童貞喪失、それ即ち死亡フラグ 4
放課後のチャイムが鳴って、校門を出ると、空がほんのり夕焼けに染まり始めていた。
「陽炎くん、今日……一緒に帰ってもいい?」
中戸 現が、小さく聞いてくる。
頷けば、彼女は少し照れたように微笑んだ。
制服の裾を軽く押さえながら、俺の歩幅に合わせて、隣を並んで歩く。
(この距離感……マジでデートっぽいな)
さりげなく手が触れそうになったが、現はすっと引いた。
どうやらそのあたりのステップには慎重らしい。
「ねえ、陽炎くんって、キスっていつくらいがいいって思う?」
「は?」
突然すぎて、思考がスキップした。
「わたしはね、二ヶ月後くらいがちょうどいいと思うんだ」
「いや、え、待って。今って何の話?」
「キスの話だよ? ほら、“初めて”のことって、ちゃんとタイミング考えたいし。
それに、その頃には……陽炎くんも、きっとわたしのこと、**本気**に好きになってると思うから」
「…………」
無言になる俺。
現は悪びれる様子もなく、前を向いたまま笑う。
「最初のキスは、やっぱり大事だから。適当なノリとかじゃ、もったいないよ?」
「え、ちょ、待って。そもそもさ」
「うん?」
「俺たちって、付き合ってなくない?」
現は一瞬だけきょとんとして、すぐに頬を赤らめた。
「えっ……でも、陽炎くん、わたしのこと、嫌いじゃないよね?」
「いや、それは……可愛いし、いい子だと思ってるけど」
「じゃあ、好きってことだよね?」
「短絡的!!!」
「わたし、陽炎くんのこと、好きだよ」
「聞いてねぇ!!!」
「だから……両想い=恋人成立。違う?」
「概念の暴力!!!」
こんなにも自然に関係を定義されたのは人生で初だ。
⸻
だけど……なんというか。
現の言葉は、どれも真剣だった。
“そう信じてるから、当たり前のように言ってる”。その感じが、逆に怖い。
俺がツッコミ入れたところで、たぶん彼女の中では「決まってること」なんだ。
「それでね……二ヶ月後にキス、そのあと手を繋いで……それから、陽炎くんの部屋に行きたいなって」
「ちょっと早口になってない!? 未来のスケジュールが詰まりすぎてるんだけど!」
現はぴたりと足を止めて、俺を見上げた。
「でも……わたし、もう決めてるの。陽炎くんとちゃんと……最後までしたいって」
「っ……!」
言い方!!
なぜそんなにさらっとエグいワードを言うのか!
しかも俺、まだこの子に告白してないのに!!
⸻
「……あのさ、現ちゃん。
もし、俺が“やっぱ無理”って言ったら、どうする?」
「え?」
現の瞳が少しだけ揺れる。
「わたし、陽炎くんじゃなきゃ、いや……」
「……いや、そりゃまあ嬉しいけど……」
「違うの。
陽炎くんじゃなきゃ、ダメなの。
他の人じゃ、何も感じられないの。
誰に何を言われても、きっと比べてしまうから」
言葉の重さが、ずしりと肩にのしかかる。
「……ちょっと怖いって」
思わず**本音**が漏れた。
でも現は、優しく微笑んだまま首を横に振る。
「だいじょうぶ。怖くなんてないよ?
だって、わたしは陽炎くんのこと、ちゃんと大切にするから」
⸻
(いや、こっちが怖いっつってんのよ)
ゲームのヒロインって、もうちょい“攻略感”あると思ってた。
選択肢とかイベントとか、そういう段階を踏んで好感度が上がってくもんじゃないの?
なのにこの子、初日から好感度MAXだし、二ヶ月後にはキスだし、その後の予定も組まれてる。
(これもう、俺の意思いらなくない?)
でも。
「……まあ、ゲームだしな」
そう。ゲーム。VR。現実じゃない。
しかも――
(これ、たぶんこのまま頷いておけば、ベッドまで行けるよな……?)
性欲が、冷静な判断力をすべて沈める。
⸻
「……わかった。現ちゃんがそう言ってくれるなら、俺も頑張ってみようかな」
「ほんと?」
「うん。まあ、キスも、それ以外も……現ちゃんのタイミングで、いいよ」
現は顔を真っ赤にして、小さく何度もうなずいた。
「ありがとう、陽炎くん。
じゃあ、キスは二ヶ月後の、木曜日。天気がよかったら校舎裏の花壇の前で……」
「もう場所も決まってるぅ!!」
なんなんだこのヒロイン。
可愛いけど、可愛いけど……先回りがすごすぎる!!
⸻
「じゃあ、また明日ね。陽炎くん」
現は小さく手を振って、ぺこりと頭を下げた。
その背中を見送りながら、俺は深くため息をついた。
(付き合ってる実感ゼロだけど、なんかもう彼氏扱いされてるし……)
(でもまあ……可愛いし、優しいし、エロいことできるなら、アリ……か?)
そんな自問自答のなか、
“二ヶ月後のキス”は、もう既定路線としてスケジュールに刻まれていた。