裏切り皇女(2)
「ランディ!」
「はっ」
来賓席の手前に降りてきたのは[隠遁]で隠れていたランディ。
その顔の半分上、目元を覆うようにゴーグルをつけている。
薄葉甲兵装、スヴィーリオ・イオ専用機『刃乱繚乱』というらしい。
起動した時を見たけど、身体強化を使ったランディじゃないととてもじゃないけど扱えない代物であった。
ジェラルドでさえ「むり〜」と泣き言を言う性能を使いこなすランディ、俺の知らない間になんてとんでもないやつになっていたのか。
その姿にシャルロット様が嬉しそうな表情。
ファントム——国守とお揃いの恋人の姿に感動してるみたい。
さらにソードリオ王が「なんと! 直ったのですか!」と前のめりになる。
「試運転は問題なかったので、皆様を守る盾としてそちらに置かせてください」
「はい!」
なぜか元気いっぱい返事をしたのはシャルロット様である。
はい。お預けしまーす。
なお、試運転の際同じく薄葉甲兵装を持つファントムと模擬戦……もとい「俺を倒さないとシャルロットとの結婚は許さない」戦を行ったのだが俺は宇宙猫になりました。
対二足歩行兵器専用兵器同士の戦いって簡単にいうとバチボコの肉弾戦である。
ファントムにまるで遅れを取らないどころか、ファントムの両手両足にあった剣を開始三秒で全部叩き折ったランディ。
動きがシズフさんみたいで「?」ってなったよね。
身体強化でやっと使いこなした、って言ってたけど身体強化魔法もない時代、強化人間でもない人の武器だったと思うとカネス・ヴィナティキ帝国の英雄スヴィーリオ・イオという人のヤバさが理解できる。
俺も使わせてもらったけどシンプルに酔う。
ギア・フィーネ慣れしていると質量の違和感と薄葉甲兵装のスピード感、空間認識の処理速度が追いつかなくて三半規管がどえらいことになります。
吐きました。
俺でこれなので同じく大型の石晶巨兵に慣れているジェラルドも根を上げるよね。
もっと言うとジェラルドは剣の腕がお世辞にもいいとは言えない。
なぜなら興味ないことにはとことん興味ないのが、ジェラルド・ミラーだからである。
その点ランディは剣の腕もいいし身体強化魔法も石晶巨兵の操縦も上手い。
本当に、なんでもできる男なのだ。
反応速度はもっと必要、とファントムに言われたが、「スヴィーリオ・イオの薄葉甲兵装を使えた時点で認める以外の選択肢はないな」と言わしめた。
それは、そうですね!
なにしろ『残影の万人殺し』の薄葉甲兵装。
それを使えた時点でもうただ者ではない。
「さて——」
怯えた貴族たち。
聴衆は落ち着きこそ取り戻したが、貴族たちが怯えた様子では不安なままだろう。
正直このまま秘密裏に処理してしまいたかったのだが、デモンストレーションにしてしまってもいいかもなぁ。
問題はそのあと起こるであろう『ヒューバートヨイショ』事案である。
これまでの経験上、各国の王族が俺をヨイショしないはずがない。
俺はルオートニスという比較的小国の部類の王子である。
午前中に他国の王族が続々と膝をついて頭を垂れるような存在ではない。
今までは無自覚でやらかしてしまったが、デモンストレーションを“やる”ってことはヨイショ不可避。
ワンチャンギア・フィーネや千年前の科学力に怯えて、「なんて恐ろしい」とかになる可能性もゼロでは……。
「ハァーーーーーー……」
「?」
ちらりと振り返る。
縋るようなエリステレーン伯爵たち貴族の視線。
俯いて手を組み、怯えるばかりのステファリー。
セラフィは宇宙と繋がっているし、せっかく釣られてくれた魚をリリースするのはもったいない。
魚拓くらい取っておくのが皇族として生まれ育った彼女への礼儀かなぁ?
なぁんて。
「罪もなき元セドルコの民よ! そして新国にその身を捧げる貴族たちよ! 亡国となった帝国の亡霊に怯える必要はない! 最後の皇帝としての責務を果たしたステファリーに免じて、我がルオートニスの守護神に力を借りてやろう!」
「え!」
「お、おおお!」
「ルオートニスの守護神だって!?」
「お前たちもそれでいいな?」
「は、はい!」
「よろしくお願いします!」
聴衆はともかく貴族のおっさんたちも跪いて手を組む。
やだなー、やめよっかなぁ。
今自分で言ったことをおっさんたちの涙ながらのキラキラした眼差しでの懇願が気色悪すぎて手のひら返ししそう……。
でも、地面に突っ伏すように俯いて怯えていたステファリーが俺を見上げる。
歯を食いしばって、涙を流す。
裏切り者の姉に、命を懸けた帝位を言葉だけとはいえ奪われて。
ああ、「私はちゃんとやった」ね。
そうだね。君はちゃんと果たしたね。
信じていたものをすべてひっくり返されて、見捨てられて見放されて踏み躙られたね。
君はちゃんと責任を果たした。
皇族として、最後の仕事をした。
それを踏み躙るやつの好きにはさせないから——
「泣く必要もない。立ち上がって胸を張れ。あなたはやり遂げた」
「……っ……!」
姿勢を正して聴衆の方を向く。
そして改めて笑みを浮かべる。
さあ、魚拓だけ取ってサクッと捌いてしまおう。
裏設定
薄葉甲兵装『刃乱繚乱』は改良されたスヴィーリオ・イオの専用機です。
高速移動で人体が破壊されないようGをほぼゼロにする宇宙で使用する技術を流用しており、このことで『残影』が成立していました。
さらに二足歩行兵器の装甲を貫通する超合金の剣を両腕、両脚に備え、手首を振るとビーム兵器を応用した真空刃が発生する『斬ること』と『貫くこと』に超特化した性能を持っています。
近接戦闘を前提とした高速機のため扱いは最高難易度で、登録者であればシズフしか使えないでしょう。
また、同じくファントムも薄葉甲兵装を持っていますがこれは設計データを見て、ファントムが見様見真似で作ったオリジナルです。
『刃乱繚乱』の映像データしか知らなかったので、見た目自体は似ていますがそれプラス自分の得意武器『ライフル』『ランチャー』『マシンガン』『ハンドガン』などの銃器が多く積まれており火力が高い中距離・遠距離支援型となっています。