目に見えぬ邪悪
「まあ、目玉ぐらいなら移植を手伝うぞ。完璧に治してやろう」
「じゃあ右目でいいわ」
「待って待って、ダメだってば!」
「ヒューバートがダメというからダメだな」
「手のひら返すの早すぎだろクソか」
ディアスが優しくてよかった。
ハラハラしてしまった。
しかし、ここで終わるディアスではない。
「そうだ、せっかくファントムとナルミがいるのだから『ハッキング』で“連結”して演算を手伝ってほしい」
「「は?」」
「特効薬の構成はだいたい決まっているのだが、治療薬となると話は些か変わってくる。俺の持つ薬学とお前たちの持つ機械科学とノーティスのデータを照らし合わせ、特効薬に使う薬の種類を特定しようかと」
「「あー……」」
きょとーん、としたファントムとナルミさんだが、ディアスの説明を聞いてから謎に納得した。
俺にはあんまり、そこまでの納得に至った理由がわからない。
「そうか、この間俺も“連結”に加われたし、ヒューマノイドもできるのか」
「ギアンもある意味ヒューマノイドだし、ヒューマノイドなら参加できるんでしょ。なるほど、興味深いわね。いいわよ、私のことも使って」
にやり、と笑ってナルミさんもファントムも“連結”するのは構わないと言い出す。
それはいいんだが、いいのかな、ここ地下牢だし患者結晶病で拘束されたままなのだが。
「あの、ディアス……なにもここでやらなくてもいいんじゃないですか?」
「いや、患者に薬の製作過程を見せて安全性を証明しておきたい」
あー、なるほど。
地下牢だけど、っていうことよりも患者——ギア・マレディツィオーネのパイロットに安全性を直に確認させる方が重要ってことか。
……表情はそれどころではなさそうだけどなぁ。
「デュレオ様は参加されないんですか?」
「は?」
「デュレオ様もヒューマノイドだとうかがったことがありますから……」
と、レナが提案する。
そういえばそうだねぇ。
しかし、レナがデュレオの名前を呼んだ時、ギア・マレディツィオーネのパイロットの目線がデュレオを向く。
その表情に必死さが加わる。
だよねぇ、そちらの最終目的はデュレオを捕らえて研究材料にすること。
それが目の前にいるんだもんねぇ。
デュレオは宇宙側のその目的を知って、今わざと目の前に現れている。
それを知ったら悔しがりそうだなぁ。
「……まあ、別に参加してもいいけど」
「デュレオ・ビドロの不老不死は医学的観点からも興味深い。情報提供感謝する」
「でも、俺より俺の研究データを保管してるナルミの方が俺の体に詳しいと思うよ」
「ほう、そうなのか」
「ノーティスとヒューマノイドの研究データ、廃棄分も全部閲覧して構わないよ。検索と選別、ノーティスナノマシン系のデータはファントムが担当するといいわ」
「では医学系、薬品系と遺伝学系全般は俺が担当しよう。デュレオ・ビドロは統括管理を頼む」
「一番難しいところを俺に丸投げしないでほしいなぁ! そういうの五号機の坊やにやらせなよー!」
「俺まで巻き込むな。俺が手伝えるわけないだろう……!」
当然俺も役に立たなさそうなので全力で拒否ります。
聞いてるだけで難しそう。
無理。
「では開始する」
ディアスの右目が白銀の電子模様に変化する。
サルヴェイションのギアが上がると、機体に浮かぶ電子模様の色と同じ白銀。
イケメンは、なにをやっても、イケメンだ。
作、ヒューバート・ルオートニス。
「————」
ガクン、とファントムとナルミさんが肩を落として俯いてしまう。
デュレオはそんなことないけど、デュレオの両目も赤く光っている。
ナルミさんも目が青く光り、ファントムのゴーグルも白く点滅していた。
これがヒューマノイドが行う“連結”か。
「あれ、なん……? ノイズが入るね?」
「ファントムだな?」
「……ああ、あのクソクズゲス野郎、覗き見してたの。キッショ。ナルミとファントムでは切れないね?」
「俺が試してみよう」
「「?」」
レナと顔を見合わせる。
思わずラウトを見ると、急にラウトの右目も黄色に光り輝く。
“連結”に加わったらしい。
「いい、ノイズは俺がやる。お前たちは薬作りでもなんでもやれ」
「助かる」
「じゃあノイズの発生源へのアクセスは俺がサポートするわ」
「わかった」
サクサクと話が進む。
デュレオはファントムとナルミさんよりは自我が残ってる、って感じなのか?
五分ほどやり取りが続くと、最初にラウトが溜息を吐きながら頭を掻く。
瞳の色も元に戻った。
「ファントム、どうかしたの?」
「デュレオ・ビドロがクソクズゲス野郎と呼んでいた野郎が、本物のクソクズゲス野郎だっただけだ。ファントムの人格データに寄生して情報を共有していたらしい」
「ど、どなたですか?」
「……ああ、王苑寺ギアン」
俺は彼らが共通で「マジ、クソ」と断言する人間には一人しか心当たりがない。
全世界共通のクソ野郎、王苑寺ギアンである。
ファントムといえば元々王苑寺ギアンの人格データがオリジナルだ。
そこから環境で『ザード・コアブロシア』となっているが、ベースが王苑寺ギアンなので『ザード・コアブロシア』の人格データにも自身の一部を潜ませていたのだろう。
そこから現世の状況を覗き見ていた、と思ったら……お察しだよ。