千年前の世界から(2)
でも、だとしても、それほどの歳月生きて、ひとしきり絶望したあとでも、こんなふうに「人を救え」と言えるだろうか?
ラウトに対しても、多分、色々思うところはあるはずなのに、今の方がいいって、戦わせないでほしいって、どうしてそんなことが言えるのだろう。
「デュラハンさんは、今まで……いや、ええと……どうして、そんなに前向きでいられるんですか……?」
「ん?」
「い、色々、つらいことの方が多かったように、聞こえて」
だって故郷も、全部、なにもかも。
俺だって前世のこと、できるだけ考えないようにしながら生きている。
でもそれだけ時間があって、孤独だったのなら、考えないわけにはいかないし絶望しないわけがないじゃないか。
俺は今も考えたら、叫びたくなる。
前世の両親に申し訳ないのと、どうか両親に、自分を責めないでほしいし。
俺にぶつかったキックボードに乗ってた奴も、轢いた車の運転手も、殺したいほど憎い。
でもそいつらに復讐することもできない。
やるせない。許せない。
そういうの全部、どうしたらいいのか。
「——お前は感受性が優れているのか。すごいな」
「う」
ぽん、と頭を大人の男の手が撫でる。
優しい声色。
俺なら、前世の事故ときちんと向き合って、その上でこんなに優しくなれるだろうか。
昔のことだ。
どうすることもできないからと見ないふりをしながら、割り切ったつもりでいるけれど。
本当に自分が割り切れているのかわからない。
向き合ったら正気を失いそうだから、そう思うことにしているだけで。
「そうだな。性分なんだろう」
「性分」
「考えることを止めることができない。思考することが好きなんだ。戦争を経験して、人が容易く死ぬのも裏切るのもたくさん見てしまって、より一層、自分が最初に掲げた想いは間違っていなかったと思った。救える力があるのなら、救わなければ」
「あ、相手が襲ってきても?」
「戦っても救えるのだと、仲間が教えてくれた」
仲間。
見上げると、やっぱり綺麗に笑っていた。
「少なくともラウトはあの日、機体を破壊されて、戦う術を失って、ようやく救われたように見える。今、笑っているのだから」
「あ……」
「四号機の登録者に……彼に見せてやりたい。俺やラウトと同じように生きているのだろうか……。記憶を失っていてもいいから、見せてやりたいものだな。あまり親しくない俺が先に見てしまったのは少し申し訳ないくらいだ」
五号機は、破壊されている。
でも、ギア・フィーネは時間が経つと再生するって都市伝説があるんだよな。
もしも、その都市伝説が本当なら、五号機は復活しているかもしれない。
見つけても、ラウトを乗せないでほしいっていうのは、きっとそういう意味。
「……石晶巨兵は」
「ん?」
「この世界を戦争に、千年前のように、してしまう、かもしれない、んでしょうか」
開発を、やめた方がいいのだろうか?
デュラハンに教わった晶魔獣使役の首輪のような、別な方向の魔道具を開発した方がいいのだろうか。
ラウトやデュラハンのような、戦争の被害者を産まないために。
「ダイナマイトの話を知っているか?」
「は、はい? はい?」
「ダイナマイトは元々、岩盤を掘る者たちの苦労を減らすために開発された。それを戦争に転用した者がいる」
「……戦争に使うやつが、悪い?」
「ギア・フィーネも同じだと俺は思っている」
思わずデュラハンを凝視した。
だって確実に武装してるし、兵器として以外のなにに使えっつーんだってくらいのもんばっか積んでるじゃん!
「ギア・フィーネの製作者、王苑寺ギアンは人類にギア・フィーネを捨てさせたかった。あの男は捻くれ者だし、間違いなく人でなしだが、俺にはあの最低最悪のゲス野郎がそれを見たがっていたように思う」
「げ、ゲス野郎…………っていうか、製作者、わかってたんですか!?」
「大和生まれの天才技術者だ。突き止めたのは三号機の登録者だな。……彼はギアンの人格データを移植されて、半ばあの男と融合状態になっていたよ」
「……っ!」
ちなみに三号機の登録者が、ジェラルドにとてもよく似ている人、らしい。
デュラハンは「多分彼の身内の子孫だろう」とケロッと言っているが、微妙な気持ちになるな。
「三号機の登録者は一号機の最初の登録者と同じくらい、幼く、戦いに向かない性格をしていた。生き延びるために無理矢理人格を移植されたらしい」
「えええ」
「一号機の最初の登録者と三号機の登録者がギア・フィーネの登録者になったのは6歳と7歳の時だと聞いている」
「えええええっ」
待って待って、理解が追いつかない!
一号機の最初の登録者って、毒を投与されたと聞いてますけど!
それを言うと、またサラリと「らしいな」と肯定される。
世界が! クソすぎませんかねえええぇ!?
「え、う、うそ、ク、クソすぎる……え? 6歳の子どもに毒を……?」
「ちなみに初代は女の子だったそうだ」
「クソすぎる〜〜〜〜! そんなことが許されていいんですかねぇ!?」
「俺も初めて聞いた時は頭を抱えたな。自国のことながらラウトが捻くれたのもそういうところが悪いからだぞ、っと」
「っ、っ、っ」
腐り切っていたのは把握しました。
「だから俺は、なにもかも全部、ラウトが悪いとは思わない」
「——」
「始まりのギア・フィーネ一号機、当時の名はインクリミネイト。人を罪に陥れる者の名を持つあの機体が、『凄惨の一時間』で町一つ消し飛ばしたのも、俺は否定も肯定もしない」
誰も正しくない。
誰も間違えていない。
その人の選択を、尊重する。
だからこそ理不尽で、悲しい結末も当たり前のこととして受け止める。
「…………」
石晶巨兵が、戦争に利用されたら?
俺は、どうする?
そもそも利用できないようにする?
それとも?
ギア・フィーネも同じ。
ギア・フィーネの製作者が見たかったもの。
人類にギア・フィーネを、捨てさせたかった?
俺が見たいのは?
俺が見たいのは——
「あ」
「どうした?」
「デュラハンさん……俺、もしかしたらわかったかもしれない……」
明日遅刻してもいい。
俺は俺の見たい世界のために、石晶巨兵で土の大地を取り戻す。
小ネタ
ジェラルド「ラウト、晶魔獣に乗るの上手だね〜」
ラウト「みんなすごく言うこと聞いてくれる〜。たのしー!」
トニス(この二人、晶魔獣に乗るの上手すぎるっていうか、晶魔獣が絶対服従してるんだけど、首輪の効果以外になんかあんのかね?)