転生先はお婆ちゃんの過去
「こんなはずじゃなかった・・・」
長嶋由梨はまだ3ヶ月になる赤子を抱いて、夜中の3時に片方の乳をやりながら、涙を流した。
ーーーーまだ由梨が21歳の頃
ドゥンドゥンドゥンーーーー
ウーハーの重低音が響く、クラブで覚えたばかりのお酒を片手に酔っ払っていた。
「由梨〜今日は飲みまくって踊り明かそう!!」失恋した由梨を元気付けようと地元の仲間とクラブに来ていた。
由梨の地元の仲間6人は、元同中。中学の時はそれほど仲良くなかったが、20歳の成人式で集まったことをきっかけに仲良くなり毎週末集まるようになった。6人のうち男は4人。その内1人は大学生で、3人は高卒で働き、社会人だ。そして由梨の親友咲希も高卒から社会人で工場で働いている。
1人がタバコを吸い始めると、金魚のフンのようについていき、みんなでタバコを吸う。金曜日はオールで遊ぶのが毎週末の日課だ。飲みすぎて道端で嘔吐なんていうのは、よくある光景の一つだ。
そして土曜がくると皆、二日酔いで頭痛と戦う。それでも夜になると回復し、また集まる。
これが大人の遊びだと勘違いをしている若気の至り、真っ最中だった。
そしてその仲間うちの中でそのうち恋愛が始まる。女の割合が少ないと、次に付き合う相手もこの中だ。こうして徐々に関係は崩れていき、終わっていくのがオチなのだ。
ーーーー由梨が25歳の頃
由梨といまだに仲が良く、連絡を取り合うのは、咲希だけだった。
そして由梨は新たな仲間と出会う。今度は以前のようなガキの遊びとは違う。由梨の職場の先輩達だ。由梨の仕事は看護師。最初は3つ離れた先輩に飲みに誘われた事がきっかけだった。そしてその先輩と仲がよかった3人の先輩達ともプライベートで仲良くなり、頻繁に遊ぶ仲になったのだ。由梨は市が経営している病院の看護師。産婦人科、整形外科、などそれぞれ異動がある為、それぞれの愚痴を言い合いながら美味しいお酒を飲む事が最高に楽しかった。
そんなある日、親友咲希が結婚し、県外に嫁に行ってしまった。そんな事がきっかけで、由梨は結婚願望が強くなっていった。マッチングアプリを始めたり、高校の同級生と久しぶりにSNSを通して連絡してみたり、積極的に恋愛を探し求めていた。
ーーーー由梨が28歳の頃
由梨は、高校生の同級生からの紹介で長嶋勇太と出会い、付き合っていた。勇太は地方信用金庫に勤めていて真面目で誠実だった。結婚願望が強い由梨に勇太はプロポーズをせかされ、見事結婚。
順風満帆な人生を始めようとしていた。
由梨は念願の結婚を手に入れた為、仕事を退職し、勇太の地元へ嫁いだ。嫁いだと言っても、実家に入るわけでもなく、2人でアパートに暮らしていた。お金はそれほど貯まっていなかったが、それなりに仲良く暮らしていた。
ーーーー29歳の由梨
しかし一つ、問題が発生した。世の中の流れから、結婚の次は子供、そんな風潮がまだまだ払えない。
会う人会う人に「子供はいるの?」と聞かれる事でなぜだかズキンッと心を刺されるような気持ちが芽生えた。"はやく子供が欲しい"欲しい物はいつでも手にしてきた由梨は唯一自分の行動だけでは、どうにもならない物にとても苦戦していた。
勇太が仕事が疲れて帰ってきてもセックスを強要し、勇太との関係は徐々に悪くなっていった。それでも「私は子供が欲しいだけなのに・・・」そんな被害者意識が強くあった。
ーーーー30歳の由梨
なかなか子宝に恵まれない由梨は不妊治療を始めた。そして人工授精をきっかけに念願の妊娠をしたのだった。でも念願の妊娠はそんなに甘くはなかった。今まで幸せそうにしか見えなかった妊婦の現実は、つわりでずっと船の中にいるような感覚だった。嘔吐を繰り返し、ご飯を作ることさえできない日が続いた。
妊娠後期に入るとつわりは軽減されたが、今度は腰痛に悩まされた。そして検診では毎回逆子体操を勧められ、苦しい毎日ばかりだった。
勇太は優しい言葉をよくかけてくれたが、自分で妊婦の知識などは学ぼうとせず、とにかく背中をさすってくれるだけだった。
そして帝王切開をして、見事に由梨は女の子の赤ちゃんを手にしたのだった。
苦労はありながらも幸せを手にした由梨。
それなのに由梨は生後3ヶ月の赤子"葉月"を抱いて、涙を流しながら呟いたのだ。
「こんなはずじゃなかった・・・・」
由梨は、産後に、里帰りはしなかった。由梨の実家の両親はまだまだ1日働いていて家にいない事が多かったからだ。
そして実家にはもう1人、由梨のお婆ちゃんが住んでいた。由梨のお婆ちゃんは足が悪く、とてもじゃないけど、育児のサポートはできそうにない。そう思って里帰りを諦めたのだ。
1人きりの育児は予想よりはるかに大変だった。
帝王切開で産まれた葉月は、2200gと小さく産まれた。その為か、泣き声も弱く、乳を飲むのもすぐ疲れて寝てしまう。助産師からは「起こしてでも3時間空いたら必ず乳を飲ませてください」と言われていた。
