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番外編 幸せな世界

 

「改めて——レオナルド、マリヤ、結婚おめでとう。お前たちの幸せを願っているよ」

「あ、ありがとうございます! ディアス様」

 

 ヒューバートがしれっとレナを連れ、会場を去ったあと仕切り直しとばかりにディアスがレオナルドとマリヤに挨拶を行った。

 他の四人は祝いの言葉を贈るようなタイプではない。

 かろうじてシズフが「幸せにな」くらいは言うが、表情が死んでいるので祝われている気はしないだろう。

 

「それにしてもやはりヒューバート様は器が違いますな」

「うむ。我らとは見ている場所が違う。この世界の未来を見ておられる。明日の会議は我らもそれを意識して考えねばならんな」

「ご家族が危険に晒されても堂々たる立ち居振る舞いも凛々しかったですわ」

「それを言えば神のご加護があるとはいえ、まったく動じた様子のなかったルオートニス王家の方々もすごかった。いや、しかしやはり王家の方々を囮のようにするのはいかがなものかと……」

 

 会場の中がゆっくりと会話が増え始める。

 昨日丸一日結婚で晒し者にされていたレオナルドとマリヤは、会場の話題を完全に掻っ攫っていってくれた事態に胸を撫で下ろす。

 今日一日の話題は先ほどの件で持ちきりになるだろう。

 兄の言ったとおりに。

 

「ヒューバートめ、話題作りに使うと言ったが大物を使いすぎではないか?」

 

 などと言いつつクックックッと楽しげに笑う父に、レオナルドも眉尻を下げる。

 笑うところではない。

 

(確かに兄上は『大丈夫大丈夫』とおっしゃっていたが……)

 

 さすがに肝が冷えた。

 マリヤを見ると彼女もホッと息を吐いている。

 王家籍に入った翌日にこんな目に遭わせてしまって申し訳ない。

 

「マ、マリヤ、大丈夫かい? 怖い目に遭わせてすまない」

「え? あ、いいえ。大丈夫です。ヒューバート様が事前に説明してくださっておりましたから」

「え」

「ハニュレオで結晶化津波の報を聞いた時の方が怖かったくらいですよ。大丈夫です。ご心配ありがとうございます、レオナルド様」

「そ……そうか……」

 

 妻となった女性は意外にも修羅場慣れしておられた。

 いや、よくよく考えればマリヤは兄の妻、レナの侍女であったのだ。

 レナもまたヒューバートとともに他国に赴き、それなりに危険な目にも遭っている。

 彼女を守る役目も担う侍女が逃げ出すことなどあり得ないので、もう腹を括っているのだろう。

 

(もしかして、僕の方が危険に不慣れ……?)

 

 両親も聖殿派の嫌がらせで、宇宙の代表者たちの態度にはなにも感じている様子はない。

 レオナルドぐらいだろう、ムッとしたのは。

 会場の貴族たちが言うとおり、あまりにも器が違う。

 改めて自分の温室育ちっぷりが目立つ。

 

「さあ、つまらない余興もそれなりに楽しんでもらえたようだし、あれが前座なのは俺も思うところはあるけれど……レオナルドにお祝いに歌を贈ると言ったから、今からは俺のライブの時間だよ人間ども」

「お、おお! 美と芸術の神、デュレオ様の歌唱を直にお聞きする機会に恵まれるとは!」

「すごい、わたくし初めてよ……!」

「聖女の力も持つと言われる歌の神か」

 

 会場のど真ん中。

 ダンスを行っていた者たちを押し退けて、[空間倉庫]から小さな箱を取り出した。

 それをカチカチと二回素早く押して、マイクという音声拡張機を取り出す。

 かの神の歌声を聴くのは、二年ぶりだろうか?

 各地で慰安ライブなるものを開催しているとは聞いているし、聖殿で抱える聖女たちに指南している時軽く歌っている姿は目にしたことがあるが。

 本当に、彼がステージで歌うことになるとそれはもう別格だ。

 

「〜〜♪」

 

 始まりの一言目で、もうすべて持っていかれる。

 視線も集中力も心もなにもかも。

 今まで嗜んでいた“音楽”を根本から覆される。

 テンポの激しい音楽が、あの小さな箱から流れ始めて魔法で拡張されて会場中を支配してしまう。

 曲調に合わせて踊りも始まり、踊りながら歌まで歌うのだ。

 体を動かしたら歌など歌えないと思うのだが、彼の場合はそんなことはない。

 踊り子は歌うことなく、歌は歌い手が担当するのがレオナルドたちの知っている芸事だ。

 だが彼は踊りながら歌うし、その歌は胸が熱く煮えるように激しい。

 歌もまた吟遊詩人が歌うようなものではなく、語るものでも届けるものでもない、まるで押しつけるようなもの。

 いや、突き刺してくるようなものだろう。

 深く深く突き刺さり、絶対に抜けないのだ。

 今日、この会場に来た者たちは貴賤問わず全員があの神の歌と踊りになにかを奪われる。

 誰一人言葉など発することはなく、あの神が歌い終えるまで微動だにすることもない。

 曲が終わってから、父と母が拍手すると会場が割れんばかりの拍手と称賛の声で満たされる。

 

「歌は嫌いじゃねぇんだよなぁ」

「忌々しいがな」

「うむ。歌はよくわからないが、デュレオが世界的に人気の歌手だったのは知っている」

「お、お前は少し黙った方がいいぞ、ディアス・ロス」

「な、なぜだ、ラウト」

 

 ファントムとラウトがわかりづらい捻くれた賞賛を行う中、なかなかにずれた評価をするディアス。

 多分彼は芸術と相性が悪い。

 そんな中、一曲だけで会場を虜にしたデュレオが帰ってきた。

 

「なにー? なんか悪口みたいなのが聞こえたんだけど」

「デュレオ・ビドロはそういえば歌手だったな、と言ったらラウトに黙っていろと言われた」

「な、なんで自白するんだ貴様はっ」

 

 本当にそのとおりである。

 せっかくラウトが黙っているように助言したと言うのに、全部喋ってしまった。

 ここまで来ると逆に狂気すら感じてしまう。

 

「歌手ねぇ……」

 

 しかし、デュレオが思いの外神妙に答えるから、彼らも不思議そうにしている。

 怒るわけでもなく、ただ、彼自身も確認するかのようだ。

 

「まあ、王子サマが世界を本当に救済してクレアを連れ帰ってきてくれたら、しばらく普通の歌手として歌をただ楽しむ生活も悪くないかもねぇ」

「ああ、いいのではないか? ラウトも最近町に出かけて楽しそうだしな」

「べ、別に。町には視察で出かけているだけだ」

「戦争のない世界は俺も初めて見る……」

「あー、なるほど、そういう」

「やかましい」

 

 神々が楽しそうなので、レオナルドもマリヤを見る。

 彼女も目を細めて彼らを見ていた。

 それはどこか姉のような、母のような眼差しだ。

 守護神をそんな目で見るとは、本当に懐の深い女性だと思う。

 

(幸せにしよう)



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