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side メリリア

 

「えええい! 忌々しい、ヒューバートめ!」


 ガシャーン、と花瓶が割れ、侍女たちは身を震わせながら俯き続けた。

 ここは後宮西にある、メリリア・ルオートニス第二王妃の部屋。

 手当たり次第に物を投げ、踏みつけ、地団駄を踏みヒステリックに叫ぶ。

 それもこれも、正妃ヒュリーの子、ヒューバートがことごとくメリリアの思惑を邪魔するからだ。


(忌々しい、本当忌々しいわ! あのクソガキ! せっかくわざわざセドルコ帝国の『羊の返り血』に依頼したのに、全然死なないじゃない! 役立たず! っていうか、結晶化した大地(クリステルエリア)に放り出されて生還ってなによ! ありえないわよ!)


 肩で息をしながら、扇子を床に叩きつけて踏み潰す。

 メリリアは元々由緒正しいこの国の貴族、アダムス侯爵家の次女。

 その愛らしい容姿と、狡猾な性格で姉をこき下ろしにして家の中で甘やかされて育った。

 ——実の両親を除いて。

 アダムス侯爵夫妻は、表向き聖殿派の有力貴族である。

「金は出すけど口は出さない」都合のよい貴族として聖殿に重宝されているアダムス侯爵家。

 その実情は、家の中で聖殿派と中立派、王家派にきっちり分かれていた。

 祖父母と使用人にちやほやされるためなら実の姉をこき下ろすメリリアは、その生活のために自動的に祖父母と同じ聖殿派。

 両親は王家派で、甥や親戚は中立が多い。

 普通、家として派閥の表明をするものだが、大きな家であるからこその弊害と言える。

 だからだろうか、両親は姉ばかりを可愛がっていた。

 両親に言わせれば「分け隔てなく愛している」とのことだが、絶対に嘘だ。

 美しくて可愛いメリリアを贔屓しない時点で、あり得ない。

 それどころか「歳を取れば、お前の自慢の見目の美しさは色褪せる。内面から美しくあろうとしなければ」と説教をするのだ。忌々しい。


(そうよ、悪いのは全部全部お姉様! ルディエルを奪って、わたくしを後宮に押しつけた!)


 姉の婿、ルディエルは姉に「一目惚れをしました。なんでもするので結婚させてください!」と突然家に押しかけてきた、子爵家の青年。

 当然家格が釣り合わない。

 けれど、両親は彼を家に客として招き、姉と婚約させるために「宰相になること」を条件に徹底的に教育を施した。

 なんと、その厳しい教育を彼はやり遂げる。

 そのひたむきな姿にメリリアも心を寄せ、祖父母が他界した頃には、彼は城に召し上げられて働くようになっていた。

 傾きかけていた王家、そして国王は努力で能力を押し上げたルディエルを宰相に据えることを許し、晴れて姉とルディエルは結婚。

 そのことに恩義を感じた姉とルディエルは、今やすっかり王家派である。

 メリリアが何度も寝室にルディエルを誘っても、彼はメリリアの部屋を訪れることはなかった。

 それどころか、両親がメリリアを叱咤する。

 そう、思えばあの時の叱咤に反発したのがケチのつけ始め。

 うっかり「ルディエルをくれないんだったら、わたくしを王妃にしてよ!」と言ってしまったのだ。

 社交界に出ても引く手数多の美女だったメリリアを、こともあろうに落ち目の次期国王の第二妃に推薦した両親。

 すでにヒュリーと婚約し、間もなく結婚、というディルレッドは宰相の義理の妹ということで快く受け入れてくれた。

 世継ぎはいつでも、国の重要な問題。

 言い出したのはメリリアであったし、ディルレッドは美しい男だった。

 第二妃というところが気に入らないが、自分の魅力でディルレッドを虜にしてしまえばその座も容易く手に入るだろう——。

 それになにより、第二妃とはいえ周りが羨み、誉めそやしてくれることは気分がよかったのだ。

 安易に考え、輿入れし、初夜でレオナルドを授かる。

 だが、その初夜で——メリリアが純潔ではないと知られたのだ。

 ディルレッドはすでにヒュリーと子を持っていた。

 ヒューバートだ。

 その事実と、正妃の子ということで、ヒューバートが優遇され、レオナルドは冷遇された。

 実際には、ディルレッドの態度から、レオナルドが冷遇されると思い込んだメリリアが、西の棟にしまい込んだのだ。

 子どもなどに興味のないメリリアは、子育てすべてを侍女たち任せパーティー三昧。

 そこで幸せそうな我が子自慢をする姉夫婦と再会した。

 レオナルドの話し相手として、姉夫婦の末の子を城にほしいとねだり、奪い取ったのがランディ。

 あのランディがヒューバートを懐柔し、無能にすればそれでよし。

 最悪ランディを使ってヒューバートを殺してしまえば次期王は自動的にレオナルドのもの。

 そうたかを括っていたのに。


「どうしたらいいのかしら? ねぇ?」

「ひっ」


 振り返る。

 侍女たちが肩を震わせ、ますます俯いた。

 中には涙を浮かべる者まで。


「お、恐れながら」

「なにかしら?」


 そんな中、果敢にも震える手を挙げた者がいた。

 彼女はヒューバートからの手紙を読みもしないメリリアの代わりに、代理でお断りの手紙を書いていた者だ。

 ある意味、ヒューバートと直接やりとりをしている者である。


「レオナルド殿下は来年から学院でございます……学院の成績で、ヒューバート様を圧倒なされば、その、支持者も増えるのではと……」

「馬鹿言わないで! 成績を上回ったぐらいで陸竜討伐や、結晶化した大地(クリステルエリア)から遺物を持ち帰った功績を上回れるわけないでしょう! もっと使えること言いなさいよクビにするわよ!」

「ひぃ!」

「きゃあ!」


 近くにあった刺繍枠を掴み、投げつける。

 発言した侍女の顔に当たり、彼女は蹲って呻いた。

 額から血が流れる。

 他の侍女が彼女の肩を抱き締めたり、ハンカチで額の怪我を押さえたりするのを見るのも腹が立つ。

 だが、口にしたことではっきりと理解した。

 レオナルドを王にして、ルディエルを手に入れるには邪魔者(ヒューバート)を殺すしかない。


(わたくし一人では殺しきれないなら、聖殿を巻き込みましょうか。……ヒューバート、絶対に殺してやるからね)



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― 新着の感想 ―
[一言] 絶滅するその瞬間まで派閥争いを続けるだろう、なんて言われる人間の本質を体現してるような
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