真佐江 1-8
「くくく……愚かな人間どもめ。貴様らにはほとほと愛想が尽きた。
貴様らを滅ぼし、この俺様が新たな世界を創世し直してやるわ!
我が名はアッシュ! 俺の名前をその愚かな頭に刻み込むがいい!!」
アッシュはなるべく冒険者たちがたくさんいるゾーンに出現し、手あたり次第ボコりまくった。
もちろん以前ゲットした呪いのブレスレットも引き続き装備しているので、間違って殺してしまう心配もない。
最強の左手は健在だが、左での攻撃は優介から指輪をもらった日から長き封印が施されているため、絶対に攻撃に使わないよう訓練されている。
左手より先に活躍するのは足だ。
足を攻撃で使用する頻度は、右手に比べて圧倒的に少ないため、ごく普通の冒険者レベルの攻撃力だ。
それはつまり右足と左足の経験値が増えていないことを意味する。
アッシュは拳に経験値が全振りされていた。
そもそも攻撃力やレベルのパロメーターが、左右の手足でバラバラに振り分けられるシステムだったというのが細かすぎて衝撃だった。
なんちゃってムエタイや、なんちゃってキックボクシングは、高校時代に河内や後輩につきあわされたおかげで少し覚えがある。
ひどい目にあった記憶しかないが、結果的に拳以外の攻撃選択肢が増えたので助かった。
人生何ごとも経験しておくといろんなところで役に立つものである。
作戦というほどのものではないが、学生時代と社会人経験の中で、人間たちのダークサイドを山ほど見てきた真佐江は、この状況を解決する方法を思いついた。
怒りの矛先が自分1人に集中するように、派手に立ち回ること。
ターゲットはモンスターではなく、アッシュただ一人。
そう認識させるのが目的だ。
善と悪のラベリング。
この世界の中で、アッシュという人間のみに悪のラベリングをさせることが目的だ。
今までモンスターの討伐隊だった人間たちは、あっさり攻撃対象をモンスター全般からアッシュ1名へと変更した。
もちろんアッシュがそうなるように仕向けた。
河内仕込みの挑発で相手を怒らせ、憎しみを自分一人に向けさせる。
「は! 貴様ら、その程度の強さで討伐隊? 笑わせんなよ。あんまり弱すぎて片腹が痛いぜ! むしろお前らの攻撃より腹が痛いほうが大ダメージかもな!」
なかには強いやつもいるので、申し訳ないがちょっと半殺しくらいの痛い目をみていただいたりした。
手加減するとこっちがやられてしまう。
自分が弱くてなめられてしまったら作戦が台無しだ。
ピンチになるほど挑発したり大口をたたいてしまうのは、偉大な先輩の真似をしてあやかろうという心理なのかもしれない。
河内の無敗伝説は、すごすぎてもはやギャグだった。
ピンチになりそうになると、河内が相手を挑発して怒らせて、逃げるに逃げられない状況に追い込まれて参った思い出がある。
『アンタ黙ってケンカできないんすかっ!?』とブチ切れたことがあったが、結局いま自分も同じようなことをしている。
(俺、まさかマゾなんだろうか……)
恐ろしい疑問が浮かび上がったが、余計なことを考えている余裕はないのですぐに頭の外へ追い出した。
河内を相手に戦わなきゃいけない状態よりは、こいつらを100人相手にするほうが何倍もマシだ。
アッシュは自分の顔に気合の張り手を食らわすと、ザコ敵たちに対峙した。