恋文に魅せられて
「春夏冬、まだ田中は教科書をもらってないから見せてあげなさい」
「はい」
先生に言われ、僕は歴史の教科書を彼女と僕の机の間に置いた。
「ありがとう。春夏冬くん」
彼女は、この中学に突然転校してきた。
父親の転勤が多く、仕事の都合でこの街にやってきたらしい。
「アキナシって、珍しい苗字だね」
「ん? あぁ……」
僕は曖昧な返事をした。
この手の話には、もう飽きているのだ。
日本には四季がある。なのに僕の名前には秋がない。そして僕は秋生まれ。
なんだか皮肉なもんだ。
「春夏冬信宏くん……」
彼女は、僕の教科書に書いてある名前を見つめていた。
「僕は、あんまり好きじゃないな。この名前」
「そうなの?」
「だって、秋がないんだぜ? それに信宏って……。僕の家は、何故か男が生まれると、この『信』の字をつけるんだよ」
「へぇー、そうなんだ」
「父さんは克信。じいちゃんは信作。足利家や徳川家でもないのに、何を代々と……」
「なんか、いいね」
彼女は、嬉しそうに微笑んだ。
そんなある日のこと。
「春夏冬くん、見せたいものがあるの」
「へっ?」
「うちにね、古い手紙があって」
「うわっ、何これ。読めねぇ……」
彼女が僕の前に出したのは、いかにも歴史書物にあるような文字が並ぶ手紙だった。
「うちのおじいちゃんがね、これを読解したのよ。それがこれ」
× × ×
まっしろな想いがそこに
色付かない、その方がいい
まっしろな想いがそこに
変わらない、その方がいい
でも、わたしは色付いてしまった
そう、あなたに色付いてしまった
紅葉が綺麗ですね
秋は心の中にある
この想いが、いつか届く
そう信じて
× × ×
「え、何これ!?」
「ご先祖様が、想い人に渡せなかった恋文」
「こ、恋文!?」
「きっと、当時は叶わなかった恋」
「そっか」
「春夏冬くん、秋は心の中にあるんだよ」
「!!」
歴史は誰にでもある。
何も、教科書に出てくる偉人にだけある特別なものではない。
そこには、確かに彼女の先祖の歴史があった。
「ねぇ、なんでうちの家って、男には『信』の字がついてるの?」
これまで理由を知らなかった僕は、父に尋ねた。
「あぁ、なんでだろうな? でも、ある人にいつかめぐり合うためだって聞いたことがある」
「えっ?」
「ほら、うちは珍しい苗字だろ? 代々、同じ字を名前につければ、時代がめぐっても、いつか見つけてもらえるからって」
「なんだよそれ」
「ご先祖様は、きっと信じてたんだよ。なんだかロマンチストだよな?」
「くはっ……!?」
校庭にある、色付いたモミジの葉がひらりと葉を落とした。
彼女がそれを手に取り、嬉しそうに微笑んでいる。
人肌恋しいこの季節、秋はどこか寂しくて、別れを感じさせてしまう。
でも、季節はまためぐる。
僕らにもきっと、春が来る。