対策会議(2)
「いや、ただ単に地上の重力に不慣れなのだろう」
「あ、起きた」
振り返ると、デュレオの太腿を枕に寝ていたシズフさんが目を閉じたまま意見を出してきた。
どういうことかと言えば、宇宙での訓練に慣れすぎている敵兵たちは、地上の重力下で戦うのに不慣れで実力が出しきれてないのではってことらしいよ。
なるほどね。
「宇宙空間での戦闘は、三号機のように特殊装備がないと勝手がだいぶ違う」
「ああ、それはあるかもな。宇宙で地上と同じ重力を発生させて訓練する施設があったとしても、千年近く地上に降りていないやつらの“想定”の重力と本物の地上じゃあわけが違ぇ」
「宇宙で戦闘になった場合は向こうが有利ということか?」
首を傾げて聞くディアス。
それに対して、ファントムは呆れたような表情をする。
ディアスそんな呆れられるようなこと言ったぁ!?
「冗談だろ? ディアス・ロス、お前宇宙戦の経験ないのかよ?」
「実を言うと宇宙で二足歩行兵器に乗ったことはない。宇宙には別荘に行ったり、母の研究所に行ったりで軍関係の用事がなかった」
「マジかよクソかよ」
口が悪い……。
「ってことは宇宙戦経験者は現役登録者だとシズフとラウトだけか。……あ? 十分じゃね?」
俺も十分な気がしますね。
武神と戦神よ?
「ラウト・セレンテージの宇宙といえば、コロニー破壊で十万人以上が死亡または行方不明、って“戦歴”あるしなぁ?」
「…………あれはミシアの戦闘機に応戦しようとしただけだ」
「ファントム、やめてやれ」
ピリ、と空気が張り詰める。
すぐにディアスが仲介するが、二人の間の剣呑な空気はなくならない。
——ギア・フィーネ五号機は、ギア・フィーネの中でもっとも民間人を殺した機体と言われているらしい。
一号機サルヴェイションも前の名前……『インクリミネイト』時代に起こされた『凄惨の一時間』は文字通り町一つを一時間で壊滅させた、惨たらしい経歴もあるけれど。
決定的に違うのだ、ラウトとそのインクリミネイトの『凄惨の一時間』は。
なぜなら当時ラウトはすでに軍属であり、ラウトが破壊してしまった件のコロニーはアスメジスア基国所有の民間コロニーだったらしい。
ギア・フィーネを鹵獲せんと侵入してきた戦闘機数機を撃墜するために、胸部電子融解砲を撃ってコロニーは大ダメージを受け、倒壊。
移住していた民間人はシェルターに逃げ込んだ数百名を除き、死亡または行方不明となる。
そんな事件……事故があったそうだ。
これはギギに聞いた、記録だけれど。
多分ファントムはそれを言ってるんだろう。
ラウトがどういう意図でそんな事故を起こしたのかはわからないけれど、この様子だとやりたくてやったわけではなさそう。
やはり事故だったんだろうな。
「貴様は?」
助け舟なのかわからないが、シズフさんが目を閉じたままファントムに問う。
ふん、と鼻で笑って「イニーツィオは宇宙戦対応に決まってるだろ」と宣う。
まあ、そんな気はしてましたわ。
「ならばやはり、今回の件で敵が地上戦と宇宙戦の重力差によるバランサーの調整を行ったあとが気になるな」
「しかしもう一つ解せんことがある。なぜ宇宙の者たちは有人機で襲ってくる? 千年前の時点で無人機による代行戦闘は、すでに行われていただろうに」
起きる気配のないシズフさんに、ディアスが心底不思議そうに聞き返す。
へー、そんなものがあるのか。
確かに人命の尊さを思えば、無人機での戦いの方が効率がいいような気もするな。
無人機VS無人機とか、ロマンを感じるとともにお手本みたいな型通りの戦いになって決着つかなさそうとも思っちゃうけど。
「地上に降りたいのだろう」
「地上に?」
「宇宙の任務が長くなると、普通の者たちは『地上に帰りたい』とよく口にするようになっていた。宇宙の者たちはそれが千年だ。本能的なものだろう」
「——そうか。そういえばそのような症例は問題視されていたな。いかに地上に似せた気候、重力、風景にしても、コロニー内のストレス蓄積値と地上のストレス蓄積値は地上の方が少なかったというデータが……」
「多分そんな感じだ」
シズフさん起き上がる気配マジでないなぁ。
……しかし、地上への憧れか。
宇宙の人たちが地上への憧れで、冷静さを欠いているってこと?
なんか切なくなっちゃうな。
まあ、それならアプローチの方法を少し変えてみるか?
ラウトがセドルコ帝国の帝都に衛星兵器を落とすなんて思わないじゃん?
実質セドルコ帝国は首都が壊滅した状態。
政府の中枢がそんな状態では、シンプルに戦争続行は不可能だろう。
そもそも国内を御しきれなくなる。
自滅必須の大惨事だ。
皇帝候補が何人生き延びているかわからないが、生きているのならこの事態を収めてこそ次期皇帝への道が開けるんじゃない? 知らんけど。
「ナルミさん、現状ならば宇宙と接触できると思います?」
「不可能ではないと思うけど、やはり捕虜たちの様子が全体的によくないからねぇ」
それな。
「では、セドルコ帝国を通してなら?」
「そちらの方が可能性は高い。でも、なにを話すつもりなのかな?」
裏設定?
ディアス・ロスは元々遺伝学の権威でありながらエースパイロットの設定持ちの熱血漢でした。
初期設定よりかなり落ち着きのある天然になっていますが、伯父のロニー・ベル・ロスの血がとても濃いので環境によってはニチアサヒーロー感すら持つキャラになりえます。
今作は八百年ほど引きこもり研究者をやり、年齢も重ねているので特に落ち着きが出て天然に磨きがかかっている状態です。
なのでもしも一号機が最初からディアスを登録者にしていた場合、ザードと同等の実力者になっていました。
番外編のラウトも言っていましたが、整備力でザードとアベルトの方に軍配が傾くことが多かったのですが、アスメジスア基国時代のディアスが一号機の登録者になればアスメジスア基国が一人勝ちしていたことでしょう。
ファントム(ザード)はディアスが「大切な者を傷つけられて怒った時が一番怖いタイプ」なのをソーフトレスとコルテレでヒューバート虐めをした際に悟ったので、「ガチで敵に回してはいけない」と思っています。
実際その通りであり、登録者の実力ランキングでは基本的に下位のディアスは、「大切なものを傷つけられて怒った時」にこそ真の実力を発揮してぶっちぎりになるタイプです。
そしておそらくラウトと違って、きちんと守り抜くタイプでしょう。
ラウトも自分と違ってディアスは「守り抜くタイプ」なのを感じているので、どうしても反抗的になります。
なぜならラウト自身も「大切な者」にカテゴライズされている自覚があるからです。
同じ登録者で、なんなら歳は下でも登録者としては先輩なのでそりゃあ複雑極まりないと思います。