病院で乳を飲ませる時には赤子の体重を飲む前と飲んだ後、計測し、どれくらい乳を飲んだか記録していた。アパートに帰ると計測器がない為、大体の時間をみて大体、乳をあげる。そんな不正確でどれほど飲んだかわからない小さい葉月を見て、由梨は不安に襲われた。そしてすぐにネットで病院と同じ計測器を購入し、毎日、3時間経つと計測器に乗せる生活を始めた。
由梨はそれだけじゃなかった。
毎日葉月のおしっこ、うんちの記録をつけ、うんちがでるたびに母子手帳のうんちの色確認をしていた。
「この子は元気に育つのだろうか・・・」
毎日そんな心配をし、寝ている葉月を起こして乳をやる。飲まないと焦る由梨。少し顔に湿疹ができただけでも大慌てだ。スマホの検索画面はいつも「赤ちゃん 湿疹」「ミルクの量」「母乳 飲まない」など葉月を心配してSNSで同じ事例を探し出す毎日だった。
そして由梨は疲れ果て・・・
産後鬱に陥っていくのであった。
勇太はそんな由梨を心配し、里帰りを進めた。
由梨も自分がおかしくなっている感覚がわかった。その為、両親に相談すると両親は快く、由梨を迎え入れてくれた。
「ただいま・・・」
久しぶりの実家のにおい。由梨の母が温かい緑茶を入れてくれた。
「ごめん。母乳あげてるからカフェイン控えてるの。」
「あぁ。そうなの。麦茶ならいい?」と冷たい麦茶を出してくれて、やっとお茶を飲む事ができた。
それからという物、由梨の母が晩御飯を作ってくれても「ごめん。キムチやカレーなどの刺激物を控えてるの」「ごめん。生卵も控えているの」
由梨の母は神経質な娘がとても扱いづらかった。
そして由梨の母は平日は仕事に出てしまう。その為、里帰りしたと言っても夜中の夜泣きに付き合ってくれるわけでもなく、1人で乳をあげては疲れ果て、葉月を計測器に乗せていた。
由梨の表情は里帰りしても一向に明るくならなかった。
「あんなに望んで欲しかった子供なのに・・・」涙が止まらない夜中も過ごした。そんな中、虐待死をした赤子のニュースが流れた。
「・・・・。
昔は「そんな親信じられない!なんでそんな人が妊娠できて、私ができないの?」なんて怒っていたこともあったっけ・・・
今なら少し気持ちがわかる・・・。この人は誰にも頼らずいっぱいいっぱいだったのかな?」
肯定してはいけない事もわかってるのになぜかそんな考えさえ、頭に浮かぶ。
そんな時だった。お婆ちゃんがやってきたのは。
右足を引きずりながら、手すりを持ってゆっくり由梨の元に歩いてきた。
「見せておくれ・・・私のかわいいひ孫を・・・」
お婆ちゃんはしわくちゃになった笑顔をひ孫に向けた。
「かわいいね・・・由梨が産まれた頃を思い出す・・・よくぞ産んでくれた。ありがとう。」
由梨は涙が止まらなくなった。"母なんだから当たり前"そんな呪文のような言葉に縛られて、お礼を言われたり、自分を肯定する言葉を言われたことは久しぶりだったからだ。
「由梨?泣いているの?あんたが辛くちゃこの子は幸せになんてなれないよ。まずは自分を笑わせてあげな?」お婆ちゃんの言葉一つ一つがこんなに自分の心に響くなんて思いもしなかった。
そして由梨の涙がお婆ちゃんのしわしわの手の上にポツリと落ちた。そして由梨はお婆ちゃんの手に落ちた涙を拭おうと、お婆ちゃんの手を握った。
☆
ーーーーーーーーすると
目の前に広がっていた光景はまるで違うものに変わっていった。
私、お婆ちゃんの手を握ったはず・・・・と自分の手を見ると、見覚えのあるゴツゴツした手だった。お婆ちゃんの手だ。でもシワは一つもない。若いお婆ちゃんに転生していったのだった。
「リツ子!リツ子!歯医者に行くといっていたでしょ?」
誰だこれは・・・・。
リツ子!?!?!?!?私がリツ子!?!?!?
私!!!お婆ちゃんになっちゃったのー!?!?
由梨はリツ子になって昭和中期の街並みを歩いていた。歩くしかなかった。辺りをキョロキョロ見回していると床屋があった。そして床屋のガラス窓を見ると、若かれし頃のリツ子が映った。
まじかよ・・・・・!?!?私お婆ちゃんの若い頃の記憶の中にいるの!?!?!?
パニックを起こした。
まてまてまて・・・由梨・・・落ち着けーーー落ち着けーーー。
いや落ち着けない〜〜〜〜!!!
こんなに声を荒げたのはいつぶりだろう。由梨は産後鬱になっていた事さえ忘れていた。
家の前の道路はコンクリートになっておらず、石がゴロゴロと転がっていた。とても歩きにくい。そしてもう一度自分の顔をガラス窓を使ってよーく見た。
お婆ちゃんの面影がしっかりとある。リツ子、私は何歳なの??
ふふっ・・・ もはや面白くなってきた・・・
今度は若いお婆ちゃんの顔を見て、1人で大笑いしていた。こんなに笑ったのも久しぶりだった由梨。なんだか転生した事が面白くもなってきたのだった。
「なんで笑ってるの?ねえリツ子。歯医者の時間間に合わないわよ。」
お母さんらしき人が話しかけてくる。この人がお母さんならこの人は私のひいお婆ちゃんって事か・・・
由梨は心の中で「はじめまして♪」軽く挨拶をした。
それにしても転生してきて、いきなり歯医者かよ・・・。昭和の歯医者・・・怖すぎだろ・・・。
由梨はリツ子になって、ひいお婆ちゃん、すなわちリツ子のお母さんに着いていった。