Gear0 紅い終焉
空が、紅い。
それを表す色を、自分はただ紅いとしか持たなかった。詩人ならば百の言葉と千の装飾によって表現するだろうが、生憎そんな語彙は持っていない。必要としなかったから。
反対側の空に、冷たい闇が忍び寄っていた。空を仄暗く染め上げ、その中にはちらりと煌めく弱々しい光が見受けられる。その星の名前を、自分は知らない。
何も知らないのだと、今更のように思う。自分は何も知らない。見上げる空を褒め称える言葉も、地面に広がる夥しい程の死体に対する釈明も、目の前の彼女の気持ちも。
「来て、くれたか」
良かった、とぎこちなく彼女が笑う。聞きなれた冷たい程に澄んだ声に、濁った音が混ざっていた。一晩、離れていただけなのに、彼女は何年も経たかのように力を失くしていた。凛とした立ち振る舞いも、覇気を伴う眼光も、そこにはない。ただただ、疲れ果てた身体と精神を、ようやっとそこに留めている。
それでもその眼は死者のそれではない。疲労の奥には、堅い決意が見て取れた。
「さっさとやってくれ。情けないようだが……恐い」
この死体が溢れた場に不釣り合いな華奢な身体、泥と血を洗い流した手は貴族のそれのような清らかさ。それでもその手が屠ってきた数を、その掌に刻みこまれた剣の柄の跡を、自分は知っていた。すぐ傍で、それを見て来たのだから。
本当にいいのか、と確認したかった。冷たい焦燥感が、じりじりと体温を奪うように腹の中で燃えている。それでも、その言葉を口にするのは躊躇われた。彼女の意志を、決意を、決して揺るがせてはならないのだと思った。
持ち慣れた剣のはずなのに、掌にはじっとりと嫌な汗を掻いていた。まるで初めて刃物を持った人間かのように覚束ない。心中に渦巻く想いを振り払うように鞘を投げ捨てる。銀色の光が夕陽を反射して煌めいた。
彼女を止める事はしてはいけない。だから、ただ自分に出来る事をする。握りしめた剣を、す、と動かす。一分の痛みも与えぬように、完璧な軌道を、君への餞に。
空のような紅が、剣を濡らした。
一応、プロローグになります。まだ主人公は出てきていませんが、以後も読んで下さると大変喜びます。