童貞喪失、それ即ち死亡フラグ 3
昼休みになった瞬間、教室が一気に賑やかになった。
どこからともなく弁当の香りと笑い声が混じり、THE・学園ものって感じの光景が広がる。
そんな中――俺の隣の席だけは、静かな時間が流れていた。
中戸 現。
初対面は少し緊張していたけど、今は自然に話せるようになってきた。
「陽炎くん、お昼……一緒に食べる?」
「えっ、いいの?」
「うん。隣だし……それに、話したいことが、ちょっとあるから」
話したいこと。
そう言われるとドキッとするのは、男子として当然の反応だと思う。
だってこれ、恋愛ゲームなんだぜ?
⸻
「……それで、話って?」
ふたりで机をくっつけて弁当を広げたあと、俺が尋ねると、
現はおもむろに鞄から一冊の小さなノートを取り出した。
「これ、見てほしくて」
「ん? なんのノート?」
「わたしと陽炎くんの……交際プランだよ」
「は?」
言葉の意味を処理するのに数秒かかった。
「こ、こうさい……って、俺たちまだ付き合ってもいないよな?」
「うん。でも、わたし、予定は事前に立てておく方がうまくいくと思ってて」
「予定って、恋愛って、そういうもんだっけ……?」
現は気にする様子もなく、ノートをぱらぱらとめくる。
中身はびっしりと書き込まれていて、しかも見出しまでついてる。
『第1週:お弁当共有/簡単な質問とリアクション分析』
『第2週:一緒に帰る/陽炎くんの歩幅に合わせる練習』
『第3週:手が触れる偶然を3回起こす/好感度チェック』
『第4週:告白予定(晴れた日が望ましい)』
「え、マジで計画されてる……」
「うん。“なんとなく”でやると失敗しちゃうって聞いたから。
だからちゃんと準備して、“成功しやすい流れ”を作っておくの」
現は真剣な顔で言った。
目がキラキラしてるのが、逆に怖い。
「えーと、それ、参考にした本とかあるの?」
「ううん、自分で考えた。
でも、統計は使ったよ。恋愛ドラマとか少女漫画の展開を300作品くらい分析して、
“両想いになる確率が高い行動”を抽出して……」
「抽出て。研究かよ」
「うん、恋愛は科学だよ、たぶん」
「たぶんかよ」
「これ、もし陽炎くんが興味あるなら、今週の“歩幅合わせ練習”からやってみる?」
「いや、今週の課題とか言われても」
⸻
……なんか、すげぇの引いたかもしれん。
いやいや、こういう“プラン立て系女子”って、創作でよくあるタイプだろ? って思うじゃん?
でもさ、実際に真正面から“キスまでの週次スケジュール”提示されたら、普通に怖ぇよ。
(現実だったら秒速で距離置いてるわ……)
けどここは現実じゃない。ゲームだ。
こっちが何したって、ヒロインは“プレイヤーに好意があるように設計されてる”はず。
(つまり、このまま乗っかれば、ワンチャン……)
――性欲というやつは、倫理や理性よりも一足早く結論を出す。
「……あの、ダメだった?」
「え?」
「陽炎くん、ちょっと引いた顔してたから」
「あ、いや! 引いたっていうか、びっくりしただけ!」
「うん、それなら……よかった」
(“プラン”じゃなくて、“好き”とか“会いたい”とか言ってくれた方が興奮するんだけどな……)
(でもまぁ、最終的にベッド行けるなら、それはそれでいいか……?)
⸻
昼休みが終わるチャイムが鳴った。
ノートを閉じる現の横顔は、なぜか満足げだった。
目の前で語られた“恋愛プラン”は、もはやプレゼンだった気がするけど……まぁいいか。
「じゃあ、午後もよろしくね。陽炎くん」
「お、おう……よろしく……」
現は席に着き直して、静かに授業の準備を始めた。
俺はというと――その後ろ姿を見ながら、ただひとつの感想を抱いていた。
(……普通に顔は可愛いし、スタイルも悪くないし。ちょっと変だけど……)
(……最悪、エッチまで持ち込めればOK)
恋って、そんなもんじゃね?