真佐江 1-12
完全にフリーズしている真佐江に、医師は優しく声をかける。
「実はこの前ね、野々原さんと同世代の患者さんが、吐き気がするっていうから吐き気止め処方したんだけど、実は妊娠してたってあとでわかってね。
ほら、今は野々原さんの年代でも子供できる人の割合、増えてるし。
でね? 念のためきくけど、野々原さんは心当たりない?」
フリーズした真佐江は、頭の中でゆっくりと医師の言葉を反芻した。
……妊娠?
閉経じゃなくて?
妊娠の心当たりなんて、そんなんあるわけ――……。
……あ?
…………れ?
…………あ……った。
うわ! あった!
おわ――――っ! あったよ!
3ヶ月前の誕生日に、優くんからフラッシュライトをプレゼントしてもらって、その後二人で珍しくそういうところでそういうことをそういう感じで、あんなこととかこんなこととかを、それこそそういう感じで致してました――――っ!
真佐江の鼓動が爆速で鳴り始める。
(だってさ! さんざん二人目を作ろうと思ったときにさ! もう3日おきとかのペースでしまくって子供ができなかったわけだしさ! そりゃあもうどっちかが原因の不妊だって思うじゃん!
美緒を授かったのはもうただの超ラッキーなまぐれみたいなもんで、もう二度とそんな奇跡なんか起きないって思っちゃうじゃん! だってできないんだもん!
でさ! 不妊ってことはさ! することしても妊娠しないわけなんだからさ! 夫婦でするときにいちいちそういうのを装備する必要がないってことじゃん! つけずにしたってОKって思うのが普通じゃん! ねえそうでしょ! そういうことでしょ!
え? どういうこと? 誰か説明してっ!)
「うん。じゃあどっちだったとしても大丈夫な薬出しておくから、早めに調べておこうね。この近くにドラッグストアもあるから」
真佐江の顔色でいろいろ察した医師は、穏やかな口調でそう締めくくったのであった。
・・・
真佐江は一人、公園のベンチに座っていた。
頭の中が真っ白だった。
結果は――――陽性。
誕生日のときに致した結果、ご降臨されたのは間違いなかった。
子供は二人以上欲しかった。
自分が3人兄弟だったのもあり、にぎやかな方が楽しいと思っていた。
だけど――……。
突然叶った願いは、嬉しさよりも、困惑と不安を連れてきた。
子供を望んでいた時期からすでに10年以上の月日が経過していたからだ。
ホルモンバランスは長年の仕事のストレスにより乱れまくっていた。
自然妊娠は難しいと、過去に婦人科の医師にも告げられ、泣く泣く受け入れるより他はなかった。
実際に年単位妊活した結果、全く成果がなかったのだから。
不妊治療は仕事と両立できずに、すぐに諦めた。
ストレス発散ができるようになって、まさか妊娠能力が復活していたなんて思いもよらない出来事だった。
(またここから出産と育児……?
いま私が40歳。60歳になってこの子が二十歳。ギリギリ学費の捻出までは働いていられる。
でも産休とって、復帰後のフルタイムは……正直もうできない。美緒の時は若いから耐えられたけど、今はもう無理だ。
親父も母さんも死んじゃったから、実家も頼れないし……。
ああでも美緒の高校の学費とか、大学とか……ああ、どうしよう……!)
スマホを出し、夫の優介に連絡しようと思い、また考え直してスマホをしまう。
5分も経たずにまたスマホを取り出し、またしまう。
スマホを持っている手が震えていた。
喜びたかった。
だけど本当に喜んでいいのか分からなかった。
怖かった。
(優くん……どんな反応するんだろう。美緒になんて言えばいいんだろう)
真佐江の目には涙が浮かんでいた。
to be continued……
NEXT 2章 美緒
▶ 続ける
セーブする