人を辞める(2)
ああ、ホントに不快だな。
ギア・フィーネを模しておきながらこの体たらく。
ギア・マレディツィオーネ二号機が航行不能になるまで削って墜落を見届けてから、いよいよ一号機と一対一。
なお、映像は広場のモニターにリアルタイムで流れている。
降下中のセラフィの船にもこの戦いの映像は中継されているので、デュレオが今頃いい笑顔全開でセラフィを煽っていることだろう。
イノセント・ゼロの背から蝶の羽のような形になった光が溢れる。
ラウトの五号機はこの光がマントのようになって翻っていて、綺麗だったな。
機体ごとに光の形が違うのか。
「きらめく大地と あなたと 二人
世界が彩を取り戻し 降り注ぐ光」
体に熱が籠る。
レナの手が俺の手に重なった。
見上げるとレナが微笑んでいる。
そうだな、不思議な感覚だな。
俺たちを助けてくれた、サルヴェイションを模したギア・マレディツィオーネ一号機と対峙しているのは。
装備自体は同じ。
オールドミラーと同等のものだとしても、全部叩き切って落とす!
『許さんぞ、ギア・フィーネ! 俺の弟を返してもらう!』
「!」
外線?
そう叫んでオールドミラーがすべて外れ、四方八方からビームで襲ってきた。
でもギア4状態だとすべてが遅く見える。
ついでに、とうの昔にギア・マレディツィオーネも『ハッキング』済みだ。
自分で操っているように思うだろうが、俺が軌道をややずらしている。
避けるのは造作もないし、一つ一つ、時々二つ、三つ、黒剣で斬り、掌底銃口で撃ち抜く。
本体がビームソードを抜いて駆けてくるが、近接戦闘で俺に勝てると思うなよ。
「洪水みたいな 想いが溢れて 届け
あなたのもとへ わたしの心——」
俺の隣にはレナがいる。
今日の俺が、負けるわけがない。
黒剣にイノセント・ゼロの纏う光が絡みつき、強大な剣の影になる。
あらゆるものを退ける、光。
弟。
お前にも譲れないものがあるんだろう。
でも俺にも守るべき人がいるし、やるべきこともある。
俺は人間を辞めて、この世界を——レナやみんなが生きる世界を守る神になる。
『俺はお前が一番可哀想』
デュレオの声が片隅に響く。
うん、でも。
このままでは、この世界はいつ終わってしまうかわからない。
せっかく希望が見えたのに、星そのものがもう棲める場所ではない。
宇宙に出たとてその影響は受ける。
だから宇宙も、地上も、みんな手を取り合って生きていこう。
俺が、未来に繋げてみせるから——!
「…………」
一度だけだと聞いたのに、永遠に祝福された地球にいる?
いや、違う?
ここは……この真っ白な世界は……。
『おい、男の子が車に轢かれたぞ!?』
『救急車は!? 誰か呼んだのか!?』
『と、突然飛び出してきて……』
『私見てたわ! キックボードがぶつかって車道に飛ばされたのよ』
『し、知らねーよ!』
目を開けると、頭を車体の下にして血の海になっている学生。
それを取り巻く通行人。
逃げていく電動キックボードの男。
ああ、前世の……俺の死んだ後の光景か。
場面が移り変わる。
俺の危惧していた通り、両親は泣いていた。
母も父も自分を責めたし、車の運転手は過失を咎められて実刑を食らう。
テレビのニュースバラエティーで取り上げられ、電動キックボードの運転手はなんの罪にも問われなかったと流れてきた。
レポーターや迷惑系の凸系ワイチューバーがキックボードの運転手に突撃取材を仕掛けても、法的に自分には罪がないと開き直って逆ギレしている。
理不尽だなぁ。
「俺はお前のせいで死んだのに」
「えっ」
呟いた言葉に、男が振り返る。
あれ、これ、俺の声が聞こえている?
ゆっくり顔を上げると、電動キックボードの運転手と目が合う。
ガタガタと震えて、腰を抜かしてしまった。
ゴミの散乱するワンルーム。
そこに俺はぼんやりと立っている。
「う、嘘だ……ゆ、幽霊……ひっ、な、なんだよぉ! あんなところに、ぼんやり突っ立ってたのが悪いんだろ! 俺は悪くねぇ! キックボードだって別に交通ルールとか関係ねぇしさ! 赤信号で突っ込んできた車の方が悪いに決まってんだろ! 俺は関係ねぇって! 運がなかったんだよ! だから成仏しろよ!」
運が。
……運がなかったのか、俺。
「だからお前は悪くないと?」
「ひっ……!」
本気でそんなことを思っているのか?
お前はなにも悪くない?
確かに信号機は点滅していたような気がする。
あの車が黄色信号で停車していたなら、キックボードでぶつかられて転んだだけだっただろう。
俺もスマホいじってたから、周囲への注意はおろそかだった。
でも、だからお前は悪くない?
電動キックボードで歩道を走っていたお前が?
「ねぇ〜、○○○、今日焼肉行くんじゃなかったの〜? 電話くらい出てよ。行かないのぉ〜?」
ドアを叩く音。女の声。なぜか女が呼んだ男の名前が認識できない。
俺がドアを見たことで、男は土下座の態勢になる。
裏話
石晶巨兵の大軍と戦うシナリオもありました。
っていうか最初はそれを書くために書き始めたところもあります。
しかしナルミさんが優秀すぎてCデータ(ギア・フィーネで制御機能を奪える石晶巨兵)ができてしまい、かなり初期に「あ、無理ゲーっぽいな!」となりました。
※番外編で書いているんですけど石晶巨兵は補助AIなしでも魔道具として魔法に長けた者ならば操縦できてしまうので、Cデータを使用した機械制御に頼った仕様はギア・フィーネにハッキングされて使い物になりません。
というわけで現状ギア・フィーネとまともに戦えるのは、補助AIはあれどフルマニュアルの薄葉甲兵装とオリジナルの石晶巨兵のみとなります。
ランディヤベェやつですね。