悪魔の亡霊
いやー……頭が痛い。
帰国したら案の定、デュレオが襲ってきた宇宙艦隊の旗艦を拿捕。
拿捕!?
無傷で拿捕!?
もうこの時点で想像を遥かに超えている。
なのに、シズフさんが“ハッキング”で艦隊を結晶化した大地へ降下させて壊滅させているとは。
っていうか、艦隊を全滅て。
「ヒューバート様はわたしがいてもいなくても基本的に無茶をなさいますね」
そして俺はレナに今とても怒られているしね。
それどころじゃないという。
「でも、レナの歌が聴こえたおかげで生き延びられたんだよ」
「そういう問題ではありません」
ぷくぅ、と頬を膨らませるレナの可愛さよ。ずるい。
そういうことは俺の体がもう少し動くようになってからやってほしい。
これでは抱きしめることもできない。
「それに、ルレーン国のお姫様に治療させるという話も……! どうしてわたしではダメなのですか」
「えーと、それは説明したけど……」
「わかってますけど! 聞きましたけど! でも!」
レナがこんな我儘を言うのは珍しいな。
とか思っていたら、部屋の扉が開く気配。
風の流れが感じられる。
「ヒューバート、体調はどうだ?」
「ディアス」
「レナ、ヒューバートは大人しく寝ていただろうな?」
「はい。お説教の途中です!」
「それは元気になったあとにしてやれ」
ディ、ディアス〜!
天の助け〜!
「脳波は安定しているし、疲労はそれなりに取れているようだな」
さらに続けて聴こえてきた声に少し驚いた。
気配が、全然しない。
でも、この声はファントム……!
「そろそろシャルロットとミレルダを呼んで治癒させてもいいか?」
「あ、は、はい」
「あの、どうしてもその方々をお呼びしなければいけないんですか? わたしがヒューバート様を治したいです」
「レナ、気持ちはわかるが今回のヒューバートの治療はルレーン国の面子を保つという国交の意味合いが大きい。ルオートニス王国としても、そろそろミドレ公国以外の国の要人を招くことにも慣れねばならない。ヒューバートの誕生日も四ヶ月後だ。今年はハニュレオと西の三国も王侯貴族を招くことになるから、今のうちに顔を合わせておいた方がいい」
「ううう」
ディアスにど正論で固められてしまったな、レナ……。
「あのー、ところで宇宙の件はなにかわかりましたか?」
「それもあとにしなさい」
「ぐぅ……」
そして俺もレナ同様体を休め、治すのを最優先にするよう情報が遮断されている。
俺が気にしてしまうからだ。
なんなら情報を得たらそれに頭を使うし、みんなも頼ろうとするだろうから、ってことらしい。
なのでこの部屋に入れるのは身内の中でも両親と婚約者のレナ、主治医のディアスのみ。
ジェラルドやラウトにさえ面会禁止。
気になって仕方ないのだが、体の神経レベルで痛めてしまったので仕方ない。
なんなら今日の日付まで教えてもらえないんだからつらい。
しかしそんな俺に今日、ファントムという新しい変化があった。
シャルロット様とミレルダ嬢を呼んで、治癒魔法をかけてもらっても大丈夫なほど疲労が取れた、ということだ。
「レナ、ヒューバートは治癒魔法を受けたあと少しリハビリ期間が必要になる。それはお前に任せるぞ」
「え! は、はい! ……ヒューバート様はそれほどひどい状況なのですね……」
「そうだぞ」
「うう」
しかし俺への牽制を忘れないディアス!
さすがすぎる!
くっそー、これ治ったあともすぐ復帰は許さないって言われてるじゃん!
「なんだかマクナッド・フォベレリオンを思い出すワーカホリックっぷりだな」
まさかの血筋疑惑!?
「ヒューバート、人に仕事を割り振るのも上に立つ者には必要な能力だぞ。それにお前は王太子であって王ではない。まだ、な。父君の顔を立てるのも必要だ。ディルレッドも状況は理解しているし、お前が十分に休めるように配慮もしてくれている。その気遣いを無駄にするな」
「ううううう!」
父上にも「休め」って言われてるってことかぁー!
父上だって十分ワーカホリックじゃん。
いや、ディアスの言うことはやはりど正論なんだけど!
「ま、なんにしてもお前に相談したいことは俺にもあるから早く回復しろよ」
「あ、ハイ……」
俺を心配する心遣いはカケラも感じないなファントム。
「“早く五柱揃えてもらわないと困る”」
「え」
「なんだ?」
ゾワッと背筋が冷める。
そして、その言葉にも。
俺がその“声”の方を見ると、ディアスとファントムが「どうした?」と首を傾げる。
今の声、ディアスには聞こえなかったのか?
それに、ファントムは自覚がない?
今、自分で言ったことをわかっていないのか?
い、今のは——。
「? じゃあ、シャルロットたちを呼び寄せるぜ?」
「ああ、頼む」
「よろしくお願いします」
いや、気のせい……かも?
いつものファントムだ。
……でも、なんだろう、この不安感。
まるで、王苑寺ギアンに会った時のような嫌な感じがまとわりついた。
あの一瞬だけ。
なんで?
