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ドッペルゲンガー長谷川とご対面

 


 3分くらい走ったところで、ドン・キホーテと繋がっている出口に入るため右に曲がった。


 


 階段を数段かけあがると、ドン・キホーテB2Fの食品売り場に着いた。夕時だからか、仕事帰りの中年で賑わっていた。


 僕と蛍はその客たちをくぐり抜け、狸小路商店街に出た。人混みが先ほどのコンコースよりは多くなるから多分これで大丈夫だ。束の間の安心。


 僕たちは人ゴミの中を手を繋いで歩いた。夕根仁にバレたら殺される。ラノベの憎悪から僕への憎悪にシフトチェンジされる。


 でも、それにしても…。



 「たかが痴漢と万引きでこんなに追われるものなのかね」と蛍は息も切らさない涼しい顔で言った。僕は汗が冷えて少し寒いのに。


 「そこなんだよ」と僕は袖でこめかみの汗を拭き取って言った。


 この日本は痴漢しても万引きしても事件当日に警察が追ってくる国じゃない。現行犯ならともかく、僕のドッペルゲンガーが痴漢と万引きをしてからすでに10時間は経過している。今日の今日だ。あまりにも展開が早すぎる。



 僕たちは大通公園を抜けて、人の気配が全く無い小さな公園に着いた。僕は未だゼェゼェとしていたが、隣の蛍は汗一つかいていなかった。


 「長谷川くん…ベンチ座りなよ」と蛍が言った。


 「そうするよ」と僕はヨロヨロ歩いてベンチにたどり着いた。


 「長谷川くん…今、飲み物買ってくるから待ってて」と蛍は鞄をベンチに置いてから、自販機のある公園の入り口へと走っていった。



 「ほ、蛍!」


 「ん…なに?」と蛍はニッコリ笑った。


 「色々あったけど、まぁ…好きな人とデートできて良かった」


 「なんだそりゃ。変なやつぅ」と蛍はニンマリ笑って自販機の方へと向かった。


 あぁ…情けない。好きな子より早くバテる俺、好きな子に飲み物を買わせる俺。きっと蛍の彼氏の夕根仁なら公園に入ったタイミングで飲み物を当たり前のように蛍の分も買って差し出すんだろうな。しかも蛍は病み上がりだ。高校一年の後期は入院してほとんど学校に来ていなかった。あぁ情けない僕。


 僕は被害妄想をして疲れた身体が更に重たくなった。


 外は次第に黒い膜が貼られたようになり、うっすらと月光が差すことで闇にはならない。


 あぁ…ドッペル長谷川は痴漢と万引き…以上のことをしてしまったのか。じゃなきゃありえない。そんな1日で僕のことを追ってこない。


 しかも、あの動画自体…本物なのか。なんなら僕のことを貶めたい奴らがAIでフェイク動画を作ったとか…いやあり得ないか。複数のクラスメイトたちが現場を目撃している。



 なんでだ。僕たちは朝4時44分に体育館の4隅から走っただけだ。それで異世界の僕が召喚されて犯罪をしまくる。そんな馬鹿な話があり得るのか。


 仮に異世界の僕が姿を消して、警察の捜査が続いていたら捕まるのは間違いなく僕だ。あの動画もバッチリ僕の顔だ。ネット民が制服からすぐに僕を特定する。


 あれ?僕の人生なんか詰んでいないか?


 なに呑気に蛍とデートしていたんだ。

 なに呑気にドッペルゲンガー探していたんだ。


 仮にドッペル長谷川が見つかったら、この世界から今の僕は消されて…。



 その時 『よぉ!』と自分の声が聞こえた。


 今のは僕の声?今僕喋ったか?僕は反射的に右の掌で口元を押さえた。


 ジャッ、ジャッと背後から何者かが近づいてくる音は、静寂な夜の公園が吸収する。


 朝の4時44分44秒に吸っていた息とは違った。今僕が吸う息は、空気の冷たさは変わらなかったけど肺に入った後、僕の体内を徐々に硬直させていった。



 ポンと僕の左肩に手が置かれた。僕は顔は動かさず、目玉だけゆっくりと左肩の方に移動した。もちろんこの手は蛍じゃない。若い男の手だ。



 『お陰で探す力が省けたよ』



 僕だ。僕の声だ。間違いない。今日池田が撮ったバスケの動画…聞き慣れ無い気持ち悪い自分の声と同じだ。


 今、僕の後ろにはもう1人の僕がいる。

 僕のドッペルゲンガーがいる。



 『ビビって振り向けないのか』

 もう1人の僕は…ドッペル長谷川は嬉しそうにそう言った。


 『まぁそっちの方がありがたい。振り向いたら殺す。少しお話ししようじゃないか』


 「僕はこれから僕とお喋りをして殺されるのか」


 『殺す?なんのことだ?振り向いたら殺すと言ったけど本当に殺しはしないよ』


 ドッペル長谷川は喋り方も僕と同じだった。言葉の語尾を少し笑いながら言う。



 「じゃあ振り向いても良いじゃないか」

 僕は少し笑って後ろに振り返った。勿論、僕の脳内は恐怖という感情に支配されている。臓器は正常な動きを忘れ唇は乾いている。

 

 僕はドッペル長谷川の顔を見た。その奥二重の目も、センターラインに分けた前髪も左に少し上がった口角も僕だった。


 目の前の僕…ドッペル長谷川は僕を見ても全く動揺していなかった。


 『こっちの僕は生意気だね』とドッペル長谷川は言って、背中に回していた右手を正面に持ってきた。夕闇の中でギラリと手元が光った。小型のサバイバルナイフだった。ドッペル長谷川はこのナイフを異世界から持ってきたのだろうか。いや違う。コイツ…ナイフも万引きしたんだ。だから…警察もあんなに早く動いたのか。


 「…ほ、ほら、やっぱり殺すじゃないか?」

 僕は額から脂汗が止まらなかった。怖くて逃げられない。叫べない。叫んだら逃げたら死ぬ。叫んでも助けが来るのに本当に早くても5分。ここは人通りが少ない。


 『分かってないな。殺すんじゃない…1つになるんだ。僕達』

 ドッペル長谷川は淡々と言った。


 「なぜ?」


 『君たちの世界で言う…黒と白、コインの裏と表…僕達の世界で言う植物と人間、今から僕達はその概念をなくす」

 そう言ってドッペル長谷川は、ナイフを僕の首元目掛けて一直線に突き出そうとした。


 

「…っ…?」


何が起きた?ジャングルジムが…木々が…水飲み場…が逆さまになっている。景色が逆さまだ。痛い…腰がつった。さっきまでベンチに座っていた僕はベンチから立ち上がっていた。でも、ベンチも逆さまだ。


 何故か僕はブリッジのような姿勢になっていたが…すぐに尻餅をついた。


 『なに今の反射神経…』

 ドッペル長谷川の動揺した声を初めで聞いた。

 

 僕は今…ナイフを避けたのか。


 「いや…ちが」

 僕の頬は一直線に切れ、顎から首にかけて血がゆっくりとしたり落ちた。


 『罪の世界の住人とはいえ侮ってはいけないということだね』とドッペル長谷川は口角を上げて言った。ピンと伸びた背筋と右手のナイフを月光が照らす。




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