二年後の世界(5)
「兄上」
「いや、いい。時間をかけるつもりはない」
なお、高位貴族たちよりレオナルドの方がブチギレそうな表情だ。
横の席から声をかけて立ち上がりかけたのを制する。
主催だし主役に汚れ仕事をさせるわけにはいかない。
場を借りているのは俺だしね。
「こほん。……改めて言うが、明日から他国より多くの王侯貴族が我が国に来国する。ルオートニスの貴族として恥じない、心尽くしのもてなしをしてほしい。特に新たな隣国メルドレアは政に不慣れな者も多いし——」
「で、殿下! ヒューバート殿下は世界の王となるべきお方でごさいます! 隣国セドルコは我が国に幾度も侵略を仕掛けてきた相手。これ以上の支援はしてやる義理はございますまい!」
「そうです、そうでございます!」
「ヒューバート殿下こそ新時代の王! 世界の王となるべきでございましょう!」
増えた。
フォルティスに目配せすると頷かれた。
オッケー、全員リストに追加してくれたのね。
「ヒューバートこそ新時代、世界の王となられるべきお方!」
「他国に甘い顔をすべきではありません!」
「立場をわからせるべきですわ!」
「我々が自分たちの食事まで減らして他国を支援してきたのですよ! 他国の者どもは我々に——いいえ、ルオートニス王国に恩を返すべきでは!」
「殿下から言ってくださればやつらも立場というものを理解します! 殿下、今が大事な時でございましょう!?」
もっと増えた。
フォルティスのペンの速度が上がる。
しかし、思った以上に集まっていたなぁ。
思わず腰に手を当てて眺めてしまう。
同じ言語を扱っているのに、こうもなに言ってんのかわからないって不思議な現象だよね。
「で、殿下……?」
「ヒューバート殿下、あの?」
で、俺が黙って見ているのに、さすがに彼らも不安を感じたのか盛り上がりはどんどん小さくなる。
そろそろ俺の声も聞こえそうだな、とにこりと微笑んでから——。
「ああ、もういいよ。俺の言葉を遮って好き放題ほざいていた者たちの考えは、十分に理解できた。俺の考えを汲み取るどころか、忠義にも欠けるようだ」
「ヒュ」
威圧を使うよ。
ラウトやシズフさんが使うような、強いものは使わないけどね。
気の弱い人もいると思うし、祝いの席だから弱めだよ。
ただ、中央やや左の一団はやんややんやと騒いでいたのが集まっている。
そこに向けてはやや強めに。
「い、いえ、そ、そのようなつもりは!」
「お、お許しください、ヒューバート殿下! わ、我々はただ、殿下のためを思い、ルオートニス王国のためを思い進言したのでして——!」
「この場はレオナルドの結婚を祝う場ゆえ、手短に済ますと言っている。お前たちに時間を使うつもりはないよ。これ以上話したいのなら書面で……」
「お、おぉぉお待ちください! 我々は本当に、殿下とルオートニス王国の今後を思い申し上げておるのです!」
「……三回目だぞ、ダオーロラ伯爵。貴殿はそもそも貴族としての教養が欠けていると見える。今日は帰宅して、ご息女とともに礼儀作法の勉強をやり直すといい。今声を上げた者たちは、明日の歓迎パーティーには出なくていいよ。我が国の恥を晒すわけにはいかない」
「ひっ! お、お待ちを! お許しを!」
手を上げると警護の騎士が数名伯爵たちのところへ行って「こちらへ」と退出を促す。
こんなの残しておいても、レオナルドとマリヤの結婚祝福のパーティーが楽しいものにはならないでしょ。
彼らがこれからどうなるのかは、想像に難しくない。
祝いのパーティーで“俺”の言葉を遮り、自分の主張を繰り返して“俺”に怒られて追い出されたというのはとんでもない醜聞だ。
取引先からは総スカンを食らうだろうし、ゴシップ紙には面白おかしく書き立てられる。
親類縁者からは罵詈雑言を受けたあと、下手をすれば縁を切られてしまう。
妻に離縁を突きつけられたり、娘や息子の結婚にも影響が出る。
だが、仕方ない。
彼らはこうなることを想像できなかった。
想像できたはずなのにも関わらず、できなかったのだ。
それは彼らが普段から、他国の者に対しても俺に対してもそう思っているからだ。
そしてその意見と同じことを思っているやつらだけのコミニティを作り、同じ意見を繰り返し確認し合っていた。
そこに第三者や俺の意見などなく、また求めてさえいない。
固定概念として“そうあるべき”と思い、“それが正しい”と思い込んでいたのだ。
今この場で、『そうではなかった』と理解してももう遅いんだよね。
幸いなのはここにラウトがいなかったことだろうか。
こんなやつら、ラウトに見せたら結晶化で祝賀パーティーもなにもなくなってしまう。
それに今更気づいて、我に返って謝罪を叫んでももう遅いんだよね。
その謝罪は家族にした方がいいよ。