千年前の世界から(1)
「……どうか、もう二度と、あの子を戦いの場に連れて行かないでほしい。もしもブレイクナイトゼロを見つけたら、俺のところへ持ってきてくれ。ラウトには絶対に見せないでほしい」
「ブレイクナイトゼロ……?」
なんだその厨二病みたいな名前は。
デュラハン曰く、ギア・フィーネ五号機の名前だという。
厨二心をくすぐる名前だなぁ!
「純白と金の重装備騎士型の機体だ。それがラウトのギア・フィーネ」
「五号機、ですか」
「そうだ。近接型高出力重装備騎兵。全ギア・フィーネの近接戦ではもっとも厄介だろう。動きは遅いが出力が高くて手に負えない。胸部の荷電粒子砲はサルヴェイションの電磁砲よりも威力が高い」
「……っ!」
それ、色んなロボアニメで一番威力がやばいやつでは?
そ、そんなのまで撃てんの、ギア・フィーネ!?
名前厨二病くさいとか言ってごめんなさい!?
「ラウトを二度と乗せないでほしい! あの子はあのままの方が、きっと幸せだ」
「……わ、かりました。俺も……ラウトは思い出したくないと言ってましたし、その方がいいと思ってます」
「っ、よろしく頼む」
本気で心配しているんだな。
やっぱり——。
「登録者同士だから、ですか?」
「それもある。だが、俺とラウトは同郷でな」
「! アスメジスア基国……?」
「知っているのか。サルヴェイションに聞いたのか? ああ、ラウトは第二軍事主要都市所属。俺は第四軍事主要都市ベイギルート所属だった。生まれは第五軍事主要都市アトバテントスだが」
「え、じゃあ……味方、だったんですか? サルヴェイションは……」
サルヴェイション——ギア・フィーネが世界に初めて現れたのは、アスメジスア基国第二軍事主要都市メイゼア。
同じ国なら仲間だったんじゃないのか?
友好的な関係じゃないって、なんで?
「それは——かなりややこしいのだが、国外との戦争の激化に伴い、国内が弱った隙をついて内戦が勃発してな……」
「ええ……」
「メイゼアは王室派だったが、ラウト自身はベイギルートの都市総司令官、俺の当時の上司は反王室派筆頭だったんだ。ラウトはそれに同調していてな」
「えええええ……」
や、ややこしいいいいぃーーー!
「俺は伯父が第五軍事主要都市アトバテントスの都市総司令官で、実家は侯爵家だった。王家派だったこともあり、内戦勃発の時は捕まって刑務所に入れられていてな」
「おおううぅ……!」
「その時にサルヴェイションに登録者として選ばれた。戦争も終盤に差しかかっていたから、ほとんどなにもできなかったに等しい。あまりにも、周りはすべて敵。俺が最後に身を寄せたのは、どこにも所属せず、その混乱の中心——AIウイルス『クイーン』を破壊することを目的とした『ジークフリート』という集団のもとだった」
「っ!」
コンピューターウイルス『クイーン』!
ここで名前を聞くことになるなんて。
世界中を戦火に落としたのは、そのAIとウイルスだったのか。
当時の人類はそれを知っていたのに、感情を優先させて、滅亡の一途を辿った。
「アスメジスア基国と王室が滅んだあとも、ラウトと五号機は破壊行為を止めることはなかった。四号機の登録者はラウトと少し親しかったらしく、ラウトのことは彼に任せきりにしてしまったが……」
「ギア・フィーネ同士で、戦ったんですか……」
こくり、と肯定される。
背筋がゾワッとした。
装備一覧見ただけで、使うことに恐怖を覚えるのに、それが平然と使われたし、ぶつかり合ったと思うと。
「近接型のブレイクナイトゼロと戦えるのが、同じ近接格闘型の四号機しかいなかった、というのもある」
「サルヴェイションはなんであそこに?」
「よく覚えていないんだ。五号機と四号機の勝敗が決したあと、機体を失ったラウトを保護しようとサルヴェイションから降りたのは覚えている。そのあと、ラウトを狙ったミサイルが目の前に落ちたのも」
「え」
死にません?
慌てて聞こうとした言葉を飲む。
死んだはずだったと、この人は言っていた。
「なぜか目を覚ましたんだ。身体中バラバラになった痕を、結晶した部分が繋いで、俺は生きている。生きていると言っていいのかわからないが……今まで活動は続けられている。飲み食いも睡眠も必要ない、老いることも、死ぬこともなく」
「…………」
じゃあ、やっぱり……ラウトがサルヴェイションのすぐ側にいたのは、サルヴェイションがラウトを守ったから。
「あの、結晶化した大地……結晶病の起こりについては……知っていますか?」
「残念ながら俺が目覚めた時には世界の半分近くがすでに結晶化していた。自分がどれほど眠っていたのか、どれほど彷徨っていたのかもよくわからない」
「そ、そうですか……」
でも、やっぱり少なくとも戦争中ではないんだな。
戦争が終わってから——なにかがあった。
デュラハンは千年間、彷徨いながら生きてきたのか。
なにもかも、本当になにもかも全部失ってるのに……この人は、どうして絶望しないのだろうか。
それとも、もうひとしきり絶望したあと、なのかもしれない。