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終わる世界の進め方

 繰り返している。

 そう気付いたのは、まだ二周目のときだった。

 そのときは、自分が異質なのだとは思っていなくて。だから、迂闊に家族に繰り返しのことを問うて。

 狐憑きと僧侶を呼ばれて、家族の誰も繰り返しの記憶などないのだと気付かされた。憑物が落ちた振りでどうにか事なきを得たけれど、以降は繰り返しの話題を出すことはせず、しかし同じように繰り返しの記憶を持つものを探そうとした。

 そして探して、何周目かの繰り返しで、自分が異質なのだと理解する。記憶を持ち越している人間など周りにはおらず、さらに、もし記憶を持ち越している人間がいたとして、それが自分の味方とは限らないと。

 終わらない、繰り返し、繰り返し、繰り返し。そしてその繰り返しを、俺だけが知っている。俺だけが、繰り返す時のすべてを記憶している。

 気が、狂いそうだった。

 何度も繰り返して、少しずつ、知識を積み上げて、そして知る。ここがノベルゲームの世界であること。用意されたすべての結末をこなさぬ限り、繰り返しが終わることはないこと。

 何十、何百、何千、繰り返しただろうか。

 俺は繰り返しを終わらせようと、あらゆる終わりを見せ続けた。このゲームの主人公は俺ではない。主人公は、これが主人公なのかとがっかりするような、顔が可愛いだけの馬鹿女で、それでも繰り返しが終わるならと、馬鹿女の告白を受け入れさえした。

 それでも終わらない。

 繰り返す世界で俺はすでに、誰が名持ち(ネームド)で誰が名無し(モブ)かも理解していて、名持ちの男全員はもちろん、女だって主人公と恋人にさせた。老若男女問わず、だ。

 それでも繰り返しは終わらない。

 否。

 ひとりだけ、主人公に頑なに落ちない男がいた。

 主人公の幼馴染みだと言う男。名持ちにしては平凡な、けれど、よく見れば愛嬌のある顔をした男。

 あいつだけはどれだけ繰り返しても、主人公はおろか、誰の恋人になることもなかった。

 きっと、繰り返しが終わらないのはこの男が絡む結末を回収出来ていないからなのだろう。

 終わらせるために、この男も、主人公の恋人に。

 そう思って、繰り返しを重ねた。はずだった。

 主人公は毎回行動を変える。俺もだ。それに合わせて、繰り返すひとびとも行動が変わって行く。主人公の近い立場のこの男は、とりわけ影響を受ける立場だ。

 けれど、"幼馴染み"は主人公に落ちない。ほかの女に落ちることもないし、男に転ぶこともない。

「好きな子とかいないの」

 焦れて訊いたこともある。

「うーん、そーゆーの、よくわかんなくって。いまはダチと遊ぶ方が楽しいし」

 臆面もなくそう答えたあとで、"幼馴染み"は言う。

「あ、でも、憧れるヒトならいますよ」

 憧れ。

「誰に?」

「ラビさん!」

「……俺?」

 目をまたたいた俺に、"幼馴染み"はきらきらした顔で頷く。

「オフる前からエイム神っててカッケェって思ってたし、尊敬もしてたんすけど、会ったらめっちゃイケメンだし、大人だし、頭良いし、頼りになるし、すっげぇ憧れてます!オレもラビさんみたいな大人になりたい!」

 大人。それは、何千回の繰り返しに耐え続ければ、精神も老いると言うものだろう。俺の心はもう、すっかり磨り減っている。

 それにしても、もしやこの男が誰にも落ちないのは、俺に憧れているから、とでも言うのだろうか。

 ならば俺には、落ちるのだろうか。

 否。

「大人って言うほど、年離れてなくない?俺、まだ二十二だよ」

「年齢は関係ないっすよ。オレ、五年後自分がラビさんみたいになれると思えないもん」

 この繰り返しが終わらない限り、彼が二十二歳になる日は来ない。あと半年で今回は終わり、また、十八年前、主人公が生まれる時に世界は巻き戻るのだから。

「そうかな」

 手を伸ばして、"幼馴染み"の頭をなでる。ゲームらしく地毛で蜜柑色の彼の髪は、猫の毛のように柔らかくて触り心地が良かった。

「俺がなれたんだから、トモくんもなれると思うよ」

 同じように、何千の繰り返しを耐え抜けば。

「そうですかね。でも、無理っぽい気がするなあ」

 オレ、バカだしと"幼馴染み"は笑うが、彼は言うほど馬鹿ではないと俺は知っている。頭の回転が速いし、機転も利く。口調は軽いが常識もあり、性格も良い。典型的な、"気の良い幼馴染み"だ。典型を外れるところがあるとしたら、主人公に惚れていないし惚れないところだが、あの頭の軽い顔だけの女に落ちないところには、むしろ好感を覚える。

 このゲームはヒトこそ死なないがホラーテイストで、失踪者や怪奇現象は発生する。ゲーム本編の時間軸では全体的に空気が重く、気も滅入る。そんななか、この明るく素直な男の存在は、一服の清涼剤とでも言うべきもので。

 常に中立の立場で、変に誰かに肩入れすることのない彼の存在が、多くの名持ちを救っていることは、明らかだった。

 だからきっと彼は、俺にも落とせない。誰にもなびかない、攻略対象外のサポートキャラクター。それが、彼の立ち位置なのではないだろうか。

 そう思ってしまったのは、俺の方こそ彼に、落ちていたからかもしれない。

 繰り返す世界で。行動も立ち位置も感情も繰り返しの度に変わる登場人物たちのなか。彼だけは、ずっと中立で誰の敵でもなかった。

 彼は味方だ。

 その事実が、どうしようもなく俺のなかに、刷り込まれてしまっていた。

 彼と主人公が結ばれる結末がないのならば。

 ほかになにか、見落としている結末があるのではないか。

 新しい結末を探すため、俺は繰り返し続ける。やはり彼は変わらず、中立であり続けた。

 また、何度繰り返しただろうか。やはり終わりは来なくて、彼は誰にも落ちなくて、また、八月五日が、巻き戻る日が、明日に迫っていた。

 なにかの拍子に、彼とふたりきりになって、ふと思い立ったように、彼は笑って言った。

「あした世界が終わるから」

 唖然とした。彼は、繰り返しなど知らないはずで。記憶など持ち越していないはずで。だから繰り返しの終点が明日だなどと、知っているはずがなかった。

「どうせなら楽しんだモン勝ちですよね」

 だと言うのに彼は、俺の衝撃に気付く様子もなくのたまう。

「どうせ全部忘れちゃうし、最後にバカなことしません?」

「……バカなことって?」

 ニカッと彼らしく笑って、彼は俺に片手を差し出した。

「オレと恋人ごっこしましょうよ、桜日サクラビさん。あした世界が終わるまで!」

 彼は繰り返しを覚えている。そして、初めて落ちる相手に、俺を選んだのだ。

「言っている意味がよくわからないけど」

 俺が繰り返しを、忘れるのだと思って。

「良いよ。ただし、もしも世界が終わらなかったら、そのときは責任を取ってね。大伴オオトモリンくん」

 なんて福音だろう、それは。

 俺は微笑んで、彼の手を取った。

 そして世界は繰り返す。

拙いお話をお読み頂きありがとうございました


続きも読んで頂けると嬉しいです

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