番外編 王の執務室
——時はヒューバートがデートに出かけた数刻後。
「へ、陛下! 国境から通信です! 結界に砲撃! セドルコ帝国軍、宇宙軍と思しき混合軍が、集結していると! 使者を名乗る者より宣戦布告と、降伏条件が宣言されたと!」
「なんだと?」
仕事をしていたルオートニス王ディルレッドが、庶務机から顔を上げる。
突然入ってきた文官は高位職の者で、他にも宰相ルディエルが控えていた。
書状は届いていないが、国境の騎士の使い魔が間もなく届けてくれるという。
正式なものではないが、情報自体は正確なもののようだ。
そして正式なものを持ち込むために、攻撃が開始されている、と。
「つまり実質その使い魔が持ってくる書状が、正式な宣戦布告というわけか」
「ヒューバート殿下は本日お休みの日ですが、さすがにお呼びしますか?」
「……そうだな。ヒューバートも他人事ではない」
目的は大方石晶巨兵。
ギア・フィーネという“遺物”も寄越せと言うだろう。
ただ、事前に聞いていた宇宙に置き去りにされた人類の目的が、『ノーティスナノマシン』の原材料であるルオートニスの守護神の一柱、デュレオ・ビドロだということもある。
(食人細胞を研究して、長寿と高い身体能力……益の部分だけを抽出できないか、という腹積りであろうが、いけすかんな)
たとえ千年前は普通のことであろうとも、今の時代ではあまりにも非人道的だ。
ひとまずは書状を待つか、と背もたれに体重を預ける。
「陛下、書状が届きました!」
「見せてみよ」
息を切らせた騎士か飛び込んでくる。
その頃には、他の重臣たちも入室してきた。
「陛下、セドルコはなんと?」
「読み上げよう。『現在ルオートニスが所有開発している石晶巨兵の全機引渡し及び、ルオートニス王国の無条件降伏。そして皇帝候補のセラフィ皇女またはステファリー皇女へヒューバート王子の婿入り。これらが否定されることがないよう、早々の全面降伏を推奨する。さもなくばルオートニス王国は火の海となるであろう——』だと」
「あはは」
思わず笑ってしまったのはルディエルだ。
その上「聖殿の無茶振りを思い出しますね」と繋げる。
確かに、こんな馬鹿げた条件は一昔前の聖殿のようだ。
「……ふむ、書状の下の方にメリリアの署名もある。メリリア・ルオートニスが上記の内容を推奨する、だと。本物だと思うか?」
「どれ。……ああ、確かに彼女の筆跡ですね。まだご存命でしたか」
「いまだにルオートニス王家の姓を名乗るとは。よくこの書状の内容にこの名で署名ができたものだ」
ははは、と和気藹々と言わんばかりに笑い合う執務室。
その光景に入り口の騎士が顔を青くして震えた。
全員、目が笑っていない。
「おい、なにかあっただろう?」
「おや、これはこれは戦神様。ええ、実は北の国境でセドルコが仕掛けて参りました。無条件降伏せよとのことです」
ご覧になりますか?と入り口に現れた戦神ラウトへ、書状を手渡す。
目を通したラウトが目を細めてムッとした表情をする。
「馬鹿なのか?」
「我々も笑って見ていたところです。正式な書状を我が国内へ持ち込むために、国境で聖女候補たちが強化に努める結界を攻撃しているとのこと」
「そうか。それは当然国内に入る前になくなってしまえば、こちらは正式に知りようがないな?」
「……! そうですね」
「そうか。それでは仕方がないな」
フッ、と悪どく微笑んで、退出していくラウトに騎士たちがカタカタと震える。
騎士たちは戦神に訓練をつけてもらうようになってから、軍隊式の過酷な訓練ですっかり「戦神やべぇ」と畏怖の対象として見るようになった。
その戦神がなにひとつなかったことにしようというのなら、それはもはや決定された事象だろう。
「ナルミ殿と医神様、可能ならば武神様も呼んできてくれ。ヒューバートは間に合えばよい」
「ランディもつけさせよう。さすがに戦神様だけでは見栄えが悪い」
「そうだな。頼もう」
目を閉じて溜息を吐く。
こうなるような気はしていたが、時期が悪い。
いや、あえてこの時期を狙ったのかもしれない。
ヒューバートとレナの結婚式が、一週間後の今を。
正式に結婚してしまえば、力ずくで結婚自体を無効化して奪うしかない。
それほどまでにディルレッドの息子は重要人物になった。
目を閉じると、あの日の——石晶巨兵がレナの歌声で光り輝き、結晶化した大地の大地を治癒していく光景が浮かんでくる。
あれほど美しい光景は、きっとこの先一生、目にすることは叶わないだろう。
もちろん、1歳になったライモンドの寝顔は尊い。
ヒュリーの身に宿った新しい命もきっとこの上なく尊いだろう。
この大切な命を守っていこうと、気持ちを新たにできる。
しかし、それでもだ。
あの光景は——奇跡だった。
「ヒューバート殿下は国内外から引っ張りだこですね」
「人気すぎるというのも困ったものだな」
「ほほほ、あれほどの傑物では致し方ありますまい。後世に語り継がれる英雄ですからな」
「さっさと隠居した方が世界のためかもしれんなぁ」
「またまた」
ははは、と今度は本当に和気藹々とした笑い声が溢れかえる。
騎士たちも顔を見合わせてから、うんうんと頷いた。