番外編 男として(4)
クスクスと牢に笑い声が響く。
いくらでも胸を抉るような嘲笑。
その通りだ。
自分たちは『侵略者』。
ほしいものはなに一つまともに得られていない状況。
ルオートニスの王子が甘いのはなんとなく気づいている。
彼の同情を、買う?
(冗談じゃない! 嫌だ! それだけは絶対に!)
ルーファスにはそれが耐えられない。
ルオートニスの王子は詐欺師だ。
いもしない神を掲げて、世界を操る極悪人。
——しかし、五号機の登録者が生きている。あの日結晶病を操っていた金の瞳の少年が“そう”だとしたら。
千年も生きていたなら、もうそれは人ではなくなっているのでは?
(なん、だ? 頭が、上手く……整理できない……デュレオ・ビドロの言うことが、すべて正しくて、当然であるかのように……)
疑問を浮かべることはできる。
千年前の人間が生きているわけはない。
神がいるわけはない。
確かにあの金髪の少年は五号機の登録者と同じ名前、同じ姿をしていたけれどそんなことがあるはずがない。
それなのに——。
「お兄さんたちの誰か一人でも協力してくれたら、宇宙も仲間も助けられるんじゃない?」
「あ……」
顔を上げる。
まるで甘い蜜を垂らされたように、あまりにも魅力的に聴こえた。
助けられる。
宇宙に残してきた娘も、これから生まれてくる命も。
「家族と一緒に、生きたいよね?」
「家族と……」
そうだ、なぜ忘れていたのだろう。
家族と過ごしたい。
僅かな時間しか許されないのに、それでもこの任務に志願したのは娘の寿命を延ばすため。
それでも、叶うのならば死んだ妻の分まで娘とともにいたかった。
地上の家族のように、子どもを甘やかす親になりたい。
いや——家族と一緒に、生きたい。
「……わかった、僕らにできることならば協力しよう」
「ル、ルーファス……!?」
「部隊の隊長として、君たちの命も僕は守らねばならない。保証してくれるんだろう?」
「……いいよ。ディアスの治療を希望するのなら延命治療も受けさせよう。他の捕虜も希望者が多いし、三人増えるくらい問題はない。どうする?」
「延命治療!? 本当にそんなものが……!?」
「う、受けたい!」
「わかった、話は通しておこう」
ルオートニスの王子はあっさりと仲間たちの延命治療も請け負った。
自分が受けてきたものは注射針が殺意を感じるほど太い以外、真っ当なものだったように思う。
体調も悪くはないし、受けた説明も“可能ならば”有効なものばかりだ。
ただ、あまりにも高度すぎて宇宙の医療技術すら超えている。
それなのに医療器具が二千年前レベルなのがちぐはぐで、いまいち信用がおけない。
しかし医療技術自体は宇宙以上。
それさえ我慢できれば、部下たちのデータも取れてよりよい治療に役立てられるだろう。
あの『医神』は医療に関して信用しても問題なさそうな性格をしていたし。
「だが、僕らにできることはたかが知れている。あまり期待されても困る」
「ああ、うん。通信機は手に入れてあるから、立場ある人間の伝手がほしかったんだ。君から君より上の人間に話を通してほしい。あと、君たち宇宙の民が悩んでいるエネルギー生産力に関する問題……本当は宇宙との和平が進んでからするつもりだったんだけど、デュレオが話してしまったから先に君たちに少し話しておくことにするんだけど……」
まさか、本当に地上に解決の糸口があったというのか?
顔をルオートニスの王子に向けると、言いづらそうに目を背ける。
その姿にイラッと青筋を立てるルーファス。
「なんだ?」
「いや、そのー……宇宙の人にはこれも突拍子に聞こえそうなんだけどね? ……実はデュレオの弟とギア・フィーネを開発した王苑寺ギアンという人が、地核で“エネルギーを発生させる概念”というものを代行しているんだって。そのー、結論から言うと宇宙のエネルギーを地上の人間を含む動植物の命で補っていたの。……わかる?」
「……は?」
この王子、やはり詐欺師では?
意味のわからないことを、と睨みつけると、デュレオが王子の胸を長い袖でべシリと殴る。
「どうして馬鹿正直に説明するの? バカなの? 本当王子サマってばヒューバートじゃなくてピュアバートなんだからぁ。イノセントなのもほどほどにしておいてくれるぅ? まず契約書なり誓約書を作って逃げ道を塞いでおいてよぉ。反故にされたらどぉするの? 追い詰め損なんですけど〜?」
「あ! そ、そうか!」
「音声と映像証拠は残しておいたけど〜、こういうのは契約書とかでも残して逃げ道を塞いでおかないとでしょ。ちゃんと破った時のペナルティも決めておくんだよぉ?」
「いつの間にそんなの撮ってたの!? こ、怖!」
「っ」
長い袖の中から魔道具らしい筒。
そして水晶玉のようなものが取り出される。
ルーファスが承諾したところは、音声と映像に残されているらしい。
撤回はできない、ということなのか。
用意周到である。
「すまない、書面に残すからペンとインク、紙を持ってきてくれないか?」
「はっ! すぐお持ちいたします!」
「本当にお人好し。四号機の登録者はバカのつくお人好しが条件に入ってるのかなぁ? よく生き残ってるよねぇ」
衛兵に指示を出しているヒューバートを見ながら、デュレオが溜息を吐く。
よく生き残ってる、という発言に関しては、皮肉の意味が強いだろう。