浮かび上がる。


 鎧でも兵士服でもない、簡素な衣服を纏った青年の姿。だが、その輪郭ははっきりしない。身体の一部が霧に溶けている。


「なっ……!」


「幽霊……?」


 兵士たちがざわつく。


 ユウトは、ゆっくりと彼らに歩み寄った。


「ここから先は、霧の守護下だ」


 落ち着いた声で告げる。


 霧が彼の周囲でふわりと渦を巻く。


「足を踏み入れるなら、そのつもりで来い」


 兵士たちが一瞬ためらった。


 武器を構えかけた手が止まり、互いに視線を交わし合う。


「隊長……」


「落ち着け」


 隊長が低く言い、前に出た。


 彼はじろりとユウトを睨みつける。


「お前は何者だ」


「この村を守る者」


 ユウトは、少しだけ口元を緩める。


「ここに住む人たちの、霧の守護者だよ」


「精霊……いや、それ以上か」


 隊長の額に汗が浮かぶ。


「この村の変化はお前の仕業か?」


「“仕業”って言い方はあれだけど……まあ、大体そうだな。水を引いて、魔物を遠ざけて、ちょっと畑を楽にしてやっただけだよ」


 あえて軽い口調で答える。


 兵士たちの間に、妙な沈黙が流れた。


「領主様の命により、この村の状況を確認しに来た」


 隊長は、やがてそう口を開いた。


「村の作物の増加も、魔物被害の減少も、報告通りなら喜ばしいことだ。だが――」


「あまりにも異常すぎる、って?」


「そうだ」


 隊長は頷く。


「このような辺境の村に、王都の大魔術師も真っ青な結界が張られ、水が湧き、作物が突然実る。常識で考えて、あり得ん」


「まあ、普通はそうだろうな」


 ユウトは肩をすくめる。


「でも、実際に起きてるんだ。だからこうやって、あんたたちは見に来た」


「……ならば尚更、この現象の原因を調べる義務がある」


 隊長の声に硬さが混じる。


「領主様に仕える者として、この土地で何が起きているのかを、しかと見届けねばならんのだ」


「“見届ける”だけなら、別に構わないけど」


 ユウトは一歩、隊長に近づいた。


 兵士たちが反射的に武器を構える。


 槍の穂先がユウトの喉元に向けられるが、半透明の身体を貫くことはない。先端はユウトの中を通り抜け、霧が揺れるだけだ。


「っ……!」


「ま、待て……!」


 槍を握っていた兵士が悲鳴を飲み込む。


「ただし、条件が一つ」


 ユウトは静かに言った。


「この村の人たちに、手を出さないこと。税でも土地でも命でも、理不尽な取り立てや暴力をしないこと。それを守るなら、俺はあんたたちを敵とは見なさない」


「ふざけるな」


 一人の兵士が怒鳴った。


「貴様ごときが、領主様に条件をつきつけるつもりか!」


 彼は剣を抜き、ユウトへ斬りかかった。


 ユウトは、あえて避けなかった。


 霧でできた仮体の胸元へ、剣が振り下ろされる。


 だが、刃はユウトに触れる直前で、ぎくりと動きを変えた。


「なっ……!?」


 兵士の腕に、見えない力が加わったのだ。


 剣はユウトの胸を避けるように軌道を逸れ、そのまま地面へ。


 ざく、と重い音を立て、兵士の足元すれすれを通って土に突き刺さった。


 霧が、剣の柄に絡みついている。


「力任せに振るう武器は、あんまり好きじゃないんだよな」


 ユウトは、絡みつかせた霧をすっと引き、剣を兵士の手から奪った。


 宙に浮いた剣が、くるりと一回転して、兵士の足元へ優しく落ちる。


 兵士は顔を真っ青にしてしゃがみ込んだ。


「……なるほど」


 隊長が小さく息を吐く。


「武器を奪うことも、殺すこともできる力がある、というわけか」


「できれば、どっちもやりたくないけどな」


 ユウトは笑う。


「でも、“できない”と思われるのも困るからさ」


 霧の圧力を、ゆっくりと強める。


 兵士たちの足元の霧が濃くなり、皮膚に冷気が染み込んでいく。身体が震え、呼吸が浅くなっていく感覚。


 それは、命を奪う一歩手前でぴたりと止まった。


 兵士たちの背筋に、冷たい汗が流れる。


「分かったか」


 ユウトは、あえて優しい声で言った。


「ここは、霧の守護下だ」


 隊長はしばらく黙っていた。


 やがて、ぎゅっと拳を握りしめ、一歩下がる。


「……本隊に報告する」


 絞り出すような声だった。


「ここは危険だ。下手に踏み込めば、兵がいくらいても足りん」


 その言葉に、兵士たちがほっとしたような顔をする。


「隊長、それでは……」


「領主様には、ありのままを報告するさ」


 隊長はユウトから目を逸らさないまま言った。


「この村には、正体不明の霧の存在がいること。村人たちは、その庇護下にあること。魔物のいない“安全地帯”として利用できるかもしれんが、逆に敵に回せば面倒だということ」


