2話 茂との日常
「よっ!エル、今日は早いな!」
家を出発して登校すること十数分、辺りを突風が吹き抜けると同時に、元気な声が聞こえてくる。
「茂も、おはよ〜」
繁多茂。僕と同じ16歳の高校1年生で、数少ない友達の1人。褐色の肌にバッサリと切り整えられた髪が特徴的だ。
しかし、何よりも特筆するべきは…
「でも、登校時は"能力"使うのやめてよ…茂の動きの余波だけで吹き飛んじゃいそうなんだからさ。」
「悪い悪い、つい便利なものでさ。」
「オレだって登校はそこそこのスピードでいいんだけどさ、この"能力"って、細かい調整が効かないんだよな。本当に、音速しか出せないんだよ。」
そう。彼は世界で3%程度の人間しか獲得していない特異な力、"能力"を持つ能力者なのである。
その能力は"音速を操る能力"。文字通り、自分自身が音速で動いたり、物を音速で投てきすることが出来るそうだ。
これだけ聞くと、非能力者の僕から見れば敵なしの力だと思ってしまう。
いや、実際茂の音速についてこれる生物など数えるほどしかいないため、強力な事この上ない力である。
しかし茂曰く、彼よりも強い人などごまんといるので、日々鍛錬に励んでいるという。夢の中でみたあの化け物も、その類に入るのだろうか…
「…?おーい、オレの話聞いてる?」
考え事に夢中になって自分の世界に入ってしまう僕の悪癖。それに気づいた茂が声をかけてくる。
「あっ、ごめん…考え事してた…」
「それは全然良いんだけどよ…」
そこまで言ったところで、茂は何かを察したように顔をニヤつかせる。
「ははーん。もしかして、そんなに今日の体育が嫌なのか?確かに今日は持久走だし、エルにはしんどいかもなあ。」
「そんなんじゃないよ!確かに体育は嫌だけど…」
「冗談だよ、いつもの考え事だろ?そんなに難しい顔して、何考えてたんだ?」
どうやらこちらの考えなどすっかり見透かされていたようで、茂は僕の考え事の内容について興味深そうに聞いてくる。
「いや、そんな…大したことじゃないよ。」
「おっ、なんだ?色恋沙汰か?」
「そんな訳ないでしょ。冗談もほどほどにしてよ…全く。」
「どうだかな〜、なんなら昴に告げ口してもいいんだぜ?きっと飛びつくだろうな〜」
「だから違うって言ってるじゃん!もう……」
茂が再び冗談めかした口調で僕を揶揄ってくるので、ついつい強い口調で言い返してしまう。
「分かってるって。ほら、そんなことよりもうすぐ学校だぜ。」
ふと辺りを見回してみると、少し先には見慣れた校門がどっしりと構えていた。
「ほんとだ。話し込んでるとあっという間だね。」
「かもな。」
「エルのクラスはあっちだろ?オレはこっちの階段使うから、またな!」
「うん。またね〜」
軽く手を振って茂と別れる。こうして少し茂と話しただけで、体育で重かった僕の心が少し晴れるのだから、人との関わりって大事なんだなと思いながら、僕は自分のクラスへと足を進めるのだった。
「……から、気をつけろよ。」
「さて、次が最後の連絡事項だが、明日は全校朝会があるからな。といっても、いつも通り栗原校長と冬波生徒会長から挨拶があるだけだと思うが…」
「場所はいつも通り体育館で行う。出席はそこで取るから、荷物を教室に置いたら忘れずに来るように。」
「一応言っておくが、遅刻してきたやつは教室に寄らずに直接体育館に来いよ。特に…松田!聞いてるか?お前のために言ってるようなもんだぞ!」
ワイワイガヤガヤ…
終礼のホームルームでは、もう5月ということもあり、良くも悪くも僕のクラスは活気に満ちていた。
授業が終わった高揚感に溢れている人が多く、クラス担任の土田先生の言葉も、ちゃんと受け取っている人は半数程度といったところだろうか。
「じゃあこれで終礼終わりだ!気をつけて帰れよな!」
「きりーつ!」「気をつけ!」
「「「さようなら!」」」
挨拶が済むと、蜘蛛の子を散らすようにみんなが教室の外へと駆け出していく。
「よっ!お疲れ様!」
「あっ、茂もお疲れ様〜」
遅れて僕も教室から出ると、廊下で待っていた茂が声をかけてくる。
今日は茂も学校での用事はなかったようなので、僕と一緒に帰路へとつく。
「いやぁ〜今日の授業キツかった〜!」
「僕にとっては楽だったけどね、体育の先生が欠勤したから自習になって。」
「エルはそうかもしれないけどさあ、こっちは座学ばっかでつまんなかったなー」
「特に歴史とか、ひたすら黒板を板書して、先生の長話聞いて、何が楽しいんだありゃ?」
校門を出ると、早速茂の座学への愚痴が始まる。
どうやら茂は、身体を動かす体育や、問題を解く演習の時間は好きらしいが、歴史のような板書を写して先生の説明を聞く形式の授業は嫌いなようだ。
それ以前の問題として、茂は歴史が嫌いらしいけど…僕はあまり共感できずにいる。
「うーん、この世界がどういう成り立ちで生まれてきたのか、神話や天使の時代から知れるから、僕は好きだけどなあ…」
「そうか?オレは何言ってるかさっぱりで、すぐ寝ちゃうけどなぁ。」
そう言ったところで、茂は何かを思い出しかのようにハッとしたのも束の間、ため息をつく。
「…はぁ、あと、今日は"アレ"があるしなぁ。」
「あぁ、NDFね。」
納得したように僕が声を出す。
NDF。茂のような強力な能力者で構成された、世界最大規模の治安維持組織である。茂はそこの隊員候補生として、決まった日時に訓練をしているようで、今日が訓練の日らしい。
「そうそう。確かNational Defence……何だっけ?」
「えぇ、覚えてないの?」
「いやいや、英語で表記するNDFの方が悪いわ!そもそも日本人がまともに英語を使えてたまるかっつーの!!」
「茂は英語も苦手だもんね…」
「キャーー!!!」
突如、悲痛な女性の叫び声が僕たちの会話を遮る。
「聞こえたか、エル?」
「まさか、行くの?」
「当たり前だろ!女の子を泣かすなんて許せねぇ!」
「えぇ…でも怖いよ…」
僕が茂の手を引いて止めようとするが、もう遅かった。
ゴオォォン!!
刹那、茂の手を引く僕諸共、茂はとてつもない轟音を立てながら悲鳴の元へと向かう。
「もう、それをやる時は先に言ってよー、気持ち悪くなりそうだから。」
「悪い悪い。でもほら、こうして現場に着くまでに1秒もかからないぞ?」
「そりゃあそうだけどさぁ…」
「さて、今の状況は…!」
無事現場へと到着し、一息ついた所で茂は辺りを見回す。
そこには爛々とした輝きを放つ、いかにも怪しげな球を、必死に守ろうと地面にうずくまる、薄桃色の髪の少女がいた。