***
コツコツとヒューバートの部屋から出たファントムが、真っ直ぐに向かったのは研究塔。
中に入るとギア・フィーネが五機とエアーフリートが収容されていた。
それを眺めるナルミが佇むところへ音もなく近づく。
「なにか用?」
「帰国したって聞いたから、ルレーン国の様子を聞きに来た」
「シャルロット姫が頑張ってくれたから、思ったよりも穏便にまとまったよ。まあ、戦後処理はこれからが大変だから、またすぐに行かないとダメだろうけれど。……で?」
ナルミが振り返る。
他に人はいない。
緊急事態でもない。
おそらくこの瞬間を狙っていたのだろうと、ナルミが目を細める。
ファントムの唇を弧に歪めた。
彼がよく浮かべる、他者を嘲笑するものに“似ている”。
似ているだけで、彼のものではない。
「大人しく死んでおけよ、ギアン。ザード・コアブロシアはもう、お前とは別の“個”だ」
「さすがは我が妹。そう言うな、すぐ済む」
「!」
ゴーグルの目元が金に光る。
ナルミの瞳もまた、そのゴーグルから送られてきた情報を受信して白く光った。
それらの情報に頭を抱えて目を見開く。
「——っ、なんてこと……」
「宇宙の人類はこれからこの星を“維持”するのに使える。ギア・フィーネの登録者たちを早く全員神格化させろ」
「勝手なことを……!」
「そのためのギア・フィーネだ。それともお前の量子演算で別の方法を模索してみるか? お前にはできないだろう? 俺よりも確実な答えを出すなんて」
ギリッと歯を食いしばり、睨みあげる。
本当に忌々しい男。
死してなお、世界に関わり続ける。
二人の“母”たるあの女が、永遠の若さと寿命を求めてデュレオやクレアなど、数多の命を弄んだが——結局この男が一番母の理想そのものだろう。
世界の千年後まで見据える“怪物”であり、“亡霊”。
「まあ、ディアス・ロスなら俺が考えつかない方法で惑星を維持・救済しそうだけどな。あの男には俺と同等のスペックがある。でもアイツ、善良的すぎるんだよなぁ」
「アンタがゲスすぎるんでしょう」
「ククク……まあ、好きなように言えばいい。それでも俺は、この世界を見捨てない」
「——っ」
スッと気配が変わる。
ゆっくりと俯き、ゆっくりと顔をあげるファントム。
「雑兵王子の疲労が取れて体力もそれなりに戻ったみたいだから、今度帰ってくる時はシャルロットとミレルダを連れてきてくれ」
「……わかりましたよ。君も大変ですね」
「は?」
やはり、ザードはギアンが出てきたことを知らない。
しかし、すぐになにかに気づいたように僅かに唇を結び次に舌打ちする。
彼が己を今、『ファントム』と呼称するように言っていた理由は、彼自身が死者であるというよりも……。
(ムカつく)
裏設定
ザードは心を許した相手には(無自覚に)ゲロ甘いのですが、その懐に入れた相手は主人格のアレン他サイファーとキサキ、コピアなどでした。
アベルトとリリファ、アーセルとラグゼルも能力を認めたあとはしっかり“身内”にカウントしており、特にその子孫であるシャルロットとアレンの子孫であるミレルダには無条件で甘々です。
おそらくアーセルの子孫であるレナにも秒で甘くなりますし、性格的に合わなかったですが仕事の取引相手であったフェノと、シズフと接触する機会を与えたマクナッドの人柄と能力は評価していたので二人の子孫であるヒューバートにも、それなりに甘くなると思われます。
なお、戦後ザードは自分の人格をエアーフリート内に保存して体を主人格のアレンに返却しています。
アレンが結婚したのはコピアの双子の妹で『魔女』の異名を持つ情報屋の女性でした。
彼女は戦争中期頃にザードに接触し、姉の居所を知ろうとしていました。
しかしザードが姉を殺害したのを知り、興味を深めて情報屋として協力関係になりました。
ザードが『ガウディ・エズン』としてアスメジスア基国で飛躍したのは彼女の協力があったからこそです。
ザードとしては、彼女は姉の仇である自分を恨んでいるだろうし、彼女は自分を殺そうとするだろうと思っていましたが、体が自分のものではないと知っていたので最悪返り討ちにして殺すつもりでした。
しかし彼女は最後までザードに寄り添って“共犯者”であり続けました。
彼女は姉が『凄惨の一時間』を起こしたメイゼアの生き残りの一人であり、優しく幼い姉の死は姉の救済だったと感じていたためザードを恨むことも憎むこともなく情報屋として公平に仕事をしていただけでした。
戦後アレンに戻ってから、ザードの生き方を素直に尊敬していたため、ザードが最後まで守り抜いた人であるアレンを、彼女が引き続き生涯守り通したのです。
性格はまさしく『魔女』そのものでしたが、六歳ぐらいから精神が成長していなかったアレンを育てて支えて守った彼女は非常に懐と情の深い女性だったと言えるでしょう。