和平へ(1)
「あー……うー……あー……」
「ディアス様、やはりもう少し休ませた方がよろしいのではないでしょうか?」
「俺もそう思うのだが、ヒューバートの立場上出席をしないわけにはいかなくてだな」
「立ち会わせるまで寝かせておいてあげちゃダメですか〜?」
「う、うむ。そうだな、人目につかないところでなら、寝かせてもいいだろう」
さて、呻き声を上げながら、俺が連れてこられたのはルレーン国西部、コルテレ国境との境の橋である。
名称をザドクリフ大橋という。
なんでも、アスメジスア基国ダイグロリア時代、ハニー・J・なんとかっていう都市長の名前がつけられていた橋が戦争で破壊され、その後アスメジスア基国の女性都市長の中で一番活躍したエマ・ザドクリフさんから名前を取って作られた橋なんだって。
ザドクリフ——そう、ミレルダ嬢の祖先で、ジェラルドの直系祖先。
三号機の登録者のお姉さんだった人。
こうして千年も大切に使われ続けてきたところを見ると、この橋の貢献度と重要性がよくわかる。
さて、それはともかく、俺たちがここにやってきたのは単純にソーフトレス国の王族が二名ほど国王を引き取りに来ることになっているからだ。
敵国を突っ切ってくるわけにもいかないので、橋の側の港町ロゼレナというところで落ち合うことになっている。
なんでそんなところに体調がガッタガッタの俺が同席しなければならないかというと、石晶巨兵の件を次期国王に話して交渉せねばならないからだ。
と言っても、もう概ね合意が決定している。
事前の話し合いで、民を見捨てて逃げたソーフトレス国王は自国の貴族と息子息女、正妃側室ほぼ全方面から大バッシング。
辺境伯アドック・デリセット卿と、その部下たちがことの顛末をそれはもう詳細に的確になんの盛りもなく報告した結果、開戦した挙句我が身可愛さにコールドスリープで生きながらえようとしたことを断罪されて退位を余儀なくされた。
まあ、当たり前である。
で、この度王太子を新たな王とすることにし、その王太子と石晶巨兵の交渉をすることになったわけ。
コルテレのアボット・オルヴォッド卿とその部下も来ているのだが、いまだに自国王が姿をくらましたままで本当に胃が痛そう。
あまりにも眉間に深い皺が刻まれ過ぎていて、一応まだ敵国のドリセット卿がオルヴォッド卿の背中を叩いて励ますほど。
まあ、ルレーン国の王女と女王の前でコルテレの宰相と大臣数名が国王代理となり、停戦することでも合意しているので、その重責も少しは軽くなるだろう……多分……。
「はっ! ……ヒュ、ヒューバート王子殿下、お加減は……!?」
「あ……気を遣わせてごめんね。大丈夫だよ……」
車椅子姿で人工呼吸器付きではなんの説得力もなかろうが。
声をかけて跪いて挨拶に来てくれたのは、その眉間の皺が取れる気配のないオルヴォッド卿だ。
その後ろから、ドリセット卿までやってきて跪く。
「ヒューバート様、我々は殿下に心より尊敬と感謝を申し上げます。他国の王族でありながら、聖域を守り、聖域にいる人々を守られたそのお姿……本当にどうぞお大事になさってください」
ドリセット卿の言葉が節々まで重い。
いや、本当、他国の王太子の俺がなにやってるんでしょうね。
「いやいや、君たち! ヒューバート王子は式典が開始するまではお休みいただくから、声かけちゃダメだよ。誰が挨拶していいって言ったの!」
「大丈夫だよ、ミレルダ嬢。彼らにはとても働いてもらっているから……」
「むうー、ヒューバート王子はちょっと甘すぎない? うちの警備兵が足りないから領館に入れちゃったけど、あなたたちは自国の王族をお迎えして警護するためにここにいるんですからね!」
「はっ! もちろん重々承知しております!」
ミレルダ嬢はしっかりしてらっしゃる。
うちがゆるすぎるし、少数で来すぎなんだけど。
でも、仕方ないじゃん?
ミドレに行った時、十五人ばかりで行ったが正直動きづらくて大変だったんだもん。
気焔がもう少し増やせたら、気焔の部隊を作って連れてきてもいいんだろうけど、それだと警戒されそうだしな〜。
母上に「世話役の使用人くらい連れて行ったらどうなの?」って言われるけど、俺ってば自分の飯は自分で用意したい派だし自分で服くらい着られるし、なにより長い聖殿派支配で自分のことは自分でやる王子に育ってしまっているんだもの。
うっすらと目を開いて、ミレルダ嬢に叱られる辺境伯たちを見る。
主に戦ってきたのは、この領主たち。
「それよりもドリセット卿、オルヴォッド卿……ようやく終わりそうですね。戦争」
「「!」」
どちらが始めた戦争かは知らないが、俺が知った時にはもう始まっていたソーフトレスとコルテレの戦争。
数年単位で戦ってきたのだ。
被害もさぞや出ただろう。
双方、本当なら簡単に手打ちにはできない心情なのは間違いない。
大事な部下をたくさん殺されて、殺して。
それでもドリセット卿がオルヴォッド卿の背中を叩いて励ますほどに、互いの心情を理解しあっている。
こんなことがなければ、良い友人になっていそう。








