3話 音速 vs 暗闇
「さて、今の状況は…!」
一息ついた所で、茂は辺りを見回す。
そこには爛々とした輝きを放つ、いかにも怪しげな球を、必死に守ろうと地面にうずくまる、薄桃色の髪の少女がいた。
さらにそこから僅かに右に視線をやると、黒マスクに黒ズボンと、全身黒づくめのいかにも怪しい男が立っていた。
そのどす黒い気配と威圧感。何も言わずとも、この男が能力者であることは見てとれた。
「おい、何やってるんだ!女の子から離れろ!」
「五月蝿いなぁ〜。今いいところなのに。」
へらへらとした態度で放たれる男の言葉に、茂は早くも怒りを覚える。
「そんな訳ないだろ!その女の子が嫌がってるじゃないか!今すぐ離れろ!」
「いやぁ、離れろと言われて離れちゃったら悪役は務まらないでしょ〜。」
「君さあ、どうせEDFの連中だろー?僕に関わってもいいことないから、見て見ぬふりした方がいいよ〜。」
「ほら、そこの子みたいにね。」
そう言うと、男は僕の方を指差す。
茂が僕の方を向くと、大層驚いた表情を浮かべて、僕に呼びかける。
「おいエル!どうした!」
そんな僕はというと、恐怖からこの男にすっかり怯え切ってしまい、あの少女と同じく道端でうずくまっていた。
「だ、だって…怖いし…」
「うんうん、賢明な判断だよ〜。」
「強き者には服従し、弱き者は見捨てる、これが人間社会の縮図だよ〜。」
「ふざけた事を…言うな!」
茂は能力により瞬時に音速にまで加速し、渾身のパンチをお見舞いする。
「がっ…!」
男は両腕でガードを試みるも、茂の一撃を受け止めきれず、後ずさる。
「速すぎる…それに加速のせいで一撃もらっただけでもとてつもない威力だね〜……それが君の能力か〜?」
「どうだかな。お縄についた後で、じっくり考えてみることだな!」
茂が再び攻撃しようとした時、男は意味ありげに両手を広がる。
「……そう何度も同じ手が通じると思わないことだね〜」
「"暗夜行路"」
黒づくめの人がそう言うと、突然辺りの光が遮られ、真っ暗になる。
真夜中と勘違いするほどの暗さであり、もはや自分の足すらも満足に見えなくなってしまった。
「…くそ、少しブレちまった!やつは何処に…」
茂の一撃も、突如発生した暗闇により躱されてしまい、不発に終わったようだ。
「おっと…この距離でも凄まじい衝撃波だね〜」
「直撃を考えただけで恐ろしいけど…当たらなければ意味ないよね〜」
「お返しするね〜、おらよ!」
男の掛け声にこの殴打音…多分茂が喰らっている。
どうやらこの暗闇の中でも、男は何らかの方法でこちらの居場所を把握しているらしい。
「こっちだって…やられてばかりじゃないぞ!」
茂も接近する相手に反撃を試みているようだが…
「おやおや…中々筋がいいね〜、やはり接近戦は危険か。」
どうやら間一髪のところで躱されてしまっているようだった。
「あんまし舐めてると怪我するなコレは。そんじゃあ、そろそろ真面目にやるかな〜」
男がそう宣言すると、かすかに金属の擦れる音が聞こえる。
「この音…もしかして、銃?!」
「せいかーい、これならお前に近づくリスクを負う必要もない。」
「さあどうする?僕に服従するなら命までは取らないけど。」
「オレはこんなところで死なねえよ、倒されるのはお前の方だ…!」
「そっかー、それは残念!」
バァン!
「し、しげる…?」
鳴り響く銃声。茂は……
「この程度でやられるかよ!」
よかった、どうやら山勘で避ける事が出来たらしい。
「えーっ、避けたのー?」
落胆の声を溢す男。それに茂は自信満々と言った口調で言い返す。
「それだけじゃねえ。お前が"オレに向けて"銃弾を撃ってくれたんだ!」
「それがどうしたって……まさか!」
「おらっ、ぶち抜けー!」
そうか、茂は銃弾が来た方向に向けて投擲するつもりだ。これなら自ずと男にぶつかる…!
ゴォォォ……
凄まじい衝撃波と轟音がこの場を震わせる。これを喰らえばあの男も…!
「どうだ!オレに敵わないと分かったら降参を…」
「…あはは、詰めが甘いね〜」
しかし、小石の命中音は聞こえず、男がケラケラと笑いながら勝利宣言をするかのように声を響かせるだけであった。
どうして……何かできるわけでもないけど、必死に頭を働かせる。
「なっ!当たっていないだって…?」
「いや?あの軌道で飛んできたら当たる"はず"だったね。」
「でもさ、よく考えなよ。どんなに強力な弾も、発射する速度に耐えられなきゃ意味ないって。」
「お前の投げた石ころは溶けちまったのさ。この僕、ゲシュに当たる前にね。」
「なんだって!そこまで距離をとっていたとは…」
溶けた…だが、あり得ない話ではない。音速で投げるのだ。空気抵抗と摩擦熱だってとてつもないことになる筈だ。そもそも、小石が音速までの加速に耐えられるのかすら怪しい。投げた時点で砕け散っている可能性だってあるだろう。
「あははは…だから言ったじゃん。雑魚が寄り集まったところで、僕には絶対に勝てないんだから。見て見ぬふりをしといた方が良いよってさぁ〜。」
ここぞとばかりに余裕を見せる男。
一方の茂はというと、男への反抗手段を失ってしまい、憔悴している様子だった。
「さーて、このまま俊足の君を殺すか…いや、逃げ足も早いだろうからな、先に"感情石"だけ回収しようか…迷うねー……」
「くそ、何とかしねえと、あの女の子が…!」