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魔法と剣のファンタジー異世界に転生した。

前世の何者でも無い俺は、やれやれチート持ち主人公かと期待していたが、ただの田舎に住む有象無象で、ただただ畑を耕すだけのモブだった。ありふれた茶髪に、これまたありふれた緑の瞳。顔立ちも狸のように人畜無害そうな凡庸。食肉が割高なこの村は野菜中心の食生活だ。そのため畑仕事を担う割には、肉つきが悪い。ならば俺は計算が出来るし、知識はある。この世界にない料理を生み出してやろうか、農業に革命を起こしてやろうか、何て思っていたが、こんなくそ田舎でゼロから何かを生み出すなんて無理だった。

大豆から味噌ができるのはわかるが、作り方がわからない。

機械があれば農業が楽になるのはわかるが、作ることはできない。

計算はできるが、学校もない、こんな自給自足が基本の僻地の村ではなんの役にも立たない。

無い無い尽くし、なのに勘弁してくれよ。


「──主人公でも何でもないのに、村は燃えるのかよ」


小高い丘から見下ろす村は炎と黒煙に包まれていて、時おり何かが爆ぜるような音だけ微かに聞こえる。悲鳴や助けを求めるような声は一切聞こえないのに。

もう、手遅れなんだろ。みんな死んでるんだろ。分かっているのに俺は燃え続ける村へ足を進める。近づく度に、肉が焼ける嫌な臭いと、黒煙が、俺の目と鼻を刺激する。痛えし、臭えし、熱風が吹き寄せて熱い。異物を洗い出そうとするのか涙は止まらないし、煙を吸い込んじゃ駄目だと勝手に咳もでる。

前世の記憶も、今の俺の理性も、ここから離れろって言ってんのに、俺は村を彷徨う。燃えすぎて、どこが俺の家なのかわからない。


どのくらい歩いただろうか。黒焦げの死体が、至るところにあって。綺麗な死体もあったが、親が見つからなくて。多分、自宅だろうと思った所に死体があった。服は焼けてしまって誰だかわからない。でも、きっと女だ。それに体格が母さんのような気がする。そう思い始めたら、そうとしか思えなくなった。


「母さん?母さんなの?」


頭のおかしくなっていた俺は、黒焦げの死体の肩を少し揺すった。起きてくれ、目を開けてくれ。そう念じて何度も揺すった。死体とわかっているのに。物言わぬ肉塊とわかっているのに。

すると、ずるりと焼けた皮が落ち、色鮮やかなピンクの肉が見えた。

それを見た瞬間、もう駄目だった。胃の中が空っぽになるまで吐いて吐いて吐いて、怖くて、悲しくて、辛くて、気持ち悪くて、村から逃げようとした。


──その時、視界の隅で折り重なる死体が揺れて。か細い声が聞こえた気がして。よろよろとその死体の山に駆けよった。

ゲロを吐きながらやけに綺麗な死体を掻き分けると、見覚えのある子供と目が合った。目が合う、と言うことはこの子供は生きている…!俺は慌ててその子供を抱き上げる。


「お前…村長のとこの、ルーカス…?」


利発そうな顔立ちの、赤髪の子供。

ルーカス、確か村長がそう呼んでいた。年がいってから出来た長男で、女ばかりの村長一家の跡継ぎだと大事に育てられていた子供。よくよく見ればこいつの上に折り重なっていた死体は、村長夫婦とその娘たちだ。

きっと、ルーカスを守るために、文字通り命をかけたのだろう。


「お前のこと、家族みんなが守ったんだな…。すげえよ、お前のとーちゃん達」


そう言って、泥で汚れたルーカスの頬を服の裾で拭う。状況が掴めていないのか、信じられないのか、ぼんやりしていたルーカスは、俺の言葉を聞いて藍色の目を瞬かせた。

そのまま視線を死体にずらし、頷く。


「…パパもママもねぇね達も、僕に生きてって、言ってた」


でも、どうやって?


