おどおどキャラが豹変したとき、物事は大体悪い方向に進む
あぁーもうなんで、こういう時に限ってチャージ不足なんだよ。
僕はKitakaのチャージをしていなかったせいでメガネくんと蛍のことを改札の中で待たせてしまっている。
財布から千円を取り出し券売機の機械に入れた。だけど僕の持っていた千円はヨレヨレだったから見事に戻ってきた。また入れる。戻ってくる。また入れる。戻ってくる。
やばい。すごい2人のこと待たせちゃってる。僕は焦って千円の端っこを両親指でピンと引っ張った。頼む次こそは入ってくれ。僕は祈るように再びお札を入れた。
ウィーン…ウィーン…
あー…おかえり野口、やっぱり帰ってきた。
出会ったばっかりの眼鏡くんからお金を借りるのも嫌だし、元好きな人の蛍からお金を借りるのも嫌だ。てかなんなら2人とも改札を通った。改札越しに金貸しては流石に言えない。それに小銭もないから切符も買えない。もう、このまま帰っちゃおうかな。いや絶対ダメだ。てかなんで昨日知り合ったばっかりの男のお見舞いなんて行かなきゃいけないんだよ。
あぁー…とため息をついた時、僕の横から突然、男の手が機械の方へと伸びてきた。そしてピンと伸びた新札がスルスルと機械に吸い込まれていった。
「え」と横を向くと色男がいた。見たことのないブレザータイプの高校の制服。縁無しのおしゃれメガネ、堀の深い顔、そして何よりも目に入ったのが髪の毛の色だった。プリンスヘアの逆プリン。頭皮の方が金色で毛先の方が黒。地毛が金髪なのか。凄い綺麗な人…って違う。
「え、お金?え?」と僕はなんて声をかければ良いか分からず、ただただ言葉が出なかった。
色男はニッコリと微笑みながら、「そのフニャフニャの千円…俺のと交換しようか」と言って、右手を僕に差し出した。
「え…でも…」と戸惑う僕をよそに、色男は券売機のモニターの千円欄をタッチした。
『チャージが完了しました』の音声ガイドと一緒に僕のKitakaは無事に帰還した。
一連の流れに呆気に取られた僕は、ただ黙ってフニャフニャの千円を色男に渡した。
「ありがとね」と色男は綺麗に笑って僕の腕を優しくひいた。
そこで僕はやっと状況を理解した。僕のせいで後ろが詰まっていたのだ。怪訝な顔した人達が一列に並んで僕のことを睨んでいる。
僕は顔を真っ赤にして、改札を通り蛍とメガネくんと合流した。
「もう!こまめにチャージしときなよ!」と蛍は頬を膨らませて言った。
「ごめん…」と僕は素直にメガネくんと蛍に謝った。どこかメガネくんは僕の謝罪より時間の方が大事だったみたいだ。
「急いで階段降りるよ!もう地下鉄きてる」とメガネくんは早口で言った。
僕たちは階段を駆け下り、飛び込むような形で地下鉄に乗り込んだ。どうせこれが乗れなくても、次来る地下鉄は10分後だから急ぐ必要なんてないと思ったけど、もちろん僕が口出しできる立場ではなかった。
16時38分に乗った地下鉄の車内はありがたいことにガラガラだった。
僕は端の席を座り、その隣を蛍が座った。メガネくんは蛍の隣ではなく、通路挟んで僕たちの目の前の席を座った。
僕たちと横一列嫌だったのかな?気を使ったのかな?さっきからメガネくんの行動がよく分からない。本当になんで仙道先輩のお見舞いなんて行こうとしているんだろう。
地下鉄が動き出し、蛍が僕の肩に少しもたれかかった。ドキドキしそうな胸を必死で抑えようとした時、隣の車両のドアが開いた。「あ…」と僕は思わず声を出してしまった。
さっきの色男高校生だ。色男も僕に気づいたのか髪をかき分けながらニッコリ笑った。不覚にも僕は少しドキドキしてしまった。蛍に対するドキドキとは違うけど。色男は迷いのない足取りでメガネくんの隣にピッタリ座った。
席はガラガラなのに、どうしてメガネくんの隣に座ったんだ。
そう疑問に思ったのも束の間、僕は急激な眠気に襲われた。思考が鈍り、動悸がゆっくりになった。僕は重たくなるまぶたを開こうと必死に格闘したが勝てなかった。
薄れていく意識の中で「まもなくー〇〇駅ー〇〇駅ー」と車内アナウンスが聞こえた。その駅の名前は16年生きてきた中で一度も聞いたことがない駅名だった。
次に目を覚ました時、僕は焦燥感に満たされていた。寝落ちしたのが一瞬だったのか、長時間だったのか分からなかったからだ。例えるなら朝起きて二度寝できると思って二度寝したら思っているより熟睡してしまって時間がどれくらい進んだか全く分からないあの状態だ。動悸が早くなり不安のせいで身体はエラー起こしたような感覚に陥った。指先が痺れ、首は寝違えたのか少し痛い。
僕は辺りを見回した。
「どういうことだ…」
最後に僕が瞼を閉じてから何があったんだ。
さっきまでガラガラだった席は、一つの空席もなくビッシリ埋まっていた。だが立っている客は1人もいない。そしてもれなく全員首を下に傾けて眠っている。若手のサラリーマンも妊婦もギャルも物静かそうな女子生徒も、そして目の前のメガネくんも色男くんもだ。
この不気味な状況に僕は冷や汗が止まらなかった。額から垂れた汗が頬をつたって僕の手に落ちた。その瞬間ハッとなって僕は隣を向いた。
そうだ蛍は…
蛍も起きていた。でも…良かったとは思えなかった。蛍は目を大きく開きブルブルと震えていた。そして今になって蛍が僕の左手を強く握りしめていることに気づいた。
「蛍…ここは?」と聞いたが蛍は上の空だった。
「殺される。殺される。4に4に殺される」と蛍は一点だけを見つめ声を震わせて言った。
「4?」と僕は小声で言った。
『お前4だったのか?』あの時、仙道先輩も僕にそう言った。
「4って…」
『なんなんだよ?一体どうなっているんだよ
?なんで一昨日からずっとこうなんだよって思っているねぇ??長谷川くん』
「は?」
突然、僕が思っていることを僕じゃない声で完璧に再生された。その声の主は…
『人のことメガネくんって心の中で何度も呼びやがって。年下のくせに生意気だぞ。お前』
目の前のメガネくんはゆっくり顔を上げてそう言った。
この地下鉄はいったい僕たちをどこに連れて行こうとしているのか。




