創世神再誕(3)
『…………』
『いいよ、行って。データはもらっているし、こいつらが出した答えは俺の想定を上回っている。お前がいなくても、新たに生まれた創世神が成長すればこの世界はもう大丈夫。成長もそれほど時間はかからない。半年ほどで千年前のレベルまで戻るだろう』
『ギアン……。……たとえあなたが人間性のかけらもない、非人道的の言葉が人の形を取った存在のようだとしても——』
……結構ボロクソおっしゃるな……?
『それでもこの千年、僕とともに世界を維持してきた愛情は尊敬します。……僕、本当に外へ戻っても大丈夫ですか……?』
『いいよ』
『……嫌いですけど、今までありがとうございました。嫌いですけど、感謝は本当にしています。嫌いですけど』
『知ってるよ』
するり、とクレアがギアンの隣から離れて俺の側へとやってくる。
何度か振り返りながら、俺の手に手を重ねてくれた。
十代前半の、幼い容姿のクレア。
千年間世界を支えてくれた、世界の恩人。
——あと、一応、ギアンも。
「俺もお前のこと嫌いだけど、感謝するね」
『要らないよ。好きでやったことだからな』
目を閉じて祈る。
自分の体のほとんどを、すべて置き去りにするように。
ナルミさんとファントムがサポートしてくれるから、重い殻を脱ぐようにするんと抜けられた。
様々な色が混じり、光り輝く塊。
これが新たなる創世神。
『人格のインストールが終われば、稼働を開始する。あとのことはギアンに任せればいい。お前たちは帰ってこい』
「うん。じゃあ……世界をよろしく、ギアン」
『ああ。そちらこそ、地上でバカな真似はしてくれるなよ。せっかく新しく作ったのに、すぐに壊れるなんてもう面倒見切れない。俺がギア・フィーネを造ったのは、ギア・フィーネを世界のために使わせるためなのだから』
「知ってるよ」
ディアスの言う通り、王苑寺ギアンはギア・フィーネを捨てさせるために造ったのだ。
世界のために、使い捨てさせるために。
ギア・フィーネをこの世界に生み出してくれたことも、感謝してもいいかもしれない。
ギア・フィーネのおかげで俺とレナは生き延びた。
石晶巨兵もギア・フィーネのデータが役立ったし、たくさんのものを守ってこれた。
これからも——。
「地上は任せろ。俺が生きてる間は絶対戦争させないし、ギア・フィーネをもう悪用させない」
『ククク……かましやがる』
それ以上の言葉はなく、クレアとともに依代の道を通って地上に戻った。
意識がゆっくり分離していく。
他の登録者たちの意識が満足そうに元へ戻っていくのだ。
『お前はこっち』
『え、あ』
「大丈夫。あっちに行けば体がもらえるから」
『そこまでしていただけるなんて。では、あの……』
「うん、あとで迎えにいく。またね」
『——はい』
長い間、重責から解放されたクレアが初めて笑った。
クレアをファントムとナルミさんの方——依代の中に残して、目を開く。
ぼんやりとした視界にレナの姿。
歌声が響いて、覚醒していく。
「終わったよ、レナ」
「っ! ヒューバート様、大丈夫ですか!?」
「うん、完璧。なにも問題なく、完了。あとは——」
「……お別れですね」
「うん」
もう一度操縦桿を撫でる。
操縦席のハッチを開いて、入り込む極寒の空気から体を守るために結界を張った。
空気だけでなく魔力も薄い。
『グッドラック』
「ああ、今まで本当に……ありがとう」
「ありがとうございました、イノセント・ゼロ。これからも、世界を……よろしくお願いします!」
最後のお別れを告げて、操縦席から飛び降りる。
操縦席のハッチが俺たちを見送るように閉じていく。
今頃他の皆も操縦席から飛び出ているだろうか。
俺とレナでさえ、小さくなっていくイノセント・ゼロに対してこんな気持ちになるのだから、つき合いの長いディアスとシズフさんとラウトは——。
いや、あの三人はちゃんと別れを済ませていた。
ファントムも。
大丈夫だろう。
風が強い。寒いけど、魔力がどんどん濃くなっていく。
帰ってきた。
俺たちの世界に。
「[飛行]に移るね。ちゃんと掴まってて」
「はい」
見えなくなったイノセント・ゼロ。
それを見届けてから、レナを抱え直して[飛行]魔法を使う。
問題なく使えるようになった魔法は、安心感を与えてくれる。
行くところは依代。
他のみんなは転移魔法で帰ってくると思う。
俺は近くだったから、飛んで帰って来れたけれど。
「ナルミさん」
「おかえり。無事の儀式終了おめでとう」
「えっと、あのクレアとファントムは?」
「ああ、クレアは体ができるまでもう少しかかるでしょ。ファントムは……アレは依代の制御機能の要だからもう出てこないよ」
「え」
出てこない?
いや、出てこれない?
依代の中にはもう入れなくなっており、管理室だった場所は固く閉ざされてる。
クレアは別室で体を再生中。
そしてその制御も、ファントムがメインコンピューター室に接続された状態で行っているらしい。
もう、出てこない。
出てこれないって……。