婚前最後のお忍びデート(2)
「あ、見てください、バードさま、あ、バードさん。あそこにあるのが都立第五病院ですよ」
「都立!? 第五!?」
「あ、やっぱりご存じでなかったんですね。ヒューバート様の医療改革のあと、王都は貴族街に二つ、平民街に三つ、下町にも三つの王都立病院が建設されたんですよ。レオナルド様が聖殿長になったあと、予算も戻り、死者の村がルオートニス王国に帰化したこと、ディアスが指導についてくれたこと、そしてリーンズ先輩が薬学にも精通していたことで医療現場の待遇は改善、向上し、瞬く間に国中に病院が建設されたんです」
「へ、えー……」
マジ知らんかったわ。
まあ、そのへんの手腕は父上が主に指導したようだ。
レオナルドが聖殿長になった頃は、ラウトとディアスをルオートニス守護神に迎えた頃だ。
ディアスを重宝するという意味でも、国政に影響したんだろう。
そして、医療の発達は俺も知らないすごい革命になっていたらしい。
「すべては国王陛下の采配ですが、最初に気づいて提案してくださったのはヒューバート殿下です。そのことで本当にたくさんの人々が救われたんですよ。ヒューバート殿下はお忙しいのでもしかしたらご存じではないかもしれませんが……去年『斑点熱』という流行病が流行しそうになったことがあるんです。でもヒューバート殿下と国王陛下のこれまでの医療現場の改革で、病は早急に鎮静化し、国中に流行することはありませんでした」
「え、そうなんだ」
「はい。これは本当にすごいことなんですよ。数年に一度大流行が起こって、たくさん人が亡くなる病でしたから」
リーンズ先輩の薬草学と父上の采配で増えた清潔な病院。
聖殿とディアス、死者の村との連携で爆上がりした医療技術で感染力の高い斑点熱が初期の初期で鎮静化。
流行することなく、俺は流行りそうだったことすら知らなかった。
元々斑点熱は、その名の通り高熱と身体中に青紫の斑点が出る。
感染力が鬼高くて、一度パンデミックが起こるとものの一週間で国中に広がるという。
治療法としては乾燥させた解熱薬を、感染初期に飲ませればよいというもの。
しかし、俺が医療改革を支持する前ならば薬草が足りずに大流行は免れなかっただろう。
リーンズ先輩とディアスの指導がもらえたのも、俺の功績にカウントされたんだ?
わ、わぁー……。
「なんか、なんでもかんでもおっ……ヒューバート殿下の“おかげ”とかにされてもなぁ」
「まあ! なんてこと言うんですか! ……本当にご自覚が足りなくて困りますね」
「えー」
とか言いながら、改めてレナを見る。
平民に見える薄い緑色のワンピースに、ピンク色のレースがついたワインレッドのエプロン。
三つ編みに仕上げられた薄い水色の髪。
「……」
「? ひゅ、……あ、バードさん? どうしたんですか?」
「俺、レナに髪飾りの一つもプレゼントしてなかったっけ?」
「いただいたことはありますけど、今日つけてくるにはちょっと高価すぎたので……」
「あ」
それはそうか。
一応レナは“王太子の婚約者”だもんなぁ。
「……デートなんだし、レナのアクセサリー買いに行こうか」
「え! で、ですが」
「前回の時は仕事しちゃったしさ」
「はっ! それもそうですね……!」
え……レナにめちゃくちゃ納得された……?
むしろなんか俺を休ませる方向に全力を傾けるぞって気合いが感じられるんだが?
いやいや、レナだって疲れてるだろ!?
最近俺よりも忙しそうじゃん!
っ! そ、そうだよ!
今日ら結婚前の最後のデート。
これまでもなかなかデートしてこれなかったから、今日は青春のすべてを詰め込むようなデートをするぞって決めてたじゃないか!
「よし! 今日は楽しむぞ!」
「はい!」
気合いを入れ直して、まずは雑貨屋。
レナに似合いそうな髪留めを買って、イチャイチャ。
わー! 俺女の子とデートしてるー!
泣きそうだよ、これが青春かぁ!
「レナ可愛い〜!」
「あ、ありがとうございますっ」
いかん、偽名呼ぶの失敗した。
でもまあ、店の中の誰も気づかない。
セーフ!
「こちらの商品可愛いですね」
「シュシュだね。前に寝込んだ時に作ったんだけど、いつの間にか市井にまで出回っているんだな」
「はえ?」
前に寝込んだ時というのは、ハニュレオの時の話である。
あの時マジで暇だったので、自分で料理の練習したり、刺繍の練習したり、余った布でシュシュを作って母上に「あげるー」って渡したりしたのだ。
……母上がいつの間にか広めていたんだなぁ。
「ヒュっ……バ、バードさんはそんなことまでなさっていたのですか?」
「暇潰しで適当に作ったもんだよ。今買ったやつとは完成度が違うよ」
やはりプロの針子が作ったものとは出来が違う。
布の強度も、ゴムの品質も。
というか、市井で売られているものにしては質がいいな?
……そうか、布一枚でも技術そのものが進歩したのか。
土地が増えたことで綿や麻の生産量も上がっているはずだ。
ハニュレオから国交で絹も入ってきていると聞いたし、国全体が豊かになっているんだ。
いや、まあ……もちろん俺と言うよりは父上の手腕が大きいけど。