一目惚れ(1)
「よくお似合いです、ヒューバート様」
「ええ、きっと婚約者候補のお嬢様もときめきますわ」
「そ、そうなるように努めるよ」
——翌朝、メイドたちが俺を綺麗に洗って仕立てた衣装を着せてくれた。
服を着せてもらうって、未だに慣れない。
約束は午後からなのだが、ハヴェルが気を利かせて午前中の授業を潰し、準備に充ててくれた。
理由は簡単、聖殿が時間を守るとは思えないからだ。
だって夜遅くに——普通なら寝ている時間に、だ——今日の予定を無理矢理ねじ込んでくるんだから。
そうしたら案の定。
「大変です! ヒューバート様の婚約者候補の方が、今お着きに——あれ?」
「もんだいない。すぐに庭に通してあげてくれ。おれもすぐに向かおう」
「は、はい!」
血相を変えて飛び込んできたメイドが、準備万端な俺の姿を見てキョトンとする。
ハヴェルの思っていた通り、王家に恥をかかせたくて仕方ないみたいだな、聖殿は。
こんな非常識な真似をして、王家が困るのを楽しんでるのだろう。
漫画のヒューバートは年相応の子どもだったと思うから、きっとこんなふうにされたら腹が立って仕方なかっただろうなぁ。
まあ、俺は気にしないけど。
正直なところ、レナは『救国聖女は〜』の漫画を読んでた頃から可愛くて好きだったし、会うの楽しみなんだよな。
婚約破棄しなくていいなら、普通にお付き合いをして結婚してもいいってことだし?
問題は婚約破棄ものにありがちな「婚約破棄したけど元々愛し合ってなかった」パターンだったことだ……!
レナの多忙さで漫画のヒューバートとレナは愛を育む暇もなかった。
婚約破棄を避けるためにも、レナに国から出ていかれないためにも、これは課題だろう。
まあ、まずは第一印象。
出会いのシーンからだ!
「お待たせしました」
さすが父の側近ハヴェル。
庭にはテーブルとケーキセットが用意してある。
昨日の今日で、面会に十分な準備を終わらせているなんて優秀!
きっと使用人のみんなが頑張ってくれたんだろうな……。
この頑張りを無駄にしないためにも、レナに俺を好きになって貰わなければ!
死にたくないので!!
「あ……」
「…………!」
俺は油断していた。
そもそも『救国聖女〜』は前世でお気に入りの漫画だったのだ。
なぜなら主人公のレナが健気で可愛かったから。
俺が令嬢ものや聖女ものなどの女性向けを好んで読んでたのも、女の子可愛い、っていう気持ちからだ。
リアルの彼女はほしいけど、現実にこんな健気で可愛い女の子存在するわけがねぇ、という諦めが大きかった。
だって俺の前世の名前陽夢浪だぜ?
このキラキラネームを女の子に呼ばれる度に、母さんの好きな芸能人の顔が頭をよぎるんだ。
名前の由来を知った女の子だって、俺と同じく「あの芸能人」が浮かぶようになる。
でも、今の俺は陽夢浪じゃなくてヒューバート。
そして俺の名前を笑わない、現実には存在しない健気で可愛い女の子——。
レナ・ヘムズリー。
漫画で見た時とは違う、幼い女の子。
清楚な白菫色の髪は肩より少し短い。左右に編み込まれ、花のカチューシャで留めてある。
澄んだ空のような薄花色の瞳。
儚げな白い肌と、薄い桃色の唇。
シンプルな白のワンピースには、レース一つない。
だが、それがなおさら彼女の華奢で清楚な肢体を際立たせている。
そう、シンプルに——。
「か、かわいい!」
この世にこんな可愛い生き物が存在するものなのか!?
やはり二次元……二次元は三次元を凌駕する……!!
え、まってかわいい。
冗談抜きでかわいい。
かわいいの権化?
かわいいの具現化?
現実にこんなかわいい女の子存在する?
こんなかわいい女の子実在するぅ!?
ヤバい、想像を軽率に軽々超えられて動揺を隠せない。
「で、殿下、全部声に出ておりますよ」
「だって、え? 待って、俺この子、え、かわいい! これは妖精? じつざいのじんぶつ? げんじつ? かわいすぎない!?」
「殿下、落ち着いてください。全部声に出ておりますから!」
隣のメイドに気がつけば話しかけており、彼女含め全員に生温かくて困ったような笑みを向けられていた。
ヤバ、はしゃぎすぎた。
こほん、と咳払いして胸に片手を当てる。
落ち着け、そうだ落ち着くんだ、俺。
第一印象、第一印象!
「初めまして、レナ・ヘムズリー嬢。おれはヒューバート・ルオートニス。この度はご足労ありがとうございます」
王子としてはかなり謙った対応だろう。
だが、レナは一応聖殿側の人物だ。
今回の無茶振りも聖殿側としては王家を貶める意味もある。
そんな中で俺がこんなに下手に出れば、レナは萎縮してしまう。
それが狙いだ。
昨日一晩考えて、王家と聖殿の力関係、次期聖女として、王族の婚約者として、現状を理解してもらいたい。
そんなことしなくても、レナは聖殿からの要求を突っぱねるだろうけど——だって漫画ではそうだったし——俺の目的は彼女との円満な婚約者生活と結婚!
ルオートニス王国から出て行ってもらっては困るので!
仲良くしたいわけですよ! すごく!
聖殿の要求を突っぱねたあとのレナは居場所を失う。
俺はそれを逆手に彼女を庇護すればいい。
無論、こんな弱っちい王家の権威では限度があるとは思うけど。
重要なのは『次期聖女』を俺の味方につけること!