ルーカスの言葉にガツン、と頭を殴られたような衝撃を受ける。

そうだよな。家も村も家族もいない。ただの子供がこんな世界でどうやって生きていけるのか。食べ物も寝るところも、教育も。空から降ってくるわけでもない。俺だって先が見通せないのに、更に小さなルーカスなら余計にだろう。


「……大丈夫、これからはお前のとーちゃんの代わりに俺が守るから」


ルーカスを抱く腕に力が入る。

俺もお前もひとりぼっち。でも、二人でなら、どうにかなるかもしれない。俺がこの世界に生まれた意味がお前を生かすことなのかもしれない。前世の記憶も、ルーカスのためなのかもしれない。

腕の中の小さな命が、無い無い尽くしの俺のたった一つの光のように感じた。



あれから10年。村を捨て、山を越えた隣の大きな街に居を構えた。街の人たちは最初こそ素っ気なかったが、村の惨状が伝わると憐れみからか手を差しのべてくれた。

その手をほどかれないように、俺は出来ることは何でもやった。街の人が嫌がる汚い仕事も、力仕事も何でも引き受けた。俺が頑張れば、ルーカスとの生活は安定する。


豊かでなくていい、二人で穏やかに過ごせればいい。ルーカスが健康に育ってくれればいい。そう思ってがむしゃらに駆け抜けた日々だった。


なのに。

教会から帰ってきたルーカスは修道女と騎士のような男を連れ帰って来て、開口一番に神託がくだったと宣ったのだ。

元は納屋のこの家に、椅子なんて四脚もない。修道女と騎士に座らせて、俺とルーカスは木箱の上に腰を掛けた。


「神託ってなんだよ。あれか?おとぎ話みたいな魔王を倒してって、お前、勇者にでも選ばれたわけ?」


そんなアホな話あるかって。笑いながらルーカスの背中を叩こうとして、手が止まる。

ルーカスが曇りなきその真剣な眼差しで、俺を見上げていたからだ。途端に俺の心臓は嫌な音を立て始める。腹の底に重たいものが渦巻く感覚。目の奥が熱くなる感覚。これは、恐怖か。


「なぁ、嘘だろ?流石に魔王討伐とかじゃないだろ?な?ただ、神官見習いに選ばれたとか、聖職者の見込みありとかそんなんだろ?ねぇ、お嬢さん?そうだろ?」


修道女は首を横に振ると、首から掛けたロザリオを両手で握りしめた。


「我らが主は魔王復活を予知しました。そしてそれに立ち向かう勇者はルーカス殿であると」

「アンタなに言ってるのかわかってんのか…!まだルーカスは15の子供だぞ!?そんな子供に神託だからって、危険なことをやらせるのか!」

「魔王が復活したら、多くの人々が死にます」

「大勢のためにルーカスに死ねって言うのか?この国には騎士団も冒険者も多くいる!なのにわざわざ子供を戦場に立たせるのか!」

「ルーカス殿を直ぐに戦わせるわけではありません。神託では魔王復活は3年後。今のうちに勇者としての力を育てるのです。そのために、彼には王都へ来てもらいます」

「……俺はルーカスを危険な目に会わせるために育てた訳じゃない!!!!」


20をとうに越えた大人だと言うのに怒声が止まらない。だっておかしいだろ。子供を危険な目に合わせるなんて、戦わせるために育てるなんて。ルーカスは神に都合のいい人形じゃないのに。

俺がこんなにも声を荒らげたのに修道女も騎士も微動だにしない。ただ、無表情に俺を見つめている。その不気味さに口を閉じると、修道女はルーカスに声をかけた。


「ルーカス殿はどう思いますか。この神託を受け入れますか」


ハッと隣のルーカスを見下ろす。

この10年でルーカスは精悍な顔つきの少年へと成長した。燃えるような赤い髪を願掛けだとひとつに結わえている。身長は俺より小さいが、村長は背の大きい男だったから、きっとまだまだ大きくなるのだろう。

でも、まだ15歳でどう見たって庇護されるべき子供だ。

勇者なんて未知の存在、きっと恐い筈だ。


「…神託を聞いたとき、だから、村を焼かれたとき僕は生き残ったんだなって思ったんです」

「は、」


ルーカスはまた俺を見上げた。藍色の瞳に、俺の顔が映る。凡庸で、絶望に満ち満ちた、俺の情けない顔が。


「トーマ、あの時、僕を助けてくれて、ここまで育ててくれてありがとう」

「ぁ、ちょっと、まって、嫌、いや、」


その言葉の先を聞きたくなくて、両手で耳を塞ぐ。ルーカスは俺のその両手を掴むと、綺麗な顔で笑った。


「僕、勇者になる。勇者になって、魔王を討伐するよ」


耳を塞いでも聞こえたその言葉に、身体の力が抜けてしまう。

俺からルーカスを奪わないで。ルーカスがいないと、俺は息も出来ないのに。


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