神的児童降臨①
ハシゴを一つ一つ降りていくと、汚臭がどんどん弱くなり、どんどん明るくなっていった。不思議だ。トイレの地下こそ臭くて暗闇だろ。なんでトイレが1番臭くて、マンホールの穴の入り口が1番暗いんだよ。
ハシゴを降り始めて1分ほど経った。湿度は高く外よりも暖かい。
さっき一瞬聞こえた笑い声はなんだったんだ。悪意に満ちた老人の笑い声。そして「助けて」の一言。まぁ冷静に考えて下に降りた先が竜宮城みたいなところで最高のおもてなしを受けていましたなんて100%あり得ない。かといって殺されるというのも非現実的だ。高校生が6人が失踪したら、まず間違いなく警察は捜査をする。足がつくのだ。こんな平和な日本でそんなこと…。
『今から吸収して僕たちは一つになる』
あの時のドッペル長谷川の言葉がフラッシュバックした。あの時ドッペル長谷川の方が僕を吸収していたら僕はどうなっていたんだ。僕の自我は無くなってドッペル長谷川が僕の代わりにこの世界を生きていたんだろうな。警察が失踪として捜査をせずに。そう考えていたら僕もメガネ君同様足が震えて、関節が時折ガクンと力が入らなくなった。ハシゴから滑り落ちそうになる。
死ぬってなんなんだろう。僕の肉体はあるけど、僕の精神が消えるってなんだろう。小さい時はよく宇宙の先はどうなっているのか、自分は何故生きているのか、何故手のひらはこんなに変な形をしているのか、分からないことをひたすら考えて漠然とした恐怖を覚えていた。でも成長するにつれて考えることをやめた。分からないことは分からないんだ。
なのに…またこの恐怖が襲ってくる。小さい頃よりも断然怖い。でも身体は下に下に動いてしまう。
気づいたらハシゴが足にかかっていなかった。どれくらい時間がかかったんだろうか。どうやら僕はハシゴを降り切ったようだ。相当地下深い。耳が少しつまった感じがする。軽く深呼吸して、大袈裟に唾を飲み込んだ。そしてゆっくりとハシゴから手を離し後ろを振り返った。
「あぁ…」と僕は無意識に声帯を震わせて音を発してしまった。
カーンカーンとハンドベルの音が聞こえる。
地下とは思えないオレンジ色の暖かい豆電球が上からいくつもぶら下がって揺れている。
振り子のように電球が右に左と揺れるので僕の体は立っているのがやっとだ。
先輩は、この地下は宗教施設に繋がる通路と言っていたが、通路にしてはあまりにも広すぎる。
僕の学校の体育館くらいはある。といっても電球の数が多すぎてこの通路の奥行きや正確な大きさまでは分からない。
僕は垂れ下がっている電球を手でどけながら、ベルの鳴る方に歩みを進めて行った。
メガネ君、太っちょ君、夕根仁、蛍…。全員の無事を祈った。もれなく全員祈る義理はないけど。自分の今後の身の安全のために祈った。そして僕が10歩ほど歩いたところでカランカランカラン!!とベルの音が激しくなった。
子供がふざけてベルを振り回したかのような不快な騒音に鼓膜が裂けそうになった。
耳を抑えようと思ったその時、電球の向こうから人影が一つ見えた。僕は手を耳ではなく電球に伸ばし、その正体をこの目で見ようとした。
カランカランカラン!
カラン!
カラ
目の前には6歳くらいの子供がいた。眉目秀麗な子供だ。金髪の坊主頭にサスペンダーの服。虫眼鏡のような遠視のメガネ。右手にはハンドベル。
僕と目が合った瞬間 『シィィィキィぃぃぃハァアアアアキィイーー!!!』と子供は目をカッピラいて口を大きく動かし叫んだ。
なんだ。なんだよ。そして足元が小刻みに震えた。
あぁ知ってる。なんだよ…じゃない。知ってるこの地面の振動は。僕は次に来る衝撃に備えて体に力を入れた。
ゴゴゴゴゴと岩が割れる音と共に地面から、4つの巨大な岩…じゃない…木のツルに巻かれた4つの巨大な卵形のドームが姿を現した。
「なんだよコレ」と僕が呟くと 「この世界でいうお友達だよ」と答えが返ってきた。
声の主は仙道先輩だった。仙道先輩は首をポキポキとならし肩のストレッチをしていた。
「友達?友達って…」
僕は木のツルにに巻かれたドームの方に視線を向けた。直径3メートルほどの球体はびっしりと木のツルで巻かれていたが隙間から指が1本見えた。か細い女の指だ。
「ほたる?」
僕は走ってドームの方に駆け寄った。ほたるの右手の指先に触れる。暖かい。よかった。
「そう、ほらあと三つあるだろ。なんだ…その女を選んで…お前もう生殖行為したいのか?」と先輩は茶化すように言った。だが言葉の裏腹、先輩はかなり焦っているように感じた。
原因はわかる。あの子供だ。子供というよりかは宇宙人と出会った気分だ。人じゃない。人の形を子供の形をした何かだ。
「仙道さん…ここどこですか?これなんですか?今から何をするんですか?」と僕は中学英語の和訳みたいなカタコトな言葉で聞いた。
「テストだ」
「は?」
「仲間に認めてもらうの…」
「は…なんの?」
「地球をひっくり返すための….」
ーカランカラン
僕と仙道先輩の注意をひくように、子供はハンドベルを2回振って音を鳴らした。
そして子供もドームの方に近づき立ち止まった。そしてうーんと悩む仕草を見せた後、一つの大きなドームの前にたった。そして子供がハンドベルを再び一振りした瞬間。ドームの一つのツルがウニョウニョと動き、中心にいた人物のその顔を見ることができた。
太っちょ君だった。
太っちょ君は視界が開くが否や「助けて!助けて!なんだよコレ!おかしいだろコレ!仙道君!仙道君!話が違うだろ!ねえってば!」と叫んだ。
巨体な太っちょ君の顔はみるみる真っ赤になった。おそらくだが身体を動かそうとジタバタしているのだろう。だが太っちょ君の身体を包む木のツルはピクリともしなかった。
「仙道くん!僕君に何もしてないだろ!対等に人から扱われない気持ちわかる!?存在見下されて大凶の貧乏くじ扱いされる気持ち分かる!?なんでこんな理不尽なんだよ!!」
太っちょ君の嘆きに目もくれず、仙道先輩はブルブルと身体を震わせた。そして大きなため息を一つついた後、右手を太っちょ君に向かってかざした。
その瞬間、今までのよりも色濃く仙道先輩の首元に木のツルのタトゥーが見えて体は黄色く発光した。
天井にぶら下がった無数の電球は相変わらず左右に揺れている。坊主の子供の目の前に電球がゆらゆらと揺れて、顔がはっきり見えたり見えなくなったりする。次見える時には子供の姿から悪魔の姿になっている気がする。
「大地讃頌!!…我…地を上に天を下に!!」
仙道先輩は右手をブルブル震わせながら、額からは脂汗と血管をうかせて、断末魔のように目一杯叫んだ。
仙道先輩の周りの電球は割れた。そして地は揺れて空気は張り詰められた。
太っちょ君のドームの目の前に足元から木のツルが数本出てきた。
「ひぇぇ何…もうなんだよぉ〜」と太っちょ君は泣きべそを描き始めた。情けないと思ったが、その気持ちはすぐ撤回した。僕も今すぐ泣きたい。でも僕は追い込まれると涙は出ないタイプだ。




