誕生日パーティー(3)
レオナルドと同い年の妹もいるが、女の子ということで実家にいるそうだ。
ではなく、まあ、そのマリヤさんの話。
数ヶ月前にメリリア妃が癇癪を起こして、物に当たっていたところ、ぶん投げたものが顔に当たって瞼から眉毛の上まで切れてしまったらしい。
女性にとって顔の怪我は致命的で、治癒魔法でも傷跡が残ってしまったという。
彼女はショックで辞めてしまい、レオナルドはそれを知らずに「マリヤはいつ戻ってくるの?」と周りに聞き続けて最近やっとその事実を後任に教えてもらった。
レオナルドは激怒した。
それこそ、これまでの母への不平不満が大爆発するほどに。
誰にも言わず乳母の実家に向かい、彼女に会いに行くほどに。
ええ……行動力ありすぎる11歳……。
「その時、マリヤから兄上が何年も僕に手紙を送ってくれていたことを知りました。マリヤが全部取っていてくれたのです」
「そんな気はしていたけど、本当にレオナルドの手元に届いていなかったんだな」
「はい。一通も届いたことはありません」
ゲスゥ……。
そういう教育方針なんでしょうけれどもー。
レオナルドも、俺が毎月送っていた数年分の手紙の束を受け取るまで、「ヒューバート兄上はレオナルドのことを嫌い」なのだと思い込んでいたらしい。
そんな気はしていたけれど、なにかにつけて「ヒューバートがレオナルドの誕生日パーティーの出席を断った」とか「ヒューバートはレオナルドをお茶会に招待してくれなかった」と吹き込んでいたからだ。
でも、それもこれも全部、侍女たちのところで堰き止めていた手紙の束がメリリア妃の嘘だと証明してくれた。
それを読んだ時のレオナルドの心情たるや……。
歪み切った怒りの表情ですべてが物語っているというか。
「そうか。でもまあ、俺としてはレオナルドが病気もせず元気でいてくれて本当によかったよ。忙しさにかまけて無理に会いに行くこともしなかったし、手紙しか出せなくてごめんな」
「と、とんでもありません! 悪いのはマリヤたちに手紙を捨てるよう言っていた母です。マリヤもマリヤの前任も、みんな兄上の手紙に会えない旨の返事を書くことを、いつも心苦しく思っていたと言っていました」
そうか、そうか……。
それで一通も処分せず、メリリア妃の命令に逆らって保管しておいてくれたんだな。
やさしい……。
「兄上は、許してくださるのですか? 今まで会いにこなかった僕を」
「子どもだったのだから仕方ない。今だって子どもだけど、お互い。それに、今日だって無理して来たのだろう?」
メリリア妃がレオナルドを俺の誕生日パーティーに喜び勇んで送り出すとは、到底思えないしなぁ。
そう言えばコクリ、と苦い顔で頷かれる。
ほらやっぱりー。
「ランディに頼んで、協力してもらったのです」
「ランディ?」
「はい。レオナルド殿下に乞われて、日時や開催場所、ルートなどをお教えしました。ただ、本当にお一人で来られるかはわからず、ご報告は控えておりました」
ああ、事前に言って来なかったら、俺がめちゃくちゃへこむの目に見えてるからか。
ランディってば俺のことわかってらっしゃる〜。
それにしても兄の誕生日パーティーにお忍びで参加しなければならないって……王族って本当変な存在だなぁ。
「……本当にお優しいのですね」
「ん?」
「僕は、本当に……なにも知らなくて……」
「これからは外のこともたくさん学んでいけばいい。来年から学院だろう? 学院で会う機会もきっと増える。そうだ、昼ご飯は一緒に食べよう。あ! 父上とも会っていくといい。父上もレオナルドに全然会えない、としょんぼりしていたぞ。このパーティーにはランディの両親も来ているから、挨拶するといい! レオナルドには伯父と伯母にあたる人たちだから、きっと力になってくれる」
なによりランディの両親はアダムス侯爵家一族内だと、王家派なんだそうだ。
家の中で個人が推し派閥を持ってるって聞いた時は「へー」ってなったもんだけど。
ちなみにランディのお兄さんたちは中立派。
今日のパーティーにも招いているので、レオナルドが会いに行ったらうっかり王家派になってくれないかなぁ、という打算もあったりなかったり……へへへ。
「…………うっ」
「おあーーーーー!? レオナルド!?」
泣いたぁ!?
なんでなんでなんで!?
俺なんか泣かすようなこと言ったぁ!?
「……僕、僕は……マリヤが、大好きで」
「え? うん?」
ああ、乳母の子どもってきょうだいみたいなものだから、大好きになるよなー、わかるー!
俺もジェラルド大好き。
思わず後ろに立って控えていたジェラルドを見上げてへら……と笑いかけてしまう。
ジェラルドもにへっと笑い返してくれるけど。
「しょうらい、けっこんしたいっておもってでっ」
「お、おう?」
様子が変わったぞ。
様子というか事情が。
え、レオナルドの言う侍女マリヤって確か乳母の同い年の娘のお姉さんの方だよな?
「いなくなっで、ざみじぐで……」
かなりグズグズになってきたのでハンカチを渡す。
うんうん、と聞きながら、レオナルドの人生はよほど狭くて孤独だったのだろうと思う。
侍女と将来結婚すると思ってるほどだ。
家族と呼べるのが、侍女たちだけだったのかもしれない。