婚前最後のお忍びデート(1)
神無月に入って最初の日曜日。
来週には俺とレナの結婚式という状況。
俺は正直、舐めていたと言わざるを得ない。
王都のお祝いムード、激ヤバなんですが!
は? どこを見ても白い花々が飾られて、下町から貴族街まであらゆる店が『ヒューバート殿下と王家の聖女レナ・ヘムズリー様の結婚お祝いセール』で大賑わい。
なお、聞いた話によると近隣の町や農村に至るまでこのお祝いムードらしい。
なんならミドレとハニュレオと西方諸国も乗っかっているという。
まあね、西方三ヵ国は戦後処理でぐちゃぐちゃになっている中、市民の不安や怒りが高まっているはずだ。
そこにきてのお祝いごとは、彼らのガス抜きにピッタリだもんな。
利用していただくのは構わないけど……。
みんな祝日にするっつーのはなんか違くない!?
ハニュレオのソードリオ王の言い分だと「世界平和を目指す偉大なるヒューバート殿下の結婚式及びご生誕を、各国が祝日として祝うことで世界全体の統一感を持つようにし、世界平和を考え、祈り、ヒューバート殿下がご存命の間はかの方が健やかで穏やかに過ごせることを国を挙げて実践する日とする」とか仰々しすぎるよ!
あとなに、俺が健やかで穏やかにすごせることを国を挙げて実践する日って。
そこまでされなきゃいけない俺ってなんなの?
やばくない? 逆に。
まあ、町中がジャスミンと泰山木の花で埋め尽くされていい匂いが漂っているのは、俺も嫌ではないけどね。
なんかこれもリーンズ先輩がやってくれやがりましたというか、いや、一度滅んだ花々が復活したのはリーンズ先輩のこれまでの努力の成果としては素晴らしいと思うよ?
ハニュレオが石晶巨兵で土地を取り戻し、レッドデータが保管されていた施設を復活させたことでかつて世界に存在していたいくつかの草木、花々の遺伝子が発見された。
リーンズ先輩はいつの間にやらそれらを入手し——なお、この辺はランディがしれっとお土産として持ってきてたらしいよ——栽培して見事に花を咲かせさらに繁殖させることに成功したという。
元々地球上に存在していたものなので、約一年かけて株を増やし、デュレオの野郎がしれっと「そういえば国花や誕生花っていう文化が大和にあってさぁ、6月6日の誕生花は茉莉花と大山木の花なんだよね」と口を滑らせおってからに。
そこからは瞬く間にルオートニスの国花にこの二つが認定され、神無月の6日には個の二つの花を飾ることが決まった。
まあ、花に罪はないけどね。
リーンズ先輩もどんどん草花を復活させていて、荒野が草木で覆われ、森が復活しつつあると聞いている。
森ができれば川も生まれ、絶滅した動物もレッドデータから復活していけば地上の環境がより良くなっているのだ。
なので、リーンズ先輩の研究はこれからより世界に広まるべきだと思う。
その足がかりであり、研究成果のお披露目として俺の誕生日とレナとの結婚式が役立てばいいよ。
「ヒューバート様! お待たせいたしました」
「レ、レナ! しーっ!」
「はっ! も、申し訳ありません! あ、えーと……バード、さん」
「うん、えーと、俺も今日はよろしくね、レーナさん」
「は、はいっ」
平民に見える質素な服装のレナが駆け寄ってきた。
一応、わかりづらく護衛はついてきているな。
ふふふ、今日は数年ぶりに下町でお忍びデート!
……まあ、俺は日曜日休みなんだがレナはこのあとまた国境付近で結界強化のお仕事があるので仕方ない。
結婚前の最後のデート。
でも、婚約してから本当に数えるほどしかデートできてなくて悲しいな……。
い、いや、俺たちまだ若いんだし、遊園地とか作ってもっとこれから一緒にいる時間を増やしていければいいんだよ! うん!
ちなみに本日の俺の偽名はバード。
レナはレーナだよ。
なんか近年、レナの名前を伸ばした『レーナ』は女の子の名づけランキングでトップを独占しているそうだ。
レナ人気にあやかって、ってことらしい。
男の子は“バート”、“ハート”、“バード”系がつく名前。
レオンハートとか、ギルバート、とか。
こちらも俺の人気にあやかって、らしい。恥ず。
「それじゃあ行こうか」
「はい」
手を繋いで下町に歩き出す。
何年か前にレナと行ったデートの時と、どのくらい変わっているだろう?
あの時の悲惨な経験は、ちゃんと活かせているだろうか?
平民街から下町に向かうと、そこはちょっとした別世界になっていた。
「「え」」
平民街が、続いてる?
一応王都の貴族街が拡大し、平民街から下町も外側に広がっているとは聞いていたけれど……。
以前来た時は閑古鳥が鳴いている、木の屋台骨と布で作られた露店ばかりだった下町は平民街になり、住宅地になっていた。
そこから歩いてさらに郊外に向けて進むと、ようやく下町。
しかし下町も変化が凄まじい。
舗装された道に、屋根のある煉瓦造りの家々。
子どもが駆け回り、噴水から人々が水を汲んでいる。
服も子綺麗なものを纏い、人が笑いながらジャスミンやタイサンボクの大通りの端の花壇に飾っていた。
家々の壁にも花々が飾られ、国旗が靡き、露店は完全な市場となり、大声で値段が叫ばれたものすごい熱気と活気に満ち溢れた場所。
これが、俺たちが前に来たのと同じ場所……!?








