第一章:星はまだ眠っている(1)
記憶や思い出は、人がなにかを選び、決意するうえでときに邪魔になるものだと思う。
目を覚ましたとき、最初に聞こえたのは、耳に刺さるような鳥のさえずりと、遊び回る子供たちの無邪気な笑い声だった。
記憶、思い出。
そのどちらも私からはすっぽりと抜け落ちており、唯一わかっているのは、「アルテミラ」という名前と、この世界で十七年生きてきた———らしい、という事実だけ。
・・・いや、二つあるなら唯一じゃないじゃんって?そういうツッコミは心の中だけに留めておいてほしい。自覚はある。
私を最初に見つけ、起こしてくれた少年の話によると、ここは「サイエスティア王国」という国だそうだ。
サイエスティア王国の歴史は長く5千年前・・・人類が最初に築き上げた王国とされ、大陸の中でも力が強く、多くの属国を従えているそうだ。王族には世界を形作ったとされる「原初の魔法。それを独自に扱う能力を持っている者が多いく、歴代の王族を紐解いてみるとどの王も賢王と呼ばれ、エーテルを用いてサイエスティア王国・・・いや、この大陸中を牽引してきたそうだ。
そしてこの国が信仰する「アトラ教」には、こんな予言があるという。
“今の時代、人の世は滅びへと傾き始める”
近頃はエーテルが反転したとされる「ネザ」と呼ばれる力、混沌に飲まれた魔物が出現し、各地で被害を出しているという。
本当に勘弁してほしい。私はそういう大きな問題に関わりたいタイプではないのに。
私は記憶がない影響か、はたまた元からなのか、どうにも気力が湧かない系竜族なのだ。むしろ元々の私は行動力化け物だった反動でこんなのんびりで普通の性格になってしまったのかもしれないが、記憶を失った今、思い出す行為に時間を浪費するのではなく今を のんびり、ぼんやり、風の流れを感じながら過ごすほうが性に合っている。
「ミラちゃん!あっちに魔物が出たから倒してきておくれ!」
「作物を荒らしてる動物を追い払ってくれ!」
いや、私は便利ドラゴンじゃない。
確かに、竜族は創造神の末裔とされ、身体能力も魔力も高い。
けれど、私は本当に竜族なのかも、記憶がない今となっては怪しい。
……まあ、尻尾と羽と角が生えている時点で言い逃れはできないのだけど。
フルコンボだどん。竜族確定演出。
人の世にはある言葉があるらしい。「働かざる者食うべからず」という強制的に労働を強いる言葉あるそうだ。竜族である私にその言葉が適用されるのかは知らないが村の連中たちはその言葉をまるで“鋭利な刃物”のように私に突き立ててくる。
そもそも、私には生きていく上で必要な者が多く欠けている。
記憶、常識、散財癖、飽き性。
私が一人で生活していく上で必要不可欠と言われるそのほとんどを持ち合わせていない。その原因は明らか。
記憶がない。
きっと記憶がある頃は人並みの常識を持っており、生活する上では節約や貯金をし、きちんと物事に辛抱強く続けていたと思う。そんな完璧超人だったはず・・・。
どうしてか、魔物を討伐してもらったお金は気づいたらお菓子や物に姿を変えている。
どうしてか、魔物退治でもらった報酬は、気づけば全部お菓子やよくわからない小物に変わっているし、頼まれた作業は途中で飽きて背中には草原が広がっている。
その結果、村の子供たちまでもがサボり始め、大人たちから私と子供たちがまとめて叱られるという謎の連帯責任を負う羽目になっている。
人は記憶や思い出を積み重ね、生きていくという。
だが、記憶が失われた私には、それがどんな価値を持つのか理解できない。
思い出を作る?
記憶を積み重ねていく?
それらを失った時から私には意味を理解できないし、知る機会はきっと訪れることはないと思う。
少年曰く、「それ……生きてて楽しいの?思い出って、あった方が絶対いいじゃん?(哀れみ)」
記憶・・・そんなものはいらない。ただ流れるままに生きていけばいいじゃないか。そう思っていた。・・・いや、そう思いたかったのかもしれない。
実際、記憶とは意図せずとも私の中に積み重なっていくものであり、きっと私が否定したいものは記憶とは”別”のものなのだろう。きっと記憶を失う前の私が最も遠ざけたかったもの。
結局わからないことを考えても仕方がない。
けれど私は今、ただ存在しているだけだ。
生きている“意味”なんて、どこにもない。
だったらせめて──
私だけの場所で、静かに眠っていて問題はないはずだ。
日々を過ごしながら人々は記憶を積み重ね種が生き残るために進化を続けていくのと同じように新しい自分に生まれ変わり続けていく、そんな生物社会において、その輪廻から外れ、記憶はなく、思い出もない、やりたいこともない、大切なものを全てを失った何も残っていない私は大人しく寝てただ生きるだけがお似合いなはずなのに———




