セドルコ帝国代表団(3)
ナルミさんが壁に立ったまま笑みを深めた気配。
はいはい、甘いんでしょ、わかってますよ。
俺の言い方は非常に甘い。
民を盾にした言い方だが、エリステレーン伯爵の執拗な処刑の提案は私怨によるところがでかい。
他の四人のおっさん貴族たちも頷いているところを見ると、皇帝候補たちが集めてきたヘイトの高さが窺える。
しかしながら、こちらは被害を受けた側だ。
一応返り討ちにして実害は出ていないに等しいが、セドルコ帝国から被った侵攻回数はなにも俺と父の代のものだけではない。
これまで国力の差でなかったことにされている損害賠償を、ここで一気に請求したっていいのだ、こっちは。
代表団の皆さんは『終わったこと』と片付けて、頭の片隅にも数百年間何度も侵攻してる事実が残ってらっしゃらないかもしれないが、資料はちゃんと準備してある。
そちらがこれ以上こっちの言うことを聞かないなら、出すのは構わない。
どうせセドルコ帝国がセドルコ帝国でなくなったとしても、絶対落とし前はつけさせてもらうつもりだもの。
新国となり、ハニュレオの属国になっても、数十年単位で損害賠償はしてもらう。
ハニュレオのソードリオ王にもその旨は伝えてあるし、「必ずやルオートニスへ損害賠償を支払わせましょう」と笑顔で約束してもらっている。
ナルミさんに「笑顔は決して崩さぬように」と言いつけられているので、俺はずっとニコニコしているけれど、腹の中ではどう切り出そうかもやもやしているのだ。
セドルコ帝国代表団の皆さん、あんたらステファリー殿下のこと言えないんだよなぁ。
「た、民も皇帝候補たちにより被った被害は甚大です。彼らも皇帝候補の一人でも、その死をその目で見たいはずでしょう! ケジメという意味でも、帝国解体を宣言したあとステファリー・セドルコは公開処刑に処すべきであると——!」
コン、と右手の人差し指でテーブルを叩く。
笑顔は崩さない。
ナルミさんに教わったやり方だが、思いの外効果があった。
エリステレーン伯爵が言葉を飲み込む。
やや緩んでいた他の四人のおっさんも、緊張感を取り戻してくれた。
うんうん。
でも立場がわかってないのでわからせるね。
「他の方々もエリステレーン伯爵と同じ意見なのでしょうか?」
訳:意見まとめてきてるよね?
「恐れながら、我々は同意見です。ステファリー殿下には命を以て償っていただきたい」
「ええ」
「それは皇帝候補たちが長い間、貴族や民に迷惑をかけてきたからですよね?」
「はい」
「そうですか」
へー、一応エリステレーン伯爵の独断と暴走ではないのか。
じゃあもう遠慮しなくてもいいかなぁ?
「ですがその理屈を当てはめるのであれば、我が国は建国以来セドルコ帝国に幾度となく侵攻を受けてきました。その都度話し合いでセドルコ帝国側に損害賠償を請求していますが、無視され続けています。今日はひとまずステファリー殿下にセドルコ帝国を穏便に解体し、新体制への引き継ぎを行う仕事をしていただく話だけをまとめるつもりでしたが、皆様がそうもステファリー殿下を処刑したいのであれば、後日行おうと思っていた損害賠償のお話も今からします? そちらはお持ちでないかもしれませんが、議事録はご用意しておりますよ? ご覧になります?」
ナイスなタイミングで文官が三人ほど、山のような資料を抱えて運んでくる。
それを見て硬直する五人。
ここにきて昔のことなど掘り返されたくはあるまい。
「代表団の皆さんは代理政権の体制で多忙も極まれりと思いましたので、今回の件含めて未払いの損害賠償の件は後日に回そうと思っておりましたが代表団の皆さんはステファリー殿下にすべての責任を負っていただくおつもりのようなので、こちらとしても是非是非、積もり積もった未払いの損害賠償についても責任を負っていただければと思うのですがいかがでしょう?」
「あ……え、ええと……こ、こちらではその……しょ、照合すべき資料を持ってきておりませんし……」
「ですよね? 代理政権では責任者もはっきりしないでしょうが、ステファリー殿下が生きて我が国に未払いのあらゆる責任を取ってくださるのなら、皆さんとしても都合がよいのではと思って提案したのですが——皆さんがどうしてもとおっしゃるのなら、ねぇ?」
「うっ」
訳:お前らが責任取って支払うなら好きにしろ。できないならステファリーに責任取ってもらう。どっちがいい?
「……こほん。……た、確かに、ステファリー殿下に“生きて”すべての責任を取ってもらうのが最良、かも、しれません、ね」
「そうでしょう?」
ただ殺さないぞ、ステファリー・セドルコ。
俺とレナの結婚式を台無しにして我が国土と民を脅かした責任は、その人生すべてを捧げて償ってもらう!
ククク、これでセドルコ新体制側からも言質取ったからなぁ!
「いやぁ、代表団の皆さんと同じ考えでよかったです! やはりまずは我々でセドルコの民の生活を整え、しっかりと賠償をお支払いいただける体制にしてゆくことこそが、貴国の今後の誠意を世界に示すことですものね。これから新国となれば貴国も我が国以外の国々と国交を持っていくのですから!」