「……賢明な判断だと思うよ」


 ユウトは頷いた。


「この村が、領主さんにとって“資源”なのか“厄介な存在”なのかは、俺には分からないけどさ」


「一つだけ、覚えておけ」


 隊長が低く告げた。


「この世界で、領地とは領主の顔だ。領主の顔に泥を塗る行為は、必ず反発を生む。それでもお前は、この村を守るというのだな」


「もちろん」


 即答だった。


「泥でもなんでも、かぶる覚悟はできてる。その代わり、この村の連中には、なるべく笑っててもらいたいんだ」


 隊長が、ほんの一瞬だけ目を見開く。


 そして――わずかに口元を緩めた。


「……そうか」


 彼は踵を返した。


「撤退する。ここで無理をしても得るものはない」


「は、はい!」


 兵士たちは慌てて隊長の後を追う。


 去り際に、隊長はちらりと村の方を振り返った。


「この村に住む連中は、あの存在の庇護下ということか……」


 そう呟き、森の中へ消えていった。


     ◆


 一部始終を、村人たちは遠くから見ていた。


 家の影から、畑の隅から、井戸のわきから。


 兵士たちが完全に見えなくなったのを確認してから、ようやく緊張が解ける。


「今の、見たか……?」


「兵士の剣が、あんなふうに曲がるなんて……」


「あれほどの存在が味方でよかった」


 安堵と驚きが混ざった囁きが広がる。


 だが、その中には、別の色も混じっていた。


「でも……領主様が本気で手を出してきたら、どうなるんだろうな」


「軍を何百何千と連れてこられたら、さすがに……」


「教会や王都の連中まで動いたら……」


 不安は、完全には消えていない。


 それも当然だ。


 今の一件で、俺は確かに「村を守った」。同時に、「領主にとって無視できない存在」として自分を刻み込んだことにもなる。


(……ここから先はもう、“ただの転生者”じゃいられない、か)


 ユウトは小さく呟いた。


 残業に追われていたサラリーマン時代。責任を押し付けられるのが嫌で、なるべく目立たずに生きようとしていた自分。


 今、その自分からは、ずいぶん遠くへ来てしまった気がする。


 守護者、という役割。


 それは、ただ力を振るうだけでは務まらない。周囲の国や貴族、教会とのバランスを考えながら、村をどう導くのか――リーダーとしての視点が必要になってくる。


「ユウト」


 不意に、名前を呼ばれた。


 振り向くと、ミネルが立っていた。さっきまで不安そうだった顔が、今は穏やかな笑みを浮かべている。


「さっきの、かっこよかったです」


「そうか?」


「はい。怖かったけど……でも、嬉しかった」


 ミネルは胸に手を当てる。


「兵士さんたちを追い払うんじゃなくて、“話して”くれたから」


「話し合いで済むなら、その方が楽だからな」


 ユウトは苦笑する。


「でも、もし万が一話が通じなかったら、その時は全力で追い払うつもりだったぞ」


「それでいいと思います」


 ミネルはきっぱりと言った。


「ユウトはユウトですよ。みんなを助けてくれた、優しい霧の人」


「優しい、ねえ……」


 さっきまで兵士たちの足元をひんやりさせていた張本人としては、ちょっと照れくさい言葉だ。


 けれど、その言葉に、心の奥の緊張が少しほぐれていくのを感じた。


「だから、あんまり一人で抱え込まないでくださいね」


 ミネルはユウトの袖――正確には霧の仮体の袖を、そっとつまんだ。


「守護者とか、偉い人とか、そういうのは後からついてくるものだと思います。私たちが知ってるのは、“霧の中から手を伸ばしてくれたユウト”だけだから」


「……そうか」


 その言葉は、不思議とすんなり胸に落ちた。


 守護者でも、リーダーでも、その前に「ユウト」であること。


 肩書きに押し潰されそうになったときに、戻る場所があるというのは、こんなにも心強いものなのか。


「ありがとう、ミネル」


「えへへ」


 ミネルは照れたように笑う。


 村の上空では、薄い霧が静かに揺れていた。


 その霧の向こうで、遠く空を舞うレイガルの気配が、微かに響いている。


 霧の村は、もう単なる辺境の村ではいられない。だが同時に、ここからが本当のスタートでもある。


 ユウトは空を見上げ、静かに決意を新たにした。


 守護者として。転生者として。そして、いつかこの村の「リーダー」として。


 この小さな居場所を、守り抜くために。

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