番外編 戦神(1)
「ランディか」
『はい。同行いたしますよう、父から仰せつかりました。大通りを地尖が駆ければ殿下もお気づきになるでしょう』
「そうだな」
空中を五号機で飛びながら、地上を駆ける地尖を見下ろす。
通信を入れるとやはりランディが父ルディエルの命に応じて、地尖を駆りついてきていた。
それよりもラウトが気になったのは、地尖の走行速度が上がっている方だ。
腹が立つが、やはりファントムが手を加えただけはある。
動きが滑らかになり、全体的に無駄な動きがなくなった。
ともすれば本物の獣の動きに近いだろう。
「戦闘は俺に任せろ。記録は撮られても問題ない。結界への攻撃への防衛という形にはなるが、帝国側の要求を思えばルオートニス王国の感じる脅威を排除する正当性の主張は通る」
『なるほど。わかりました』
口許が弧に歪む。
見えてきた国境は、結界を砦の上の少女たちが両手を掲げて強化し続けている。
そうしなければすぐに破壊されてしまうだろう。
ビーム兵器やミサイルが、絶えず浴びせられているのだ。
広範囲に展開している軍は、いくつかの師団が展開している。
その中に、一機——データで見た機体があった。
前回襲ってきた宇宙戦艦の旗艦に五機のギア・フィーネを模した機体。
そのうちの、ラウトの五号機を模した機体が、前線にいる。
ブレイクナイトゼロの右側のメインカメラがラウトの深緑の瞳の色に替わり、ライト右目が金に輝く。
一瞬でセドルコ帝国側からの攻撃が停止する。
機械で制御されるあらゆるものが影響を受ける、ギア・フィーネのギア3以上で使用できる機能『ハッキング』。
任意の対象機械物に影響を与えて、ギア4ではその支配権すら奪う。
宇宙の者たちは前回ルオートニスを襲った際、その恐怖をしっかりと叩き込まれていたはずだ。
それなのにも関わらず、またぞろ大軍で押し寄せてきて、馬鹿なのか?と聞きたくなる。
魔法的な存在である石晶巨兵も、サポートAIが機能停止に陥って、操縦者の操縦技術に依存する形になるのだ。
しかし逆を言えばそれだけで済む。
対する宇宙の技術を借りたあの軍は、そうはいかない。
すべてがラウトの支配下に置かれて、ともすれば同じ轍を踏むことになるだろう。
愚かと言わず、なんと言うのか。
『おのれ! 我が名はトリア・メッシュ! いざ尋常に勝負!』
「ほう、活きがいいな」
ギア・マレディツィオーネといったか、ギア・フィーネを模した新型機。
宇宙で造られた、現代の科学の集大成。
それがギア・フィーネと同等の力を持つのであれば、新たなギア・フィーネを造り出す必要はないだろう。
せめてファントムが拵えたギア・イニーツィオよりもギア・フィーネに近くあれ。
そう思いながらも、久方ぶりの生贄に血が踊る。
ランスを引き抜き、盾を構えて腰を落とす。
突進してきたギア・マレディツィオーネもまた、同じくランスと盾を持っている。
よほど似せて造られたのだろう、色合いまで同じだった。
さらに突進しながらも出力が上昇し続けている。
なるほど、確かに“ギア”はあるようだ。
結界を飛び出したブレイクナイトゼロが、瞬間加速する。
その加速に、ギア・マレディツィオーネが一瞬たじろいだ。
手に取るようにギア・マレディツィオーネのパイロットの様子がわかる。
これはまだ、子どもだ。
しかも、実践経験が乏しい。
怯む様子もなく突っ込んでくるブレイクナイトゼロに、今更ながらようやくその脅威度を理解したのだろう。
「遅い遅い遅い! はははははは!」
『ぐうううっ!』
盾を構えて軌道をずらしたことに安堵した敵のパイロット。
その程度で歴戦の登録者が止まるわけがない。
ずらされたランスの先端を地面に線を描くよう突き刺したまま、機体の軸を捻って盾の先端で頭部を殴る。
予想ができなかったのか、よろけるギア・マレディツィオーネ。
そのままさらに一回転して、次はランスが脇腹部を貫通した。
『っ!』
「そこにコクピットがあったら死んでいるなあ?」
そう茶化し、吹き飛ばす。
出力は上がったようだが、ギア・フィーネの膂力の方がまだ強い。
性能的には大和の瑪瑙クラスと聞いていたが、パイロットの腕が未熟すぎる。
畳み掛けるように切りつけ、突きを繰り返す。
魔法を混ぜる必要もなさそうだ。
盾で必死にブレイクナイトゼロのランスを防いでいるが、防戦一方。
「どうした! その機体はギア・フィーネの模造品だろう? それでも乗る者はそれなりに実力を認められているのではないのか? つまらん! 戦う気がないのならもう死ね!」
『な、舐めるな! っ!?』
盾から顔を僅かに覗かせた、その瞬間、前方にいたはずの巨体が消えた。
否、消えたように見えただろう。
身をわずかに屈め、ギア・マレディツィオーネが盾を持つ左側に回り込んだだけだ。
センサーで捉えていれば、視界情報などに頼り切ることもないのに怒涛の攻撃に気を取られて、トリアというパイロットはそれを怠った。
訓練はさぞ、積んできたのだろう。
けれどここでも実戦の経験差が如実に現れた。
訓練をきちんと受けていたからこそ、生じる隙。