ろくな性格がいない
人類が掲げるだけでなし得なかった理想の世界……。
『戦争のない世界』。
「俺は見てみたい。あと少しで見られるのだから、ヒューバートの提案を信じてみてはどうだ? ラウト。お前の人生は戦争ばかりだっただろうから、想像もつかないかもしれないが」
「……あと少し……」
「ああ。やることはまだ多いが、宇宙がつけ入る隙は——俺が潰そう。だからひとまず拘束用に変質してほしい」
「……よかろう」
ディアスが説得してくれたおかげで、肌を結晶化させていた結晶病の質が変わる。
肉に戻った体を包む薄桃色の結晶に、ようやく呼吸を吐き出したステファリーは目を剥いたまま短く息を吐き出し続けた。
「あれぇ? もしかしてこの皇女様は結晶病の権能の荒神だって信じてなかったのぉ? まあ、神がいなかった世界にいきなり神様が誕生したとか信じられないよねぇ?」
「デュレオ、煽るな」
ニマニマと恐怖で上手く呼吸できなくなっているステファリーを見下ろすデュレオの、性格の悪いことよ。
「あ、腕と呼吸器官だけ残して拘束してくれ。すごく暴れて血液採取できないんだ」
「わかった。……そういえばデュレオ・ビドロ、せっかくだから貴様もディアス・ロスについていけばいいのではないか? この裏に収容されているギア・マレディツィオーネとかいうパチモンのパイロットは、宇宙の民なのだろう? 貴様を所望していたというではないか」
「え?」
と、ラウトに言われてキョトンとした顔になるデュレオ。
の、その表情が見る見る邪悪極まりない笑顔に歪む。
うわあ、見るんじゃなかったぁ。
「そうだねぇ! そうしようっかなぁ! 今までの宇宙の民ってばほとんど壊れてて、ご所望の俺が目の前にいても怯えるばかりでつまんなかったからねぇ!」
ああ……!
新しいおもちゃを手に入れた幼女の顔になっている!
さすが荒神と邪神、ろくなこと考えねぇな!
「……ディアスの邪魔はするなよ……?」
「大丈夫大丈夫〜♪」
なに一つ安心できない。
「レナもついていってあげて」
「はい」
苦笑いしながら、ディアスへついていくラウトとデュレオのあとを追うレナ。
俺は改めてステファリーに向き直る。
自分の半身を撫でて、足首に手を置く。
震えたまま結晶化していた部位の無事を確認して、涙目で俺を見上げる。
「ステファリー殿下、あまりラウトを怒らせるようなことを言うものじゃないですよ。ラウトは責任感がない為政者を特に嫌ってるから」
「あれはアウトでしたねぇ。一発退場にならなくて幸運でしたよ、皇女殿下」
にこにこ、こちらも意地悪く笑うナルミさん。
ステファリーが生きてても死んでてもどっちでも良さそうだな、この人。
「そ、そんな、だって……あ、ありえない……で、しょ……結晶病が、どうして、突然……なにもないところから……!? それに、急に、消えて……ど、どういう、ことなの?」
「あれ? 調べてないんですか? 我が国で迎えて祀っている神々の情報」
「その辺は隠してませんし、公的な情報として公開してますから知らないのはむしろ為政者としてみそっカスですねぇ」
容赦がなさすぎる、ナルミさん。
それを聞いて、ステファリーも黙ってられないとばかりに睨みつけてきた。
「ば、ばかなこと、言わないで! 結晶病を撒き散らす、荒神なんて……ただの疫病神じゃない! それを、守護神にしたとか……ルオートニスが、結晶病の病原体を解析成功して他国を脅してるとしか思わないわよ!」
「ひどい言われよう」
「感染症にして撒き散らすって? あははは! 確かにやろうと思えばそれもできるでしょうね。ヒューバートも国王陛下もラウトに提案したことすらありませんけど」
「そりゃしないよ。するわけないじゃん。結晶病に苦しんできたのはどこも一緒だもん」
なにより覚醒時の暴走状態で使った結晶病は、王苑寺ギアンに採取されて無断で使われている。
それはラウトでも取り返せない。
結晶病を媒介して世界から生命エネルギーを採集して“エネルギーを発生させる概念”に変換しているのだから、致し方ない部分もある。
「そう! できるけどやらない。人間性が出ますよねぇ? 皇帝候補の皆さんなら使っていそうですもん」
「っ」
「ナルミさん、煽るのはその辺で。それよりも、俺はさっき伝えたことを実行するようあなたに求めます。答えは一週間以内に決めてください。来週セドルコ帝国から代理政権代表で、エリステレーン伯爵が来られます。彼らは最初に伝えた刑で、あなたを処罰するでしょう。あなたがそちらを受け入れるのであれば、それでも構いません。ただ、その場合我が国としては新国への支援を行わない。皇帝一族の最後の皇女として、責任ある選択を望みます」
「……っ!」
ただ死にたくないのなら、俺の案を選ぶだろう。
まあ、そもそも罪人である彼女に選択があるだけ奇跡なんだが。
いいもん、いくら甘いと言われようが、言葉を交わした者が死ぬよりはいい。
それに正直やはり皇帝の遺した『箱』の中身が気になる。
先帝が子息息女をなんでこんなアホに教育したのかわからないが、『箱』にはその答えが詰まっているような気がするのだ。